近衛文麿奇譚

高鉢 健太

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露呈した戦艦不要論の顛末

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 マリアナ沖海戦、東方沖海戦、フィリピン沖海戦と同時多発に行われた海戦に日本は勝利し、これによって米海軍の太平洋艦隊はその大半を失ってしまう。

 この頃日本では中国の扱いが問題となり立ちはだかっていた。
 確かにフィリピン攻略によって米軍の拠点は日本周辺から排除出来たが、それでも日本への空襲は減らなかった。
 それらは中国から発し、台湾、九州、満州へと飛来してくる。放置も出来ないが、宣戦布告によって戦争状態にあるわけでもない。
 そこで、国民党政権に対する最後通牒が発せられ、当然の如く、国民党は米国側に立つことを選んだ。更に日本には懸念があった。

 では、中国への補給はどこから行われているのか?

 フィリピンを失った米国が直接中国への補給を行う事は難しい。では、誰が?それは英領マレーしかなかった。その為、英国への中立協議を持ちかけたが、回答は拒否であった。
 こうして1942年3月には英国、国民党政権に対しても宣戦布告を発し、英領マレー及び中国沿岸部への侵攻を開始する。

 すでに仏印に拠点があった事からマレー侵攻は速やかに開始される。
 ここで活躍したのが、陸軍特種船舶だった。それは一見して貨物船だが、その船腹には多数の上陸艇が収納されており、速やかな部隊の上陸を可能にしていた。
 更に、上陸艇「大発」を見た近衛の一言から、より大型で航洋性を持った上陸船の開発も行われ、迅速な戦車や砲の展開に貢献している。

 英軍も日本の上陸作戦を指を加えて見ていたわけではなく、すぐさま戦艦2隻を基幹とする艦隊でもって迎撃を行った。
 無事な戦艦の居ない日本海軍は迎撃を陸攻隊に掛けるしかなかった。
 この時出撃したのが、一式陸上攻撃機であり、その巨大さから魚雷攻撃の成功を危ぶんだ近衛が示した攻撃法こそ、飛行爆弾、今で言うミサイルだった。
 南シナ海海戦において使用されたのは初期型であり、まだロケットやジェットエンジンによる推進力を持たない滑空機であったが、英艦隊の防空網を多数の滑空爆弾が突破、2隻の戦艦を含む英艦隊に甚大な損害を与える事に成功している。
 この時、英艦隊は飛来した滑空爆弾が無人であるとは考えておらず、小型自爆機による攻撃だと判断していた。その判断もまた、迎撃に対する心理的圧迫となり、更に迎撃を困難にしていたとされる。

 この海戦について、その後に掃討部隊として駆け付けた水雷部隊が大破漂流する英艦艇を沈めた事から、空海連携作戦として報じられ、マリアナ沖同様に航空機単独による戦果と見做される事はなかった。

 その後はドイツの電撃戦を見るかのような速度でマレーを進撃する陸軍によって、5月にはシンガポールが降伏。一連の作戦を終えたのだが、日本側が予期せぬタイミングで蘭領インドシナから宣戦布告を受け、息つく暇なく蘭領インドシナとの交戦が始まった。

 そもそも蘭領インドシナには大規模な部隊もなく、本国はすでにドイツの占領下にあった事から、とくに戦わなくてもよいが、自由オランダ政府が居を構える英国での居心地が悪くならない為に参戦したものだった。
 こうして日本は戦域をどんどん拡げる事になるが、近衛はこの事態を非常に不機嫌な顔で眺めていた。彼は開戦当初、フィリピン、南洋を防衛圏とする守勢戦略を採るべきだと常に主張していた。

 そんな近衛だが、イザ、蘭領インドシナまで占領下に置くと、インド洋進出を口にする。
 次々竣工する大龍型空母によって編成された機動部隊をインド洋へと送り、インド攻撃を命じている。

 作戦は上手くいき、セイロン島やインド南部沿岸部にあった英軍拠点を破壊。所在していた空母を撃沈する戦果を挙げて凱旋したが、なぜか近衛は激怒、「主目標はインドに非ず、モルディブに在する英軍根拠地である」と、機動部隊をシンガポールから叩き出し、モルディブ攻撃へと差し向けたという。
 当初は近衛の気が狂ったのだと思われたが、実際にモルディブへと進出してみると、南端にあるアッズ環礁に根拠地を見つけ、これを破壊することに成功している。
 さらに中国沿岸部の占領も労せず成功するが、中国国民党は弱るどころか活発な抵抗を続け、星マークを着けた爆撃機の来襲は止まなかった。

 業を煮やした近衛はカルカッタ空襲を企図し、マレーにおいて捕虜としたインド兵を組織してインド侵攻作戦を命じる。
 途方もない話に陸軍では誰もが反対する中、牟田口廉也が手を挙げ、インド作戦は彼に預けられる事になった。

 ただ、これに対抗意識を燃やす将校はマレー上陸作戦の成功から、南洋を越えた先への侵攻作戦を立案し、近衛に南洋防衛圏の構築として提示、節穴による裁可を受けてオーストラリアを睨むニューギニアへと侵攻を開始した。
 海軍もインドシナ防衛の名でニューギニア作戦に乗っかりダーウィン空襲と珊瑚海支配を企図して、節穴の裁可を得ることに成功している、

 やはり、一部神懸りのような冴えを見せる事もある近衛だが、基本は節穴であった。

 こうして1942年から翌1943年にかけて戦線は近衛の想像を超えた膨張を見せるようになる。

 そして、ニューギニア攻略は太平洋戦争の転機と言われる場所となり、拠点ポートモレスビーへの作戦は尽く失敗し、海軍はここで予期せぬ米新型戦艦との遭遇によって巡洋艦部隊が大打撃を受け敗退することになってしまった。
 もし、同程度の戦艦が配備されていれば、海戦の様相は違ったと言われ、架空戦記では建造された大和型戦艦が夜戦突撃で米戦艦を完膚無きまで叩きのめす場面となるのがお約束となっている。

 だが、幾ら電探性能が米軍と伍する。一部優越した処で、巡洋艦が戦艦に完勝など無理である。
 こうして戦艦を欠いた日本海軍は水上戦力において常に劣勢を強いられ、空母の援護が無い海域から閉め出されて行く事になった。
 それはニューギニアへと上陸した陸軍への補給にも影響し、米豪艦隊が日本空母の隙を突いて攻撃を繰り返した事が蓄積し、攻勢は守勢へ、さらには敗残へと転げ落ちていった。

 近衛はこうした現実を無視して「世は駆逐艦主力の時代になる。巨砲を備えた戦艦、巡洋艦などガラクタだ。ナゼ空母と連携して行動しないのか」と、海軍将校を問い詰めたと言うが、現代のデータリンクが完備された艦隊運用とは違い、個々の艦隊の位置が正確にわからないのに連携しろなど夢物語であることは論を待たない。
 近衛はレーダーさえあれば全域を把握し、兵棋演習のような運用が可能だと誤解していたらしい。

 こうした無理難題を言う近衛の幸運と無能が歪に混じった戦争指導は戦線毎の極端な戦局にも見ることが出来る。

 南方戦線は過大評価と夢想によって敗色漂う状況だったが、インド方面は沿岸部侵攻を重視した作戦が功を奏し、英軍反攻が始まる翌1944年夏までは優勢を保っていた。困難な作戦に手を上げた牟田口廉也が兵站重視の作戦立案や指揮を徹底したことも大きかっただろう。
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