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真白い空間

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 そこは、真白い空間だった。

「……? ここは……?」

 ――私が作った魔導空間です。この世界では私とあなただけが存在している。そう考えてもらえれば早いかと思います。

 ぼくの目の前に姿を現したのは一頭のフェンリルだった。
 少しくすんだ灰色にも見えるその毛並みには覇気がないようにも見える。
 ぺたりと寝込んで、尻尾をパタパタとしているその姿は元気がないようだ。

 身体のあちこちに傷が出来ており、息も荒い。
 生傷……引っ掻き傷や咬傷が目立つ。反撃した跡がなかなか見られない。
 フェウのお母さん。あの時会ったきりだったが、その代わり映えようには正直とても驚く。
 そんな自分の状況を鑑みることもなく、フェウのお母さんは口を開いて人語でぼくに口を開く。

 ――あなたの様子をずっと森の影から見守っていました。魔法力と力はあれど、使い方がなっていない私の子を、あなたが魔法を先導することによって道標を作る。こんなにも早く辿り着くとは思ってもいませんでした。感謝します。

 ぺこりと、律儀にお辞儀をするフェウのお母さん。

「ぼくも、最近になってようやく分かってきました。あなたの言っていた、ぼくの魔法の才能が。連続で、重ね合わせて、何度でも撃てる。これがどれだけ恵まれていたことだったのか」

 ぼくの言葉に、フェウのお母さんもにっこりと目を細めた。

 ――それは何よりです。あなた自身、前よりもとても格好良く思いますよ。私がヒト族であったならば、好意を持って近付く程度には。

 唐突なぶっ込みに思わずぼくもむせてしまった。
 あの伝説級のフェンリルから好意を寄せられた……のは喜んで良いのか本当に分からない。
 けれど、あの伝説級のフェンリル・・・・・・・・・・・がぼくを認めてくれたということはやっぱり嬉しいかな。

「それは光栄ですけど……あれ……?」

 ――あら。もっとあの子のお話が聞きたかったんですが、時間切れも近いようですね。最期に・・・あなたと話すことが出来て、良かったです。

 ぺろぺろと自分の身体を舐めるフェンリルのお母さんが、足下からどんどん消えていく。
 パリパリとガラスが音を立てて割れるように、世界に穴が空いていく。
 それは世界が、どんどん崩壊している様だった。

 そんな中で、ぼくの脳裏にフェウのお母さんがふいに発した一言が何度も過ぎる。

 ……最期に?

「待ってください! フェウを、フェウもここに呼んで下さい! フェウは、会いたがっています!」

 ――会いたいものは私も山々なのですが、もう時間がありません。それに、に気取られる訳にはいきません。そのことについて、あなた方に警告です。

「……奴?」

 フェウのお母さんほどの強者が、警告……?
 崩れゆく世界。消えゆくフェンリルは、ぼくに言った。

 ――魔若狼・グレアゾール。同種殺しを三度経て、魔狼王の筆頭とも呼び声高いフェンリルが、この地にやって来ています。決して、彼にだけは近付いてはなりません。

 そう言い残し、謎に包まれた白い空間は崩壊した。
 ようやく出会ったフェウのお母さんとの痕跡は、何一つ残っていなかった――。
 
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