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焔の一閃
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氷結の壺第一階層は、だだっ広い草原のような場所だった。
木々が生い茂り、天井からはあるはずのない日の光が照りつけている。
フェウとぼくが三十分ほどかけて追いかけっこをすれば、ようやく一周回れる程度だろう。
「ダンジョンってのは、この中だけである程度の生態系が保たれてるんだ。日の光に見える天井のこれは、アンコウの発光器官に似てるらしい。魔物にとっちゃ、心地良い光なんだろう。吸い寄せられてダンジョン内に魔物が侵入、中の魔物も宿主であるダンジョンと一緒に成長していく。そんで、広さもどんどん拡張していく。ある意味この狭い生態系の頂点だ」
「い、入り口の狭さからは考えられない広さですよね、これ……。どう考えても時空が歪んでるとしか――」
「だなー。どう考えても地下こんな馬鹿デカい空間こさえるのなんて不可能だから、多少は歪みもしてるさ。でも、これの生態のおかげでわたしら人間に役立ったモンもあるんだよ」
クレアさんとぼく、そしてフェウは第一階層の広々とした草原の真ん中に立った。
ざざざっと、草むら付近で音がした。
聞き慣れた声と聞き慣れた魔力感覚。
「ぽう、ぽうぽう」「ぱうる! ぱうる!」「ぱうぱう!」「ぽぇっ! ぽぇ~~!!」「ぽぁ……~ぅぅ!」「ぱうるるるるるる!!」
それは、スライムの集団だった。
「がるるるるるるる……!」
以前のリベンジとばかりに、フェウが眉間に皺を寄せた。
『ぱうるるるるるるるるるるるるっ!!!』
おおよそ数十体のスライムは、ゆっくりとぼく達を追い詰めるようにして距離を狭めてくる。
地上の森林にでも、こんなに大量のスライムが一度に現れるなんて聞いたこともないのに……!
「いいか、レアル、フェウ。ダンジョンは、地上の魔物生息フィールドの常識は通用しねェ」
わくわくを隠しきれない様子で、クレアさんはにやりと笑みを浮かべた。
「ぱうるっ!」
「ぱうる! ぱうる!」
「るるるるるるるる!!!」
「るるる! るるる!!」
ぼく達がじっとしているからか、スライム達は異物を排除すべくぼく達に向かって前進を始めた。
「――フェウ!」
「ワゥッ!!」
ぼくとフェウはすぐさま戦闘態勢に入った。が、ぼく達の前に手をやったクレアさんは「まぁ見てな」と何もない空間に手を突っ込んだ。
「収納魔法、空間道具箱開放。出てこい、破龍刀【焔】」
時空が歪み、ずぷりと音を立てながらクレアさんは一振りの刀を手に持った。
刀身からは淡い炎が立ち上る。「ふっ」と慣れた様子でクレアさんは息を吹きかけ、自身の調子を確認するように一度空を切った。
――収納魔法。
Aランクの上ともされるSランク相当の高位魔法だ。
本の中やお伽噺の中でしか聞いたことのない、正真正銘『バケモノ』が使う魔法を、ぼくは今、目の前で……!
「生物であるダンジョンの時空の歪みがちったぁ解明されたからこそ、人間側もそれを応用できるようになった。良い例が空間道具箱だ。今はよっぽどじゃねェと使えねぇが、将来的には誰もが使えるようになるだろ。レアル、危ねェから頭下げてな」
そう言うクレアさんは、静かに腰を下ろして目を閉じた。
「八、十三、十九、二十三……いや、二十八」
クレアさんが放出した魔力が、彼女の持つ刀に集約されていく。
刀身から立ち上る炎が勢いを増していった。ゆらゆらとぼく達の周りに蜃気楼が浮かびあがり、スライム達が『ぽよぽよ?』とどよめきを上げた。
「魔物は、この世の廃棄物だ。大人しく消えやがれ……ッ! 一の太刀ッ!! 《焔の一閃》!!!」
ズァァァァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!!
