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魔狩りのクレア
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その女性は、「クレア」と呼ばれていた。
お母さんフェンリルを追い込む力といい、都会の冒険者に一目置かれていることといい、ぼくの鑑定能力なんて通じる訳がないだろう。
紅髪のロングストレートに、冒険者とは思えないほどにラフな格好。
大きく出た胸はどうしても他の冒険者の目の虜になって仕方ないのだが……本人の気質からか、誰もわざわざ命を懸けて見に行こうとする者もいない。
タンッと長刀の柄を指で弾いた女性は、慎重にこちらに手を伸ばしてくる。
「クレアさん、アンタいくら腹立ってるからってそれぁ――!」
周りにいた冒険者が慌てたようにやってくる――が。
「馬鹿か。こいつに罪ぁねぇだろうが。わたしァ可愛いもんが好きなんだ。なぁ少年。アンタ、名前は?」
「……レアル・ジクマロール。『ガルラード』出身の冒険者です」
「そうか。わたしはクレア。クレア・シュネーヴルだ。『デスペラード』所属の冒険者ってことになってる。なぁ、レアル。……この犬、触ってみてもいいか?」
女性――クレアさんの頬はほんのり上気していた。
先ほどまでのお酒の影響ではないことは確かだった。
ごくりと周りの人が固唾を飲んで見守るなかで、ぼくはフェウを向いた。
「わふっ」
フェウは特に嫌がる様子もなく、むしろ尻尾をふりふりと降ってクレアさんの手を待ち望んでいるかのように思えた。
「……おぉ、ふわっふわだ。ふわっふわだ」
わしゃわしゃわしゃわしゃ。
「わっふ~~」
わしゃわしゃわしゃわしゃ。
顔全体と首回りを、そのがさつそうな性格とは真逆なほどに優しい手つきで撫で回していく。
余程気持ちいいのか、喉をゴロゴロと鳴らしてじっとしている。
ぼくにはゴロゴロ言ってくれたことないのに。一度もないのに。
萎縮していたフェウは、いつの間にかぼくの腕を伝ってクレアさんの腕の中にぴょこんとうずくまり始める。
「おぉ、おぉ……! おぉ……!」
まるで少女のような純粋な目つきでクレアさんは愛おしそうにフェウを見つめる。
その姿は、先ほどのような威圧して、周り全てを剣で刺すような気迫とは大違いだ。
「レアルは、獣使いと言っていたな。見た所によれば、肩と腕は骨格もがっしりしているし、太ももにもよく筋肉が付いている。前のパーティーでは荷物持ち業務が主だったのだろう。となればこの犬は案内犬となるか。ふむふむ、獣使いの活躍は場はやはりとてつもなく広く、格好いいな!」
興奮気味に分析していくクレアさんは、ぼくの身体を舐め回すように見つめて感心したように呟いた。
っていうか、ぼくの身体を一目見ただけで何をしていたのかまでバレるものなの……!?
いや、それよりも気になる箇所があるな。
ぼくはフェウを見つめながら思わず呟いてしまっていた。
「ま、案内犬?」
「む、そうだぞ。何、知らぬ間に使役させていたというのか? まぁ仕方がないか。最近はブリーダー経由で繁殖数も増えているというしな。違法ブリーダーも多いが、これだけ可愛いとなるとわたしも今は目を瞑ろう。えぇと……ほら、これだ」
そう言ってクレアさんが広げたのは、ボロボロになった魔物図鑑。
至る所に付箋が貼られていたり、ペンで何度も何度も書き足した形跡が見られた。
「案内犬。成犬でCランク程度になる、荷物持ちおよび獣使い職が多く持つ愛玩動物の一種。鋭い嗅覚と魔物たり得ぬ頭脳を持ち、一度通った道を忘れない完全記憶能力を持つことから、高難度ダンジョン進撃において必須のアイテムである……?」
「てっきり知っているものと思っていたが……。最近は犬種が何かを問わずに使役している輩も多いからな。まぁ、この機会だ。そういう犬種もあると知っておいた方がいいぞ、レアル」
「……ありがとう、ございます」
「がっふ、がっふがっふがっふ」
「ははは、こらこら可愛いやつだなぁ。甘噛みとは、お前もわたしの事を好いてくれるのか。わたしも嬉しいぞ、ははは」
……どう考えても、何か気に入らなくてクレアさんの腕にくるまりながらも全力パワーで噛みついていると思うんだけど。
どうやらクレアさんは、フェウの本気ですら甘噛みとしか思っていないらしい。
「レアル。アンタ、これから予定は何かあるのかい?」
「特には、考えていませんけど……。おばちゃん――いや、民泊ギルドの方からの護衛任務で元々は来ているので、3日後にまた用事があるくらい、ですかね」
実際の所は、フェウのお母さんの情報とかを集めたいところなんだけども、その情報を一番持っているのはこのクレアさんで間違いない。
どうにかして、この人の側にいることが出来れば――!
