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水龍の唐揚げ③

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 中央都市、エイルズウェルト。
 ドデカい街の中央にそびえ立つのは、巨大な城だ。
 だが、王族が住むというよりかは戦仕様の形でもある。西と東にそれぞれそびえ立つ塔は物見櫓の形をていしており、石材によって高く積み上げられた城壁、この中央通りを進んでいくと高い門が俺たちを待ち構える。その両端には甲冑と槍を装備した門番兵が顔色を変えることもなく守っている。円形の城門の先に、俺たちが今から会おうとする人物――ひいては、エルドキアの住居があるらしい。
 つくづく、お嬢様だな……。

 龍降所という場所で飛龍から降りた俺たちは、龍舎に飛龍を預けた後に中央通りへと足を踏み入れた。
 この中央都市エイルズウェルトの街並はかなり特殊。
 飛龍に乗っている際に俯瞰図のように見た感じだと、まず中央に王族やその臣下が住むという城があり、そこから東西南北にそれぞれ、石材で舗装された一本道が伸びている。
 それぞれ伸びた一本道の端には様々な商店が立ち並んでおり、エルドキアが王城へと戻る道を歩いていると商人達が次々とエルドキアに声を掛けていく。

「今日はどこまで行ったんだい? エルドキア様」

 頭に白いはちまきに蒼い腰エプロンを巻いた人当たりの良さそうな男が笑顔でエルドキアに話しかける。
 その手には赤い鯛が握られている。

「うむ、ちょいと所用でアルラット川へ水龍のヴァルラングを討伐してきたのじゃ。アマリアがしゅんっ! のひゅんっ! のどばーん! で倒して見せたのじゃ!」

「へぇ……。流石は第三大隊長だ。アルラット川に中級水龍が現れたってぇ聞いたときには漁にも行けなくなると思ったが……助かったよ、お嬢様。やっぱりアンタらに依頼して正解だったぜ」

「良きにはからえなのじゃ! アンクは美味い魚をとってきてくれるからの!」

「言うようになったじゃねぇか、エルドキア様よぉ。んじゃ、これ持ってってくれ」

 そう言って大男がアマリアに手渡したのは先ほどの赤い鯛だった。

「うむ、これからも何かあると妾を頼るといいぞ! ぬはははは!」

 ずんずんと中央通りを進んでいくエルドキアに、道行く人々は笑顔で見送る。
 エルドキアは、この街のみんなに好かれているようだ。あのような無茶苦茶な態度でも好感を持たれているとは……。

「いつもありがとうございます、アンクさん。商品なんですから、是非とも代金を……」

 アマリアさんが申し訳なさそうに大男――アンクさんに言うが、彼は首をぶんぶんと振った。

「いやぁ、むしろ感謝してんのはこっちだ。毒なんざ入ったりはしてねぇよ。俺なりの感謝だ。受け取ってくれ」

「……で、では……。ありがとうございますっ」

 ぺこり、小さくお辞儀をしてエルドキアの後を追うアマリアさん。

「ところで、お前さん達はエルドキア様のお知り合いかい?」

 アマリアさんと、アンクさんのやりとりを何の気なしに見ていた俺たちにかけられた声。
 俺は、エルドキアが「ぬはははは!」と中央通りを闊歩する様子を見つつ苦笑いを浮かべるしかなかった。

「えぇと……一応?」

「っはははは、そうかそうか。お前さん達も物好きなお方に目をつけられたもんだな」

 ルーナは、アンクさんのお店におかれた、水槽の中の魚を目で追いながら尻尾をふるふると揺らしていた。

「物好きな……? あの二人がですか?」
 
 俺の問いに、アンクさんは頷いた。

「グレイス家の連中で俺たちとまともに口を利こうとしてくれるお方なんてエルドキア様とアマリア様くらいだ。今回の件だって、アルラット川にヴァルラングが出現する可能性があることを王宮に告げてすぐに対応してくれた方もあの二人。出現するかしないかの情報で4日間も張っててくれたんだ。感謝しかない」

 そう、エルドキアとアマリアさんを見守るアンクさんは、伸びをして続ける。

「王族がこんなに気さくに下町に出歩いたり、街外に出向いたりすること自体、本来はあり得ることじゃない。それに加えてあそこまで底抜けに明るけりゃ、みんな悪い気はしないだろう。アマリアさんも可愛いしな」

 曰く、中級水龍ヴァルラングが出現するという可能性があがったのはここ数日。
 エイルズウェルトの街の漁師達の間で起こった噂が発端だった。
 アルラット川の上流で見つかった魚などの水死体、そして川中から川岸にかけての巨体を引きずったような跡。
 普段は川などに寄りつくはずもないような異常個体の存在が認知されたために漁師達の間では不安が広がり、一次は漁業の中断までもが騒がれた。
 そんな中ですぐさま立ち上がったのが、エルドキア、アマリアさんだった。
 狩猟対象が現れるまでにおおよそ3日ほどアルラット川近辺の森で張り込みを続けていた所、俺たちが現れた。
 ということだったらしい。
 あぁ見えて3日の昼夜問わず張ってたってコトか……。

 なるほど、そこに俺たちがたまたまアルラット川へ合流してあの流れになったわけだ。

 アンクさんは、頭をぽりぽりと掻きつつ呟いた。

「あんなに気さくな王族も、あんなに頼りになる大隊長もあの人たちくらいだ。にしても、アマリアさんはなんで嫁の貰い手がないんだろうねぇ。ウチのじいさんが現役で働いてた頃と全く変わってねぇぜ、あのひ……っと、異様な雰囲気出しやがったぞあのお姉様……。店番に戻るとするかね、じゃぁな」

 アンクさんはそそくさと隠れるように店に戻っていった。
 アマリアさんは、瞳を悪い意味で輝かせて逃げるアンクさんをにっこりと見つめる。

「では、行きましょうか、タツヤ殿、ルーナ殿」

「……は、はい……」

「怖いです……アマリアさん、怖いです……怖いです……」

 俺の後ろでぷるぷると震えているのはルーナ。完全にやられてるな、あの狂気笑顔に……。

 それにしても、アマリアさんやエルドキアがあんなにも好かれていて――それでいて、他の王族達がそれほど好かれていないというのも何とも言えないな。
 基本的に王族ってのはあれくらい横柄で、無頓着な態度でとは思っていたが、他の王族はもっと酷いってことなんだろうか――。


 ――と、俺も半笑いで思っていた。そのときまでは。


「お主がルクシアで名を轟かせたという奇術使いと獣人族か、ふむふむ……何とも地味な男じゃのぅ。女子の方は……ふむ、いいのぅ。アマリア、よくぞ見つけてきた」

 王宮内部、謁見の間。俺の眼前に座る少年は、その輝いた玉座の上から俺たちを見下ろした。
 側に控えるのは幾人もの屈強な男や、オーラを放つ女達。
 アマリアさんは片膝を突きながら、「はっ」と頭《こうべ》を垂れて続ける。

「ありがたきお言葉、感謝します」

 すると、目の前の少年の王様は玉座から立ち上がり、階段を下っていく。
 ビシッと俺に人差し指を突きつけたその少年は、高価そうな服を引きずって俺の眼前に来る。

「よし、ではそこの奇術使い。早速で悪いが、王宮にあるもので余を喜ばせる料理を作ってみせよ」

 そして、この少年王の口から――この会場の誰もが絶句する言葉が、放たれた。

「余が満足し得なかった場合はそこの奇術使いは死刑! その横の女子を余の愛人として迎え入れることにする!」

 ……この国の王は、予想を遙かに上回る理不尽さと横柄さと無頓着さの塊だった。
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