「ぽぴ――っ!?」「ぷっ!!」「ぽるるr……!」「ぱ……!」
クレアさんは、周囲に向けて炎迸る刀を振り抜いた。
円を描くようにして、高質量の炎がスライムの集団に襲いかかっていく。
断末魔を上げながらスライムはあっと言う間に浄化していった。
「ヴァ、ヴァフゥ……?」
ぼくが、フェウが一匹一匹を地道に打ち倒していくしかなかった中で、クレアさんはこれだけの数をものの一瞬で片付けてしまったのだ。
フェウも思わずぼくの後ろに隠れてしまった。
もしかして、クレアさんの刀の矛先が自分にも来るかもしれないと感じ取ってしまったのだろうか。
とはいえ、ぼくもとても怖いから同感だ。
「……今日はイマイチだな。刀の機嫌が悪ィのかァ? わたしの魔力、全然吸ってこねぇじゃねェか」
カンカンと、首を傾げながら刀の峰を小突くクレアさんに、ぼくはもちろんフェウまでもがその威力に見入っていた。
ぼく達のいる場所を除いて、円を描くように辺りの草むらからは黒く焦げ、ぷすぷすと小さな煙を上げている。
そして煙は、このダンジョン一階層の端まで届いている。
クレアさんは少しの力で、この第一階層の全てを制圧してしまったのだ。
「何ぼーっとしてんだ。さっさと二階層行くぞー。お前らが地図化しねェと進まねェだろ」
肩に刀をトントンと付け、欠伸をしながらクレアさんは言った。
「は、はい! 今行きます―――!」
「ヴァッフゥ……」
呆気にとられるフェウも、訝しみながらとことことぼくの後を付いてくる。
第二階層へと続く階段は、螺旋状になっている。
下を向けば向くほど冷気が漂ってきていて、半袖のぼくには少し肌寒いくらいだ。
階段をコツリ、コツリと降りていく。フェウは最初、付いてきてくれていなかった。
そんなぼくの知らない所で、人知れずことは動いていたらしい。
「……? ……ぱうっ!」
パキパキパキ……。
フェウは、その時魔法を放っていた。
「……? さっきまで、階段の上は暑かったはずなのに、今なんでこんなに寒いの……?」
何故か、第一階層の方から冷気が感じられたのだ。思わず階上を確認しに行こうとしたが――。
「わふっ、わふっ、わふっ!」
フェウが元気よく螺旋階段を降りてくる。
「ちょ、フェウ!? 危ないよ、走ったら危ないってばー!!」
その時、第一階層に発生していた氷結した草々をぼく達が知るのは、もう少し後のことだった――。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
後書き
本日より更新時間を固定し、定期更新制にしていきます。
今のところ毎晩21時更新になります。
これからもよろしくお願いします!
木々が生い茂り、天井からはあるはずのない日の光が照りつけている。
フェウとぼくが三十分ほどかけて追いかけっこをすれば、ようやく一周回れる程度だろう。
「ダンジョンってのは、この中だけである程度の生態系が保たれてるんだ。日の光に見える天井のこれは、アンコウの発光器官に似てるらしい。魔物にとっちゃ、心地良い光なんだろう。吸い寄せられてダンジョン内に魔物が侵入、中の魔物も宿主であるダンジョンと一緒に成長していく。そんで、広さもどんどん拡張していく。ある意味この狭い生態系の頂点だ」
「い、入り口の狭さからは考えられない広さですよね、これ……。どう考えても時空が歪んでるとしか――」
「だなー。どう考えても地下こんな馬鹿デカい空間こさえるのなんて不可能だから、多少は歪みもしてるさ。でも、これの生態のおかげでわたしら人間に役立ったモンもあるんだよ」
クレアさんとぼく、そしてフェウは第一階層の広々とした草原の真ん中に立った。
ざざざっと、草むら付近で音がした。
聞き慣れた声と聞き慣れた魔力感覚。
「ぽう、ぽうぽう」「ぱうる! ぱうる!」「ぱうぱう!」「ぽぇっ! ぽぇ~~!!」「ぽぁ……~ぅぅ!」「ぱうるるるるるる!!」
それは、スライムの集団だった。
「がるるるるるるる……!」
以前のリベンジとばかりに、フェウが眉間に皺を寄せた。
『ぱうるるるるるるるるるるるるっ!!!』
おおよそ数十体のスライムは、ゆっくりとぼく達を追い詰めるようにして距離を狭めてくる。
地上の森林にでも、こんなに大量のスライムが一度に現れるなんて聞いたこともないのに……!