なんて、足りない頭を必死に回しているぼくに、「ふぅん」とクレアさんは何の気なしに呟いた。
「それじゃ、その3日間わたしに貸してくれないか? ほら、ダンジョン捜索とか、ちょっとやりたいこともあってな。捜索要員足りねぇんだ」
瞬間、ギルド内の酒場が一気にザワつきだした――!
「く、クレアが人を雇うだと!?」
「魔狩りと一緒なんて、いくつ命あっても足んねぇじゃねーか!?」
「ってか、そろそろクレアも人員分けねぇとやってけねぇこと悟っただけだろ」
「まぁこっちの人員だと誰も誘い受けねぇだろうか――ごふっ!?」
「兄貴が空の酒瓶にやられたぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「ったく、人を何だと思ってんだあいつら。だからいつまで経っても冒険者は荒れくれ者の集まりだなんてヤジられんだろーが」
一連の短い言葉の中だけでも、その場にいた全員が「それはクレアさんが一番荒れくれてるのでは……」な雰囲気になったものの。
ぼくの答えとしてはもう決まりきっていた。
ぼくの目つきを感じたのか、フェウはトコリとクレアさんの腕の中から床に着地して、ぼくの隣にちょこんと座った。
「……お願いします、クレアさん。お力になれるかは分かりませんが、全力で――!」
「わふっ」
「おー、よろしく頼むぜ。レアル、犬ッコロ」
にやりと笑んだクレアさん。
その腰には、破れた――『フェンリル』の姿が刻まれた任務受注書がぶら下がっていた――。
お母さんフェンリルを追い込む力といい、都会の冒険者に一目置かれていることといい、ぼくの鑑定能力なんて通じる訳がないだろう。
紅髪のロングストレートに、冒険者とは思えないほどにラフな格好。
大きく出た胸はどうしても他の冒険者の目の虜になって仕方ないのだが……本人の気質からか、誰もわざわざ命を懸けて見に行こうとする者もいない。
タンッと長刀の柄を指で弾いた女性は、慎重にこちらに手を伸ばしてくる。
「クレアさん、アンタいくら腹立ってるからってそれぁ――!」
周りにいた冒険者が慌てたようにやってくる――が。
「馬鹿か。こいつに罪ぁねぇだろうが。わたしァ可愛いもんが好きなんだ。なぁ少年。アンタ、名前は?」
「……レアル・ジクマロール。『ガルラード』出身の冒険者です」
「そうか。わたしはクレア。クレア・シュネーヴルだ。『デスペラード』所属の冒険者ってことになってる。なぁ、レアル。……この犬、触ってみてもいいか?」
女性――クレアさんの頬はほんのり上気していた。
先ほどまでのお酒の影響ではないことは確かだった。
ごくりと周りの人が固唾を飲んで見守るなかで、ぼくはフェウを向いた。
「わふっ」
フェウは特に嫌がる様子もなく、むしろ尻尾をふりふりと降ってクレアさんの手を待ち望んでいるかのように思えた。
「……おぉ、ふわっふわだ。ふわっふわだ」
わしゃわしゃわしゃわしゃ。
「わっふ~~」
わしゃわしゃわしゃわしゃ。
顔全体と首回りを、そのがさつそうな性格とは真逆なほどに優しい手つきで撫で回していく。
余程気持ちいいのか、喉をゴロゴロと鳴らしてじっとしている。
ぼくにはゴロゴロ言ってくれたことないのに。一度もないのに。
萎縮していたフェウは、いつの間にかぼくの腕を伝ってクレアさんの腕の中にぴょこんとうずくまり始める。
「おぉ、おぉ……! おぉ……!」
まるで少女のような純粋な目つきでクレアさんは愛おしそうにフェウを見つめる。
その姿は、先ほどのような威圧して、周り全てを剣で刺すような気迫とは大違いだ。
「レアルは、獣使いと言っていたな。見た所によれば、肩と腕は骨格もがっしりしているし、太ももにもよく筋肉が付いている。前のパーティーでは荷物持ち業務が主だったのだろう。となればこの犬は案内犬となるか。ふむふむ、獣使いの活躍は場はやはりとてつもなく広く、格好いいな!」
興奮気味に分析していくクレアさんは、ぼくの身体を舐め回すように見つめて感心したように呟いた。
っていうか、ぼくの身体を一目見ただけで何をしていたのかまでバレるものなの……!?