「いいか、レアル、フェウ。ダンジョンは、地上の魔物生息フィールドの常識は通用しねェ」
わくわくを隠しきれない様子で、クレアさんはにやりと笑みを浮かべた。
「ぱうるっ!」
「ぱうる! ぱうる!」
「るるるるるるるる!!!」
「るるる! るるる!!」
ぼく達がじっとしているからか、スライム達は異物を排除すべくぼく達に向かって前進を始めた。
「――フェウ!」
「ワゥッ!!」
ぼくとフェウはすぐさま戦闘態勢に入った。が、ぼく達の前に手をやったクレアさんは「まぁ見てな」と何もない空間に手を突っ込んだ。
「収納魔法、空間道具箱開放。出てこい、破龍刀【焔】」
時空が歪み、ずぷりと音を立てながらクレアさんは一振りの刀を手に持った。
刀身からは淡い炎が立ち上る。「ふっ」と慣れた様子でクレアさんは息を吹きかけ、自身の調子を確認するように一度空を切った。
――収納魔法。
Aランクの上ともされるSランク相当の高位魔法だ。
本の中やお伽噺の中でしか聞いたことのない、正真正銘『バケモノ』が使う魔法を、ぼくは今、目の前で……!
「生物であるダンジョンの時空の歪みがちったぁ解明されたからこそ、人間側もそれを応用できるようになった。良い例が空間道具箱だ。今はよっぽどじゃねェと使えねぇが、将来的には誰もが使えるようになるだろ。レアル、危ねェから頭下げてな」
そう言うクレアさんは、静かに腰を下ろして目を閉じた。
「八、十三、十九、二十三……いや、二十八」
クレアさんが放出した魔力が、彼女の持つ刀に集約されていく。
刀身から立ち上る炎が勢いを増していった。ゆらゆらとぼく達の周りに蜃気楼が浮かびあがり、スライム達が『ぽよぽよ?』とどよめきを上げた。
「魔物は、この世の廃棄物だ。大人しく消えやがれ……ッ! 一の太刀ッ!! 《焔の一閃》!!!」
ズァァァァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!!
「ぽぴ――っ!?」「ぷっ!!」「ぽるるr……!」「ぱ……!」
クレアさんは、周囲に向けて炎迸る刀を振り抜いた。
円を描くようにして、高質量の炎がスライムの集団に襲いかかっていく。
断末魔を上げながらスライムはあっと言う間に浄化していった。
「ヴァ、ヴァフゥ……?」
ぼくが、フェウが一匹一匹を地道に打ち倒していくしかなかった中で、クレアさんはこれだけの数をものの一瞬で片付けてしまったのだ。
フェウも思わずぼくの後ろに隠れてしまった。
もしかして、クレアさんの刀の矛先が自分にも来るかもしれないと感じ取ってしまったのだろうか。
とはいえ、ぼくもとても怖いから同感だ。
「……今日はイマイチだな。刀の機嫌が悪ィのかァ? わたしの魔力、全然吸ってこねぇじゃねェか」
カンカンと、首を傾げながら刀の峰を小突くクレアさんに、ぼくはもちろんフェウまでもがその威力に見入っていた。
ぼく達のいる場所を除いて、円を描くように辺りの草むらからは黒く焦げ、ぷすぷすと小さな煙を上げている。
そして煙は、このダンジョン一階層の端まで届いている。
クレアさんは少しの力で、この第一階層の全てを制圧してしまったのだ。
「何ぼーっとしてんだ。さっさと二階層行くぞー。お前らが地図化しねェと進まねェだろ」
肩に刀をトントンと付け、欠伸をしながらクレアさんは言った。
「は、はい! 今行きます―――!」
「ヴァッフゥ……」
呆気にとられるフェウも、訝しみながらとことことぼくの後を付いてくる。
第二階層へと続く階段は、螺旋状になっている。
下を向けば向くほど冷気が漂ってきていて、半袖のぼくには少し肌寒いくらいだ。
階段をコツリ、コツリと降りていく。フェウは最初、付いてきてくれていなかった。
そんなぼくの知らない所で、人知れずことは動いていたらしい。
「……? ……ぱうっ!」
パキパキパキ……。
フェウは、その時魔法を放っていた。
「……? さっきまで、階段の上は暑かったはずなのに、今なんでこんなに寒いの……?」
何故か、第一階層の方から冷気が感じられたのだ。思わず階上を確認しに行こうとしたが――。
「わふっ、わふっ、わふっ!」
フェウが元気よく螺旋階段を降りてくる。
「ちょ、フェウ!? 危ないよ、走ったら危ないってばー!!」
その時、第一階層に発生していた氷結した草々をぼく達が知るのは、もう少し後のことだった――。
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