いや、それよりも気になる箇所があるな。
ぼくはフェウを見つめながら思わず呟いてしまっていた。
「ま、案内犬?」
「む、そうだぞ。何、知らぬ間に使役させていたというのか? まぁ仕方がないか。最近はブリーダー経由で繁殖数も増えているというしな。違法ブリーダーも多いが、これだけ可愛いとなるとわたしも今は目を瞑ろう。えぇと……ほら、これだ」
そう言ってクレアさんが広げたのは、ボロボロになった魔物図鑑。
至る所に付箋が貼られていたり、ペンで何度も何度も書き足した形跡が見られた。
「案内犬。成犬でCランク程度になる、荷物持ちおよび獣使い職が多く持つ愛玩動物の一種。鋭い嗅覚と魔物たり得ぬ頭脳を持ち、一度通った道を忘れない完全記憶能力を持つことから、高難度ダンジョン進撃において必須のアイテムである……?」
「てっきり知っているものと思っていたが……。最近は犬種が何かを問わずに使役している輩も多いからな。まぁ、この機会だ。そういう犬種もあると知っておいた方がいいぞ、レアル」
「……ありがとう、ございます」
「がっふ、がっふがっふがっふ」
「ははは、こらこら可愛いやつだなぁ。甘噛みとは、お前もわたしの事を好いてくれるのか。わたしも嬉しいぞ、ははは」
……どう考えても、何か気に入らなくてクレアさんの腕にくるまりながらも全力パワーで噛みついていると思うんだけど。
どうやらクレアさんは、フェウの本気ですら甘噛みとしか思っていないらしい。
「レアル。アンタ、これから予定は何かあるのかい?」
「特には、考えていませんけど……。おばちゃん――いや、民泊ギルドの方からの護衛任務で元々は来ているので、3日後にまた用事があるくらい、ですかね」
実際の所は、フェウのお母さんの情報とかを集めたいところなんだけども、その情報を一番持っているのはこのクレアさんで間違いない。
どうにかして、この人の側にいることが出来れば――!
なんて、足りない頭を必死に回しているぼくに、「ふぅん」とクレアさんは何の気なしに呟いた。
「それじゃ、その3日間わたしに貸してくれないか? ほら、ダンジョン捜索とか、ちょっとやりたいこともあってな。捜索要員足りねぇんだ」
瞬間、ギルド内の酒場が一気にザワつきだした――!
「く、クレアが人を雇うだと!?」
「魔狩りと一緒なんて、いくつ命あっても足んねぇじゃねーか!?」
「ってか、そろそろクレアも人員分けねぇとやってけねぇこと悟っただけだろ」
「まぁこっちの人員だと誰も誘い受けねぇだろうか――ごふっ!?」
「兄貴が空の酒瓶にやられたぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「ったく、人を何だと思ってんだあいつら。だからいつまで経っても冒険者は荒れくれ者の集まりだなんてヤジられんだろーが」
一連の短い言葉の中だけでも、その場にいた全員が「それはクレアさんが一番荒れくれてるのでは……」な雰囲気になったものの。
ぼくの答えとしてはもう決まりきっていた。
ぼくの目つきを感じたのか、フェウはトコリとクレアさんの腕の中から床に着地して、ぼくの隣にちょこんと座った。
「……お願いします、クレアさん。お力になれるかは分かりませんが、全力で――!」
「わふっ」
「おー、よろしく頼むぜ。レアル、犬ッコロ」
にやりと笑んだクレアさん。
その腰には、破れた――『フェンリル』の姿が刻まれた任務受注書がぶら下がっていた――。
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