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第40話 転生エルフ(108)、開戦の狼煙を上げる。
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「グルゲア様ぁ着きましたな、ここがオラたちの故郷ですな。……だどもぉ、オバァやオジィも見当たらんようですけどなぁ」
ロァド村にやってきた怪しい一団は人数にしておおよそ100人ほどで、先頭は龍型生物に騎乗した魔族が率いている。綺麗な軍服を着用しており、他の者と比べても群を抜いて魔力が高い。
後ろの者たちはクォータ村のおばあちゃんを始めとしたお年寄りたちとは打って変わって、簡素に仕立てた貫頭衣を着た屈強な男達ばかりだ。
「ンヴァ?」
ふと、先頭の魔族の乗った龍型生物が俺たちの方を見つめている。
(あ、あの生き物はわたし達のことが見えて――?)
(見えていても近付かないさ。彼らは魔族領域内に生息域を持つ、闘龍っていう小型・二足歩行の龍だ。自分より圧倒的に強い相手には決して逆らおうとはしない)
キッと強気の視線を向けると闘龍は何事もなかったかのように視線をずらした。
どうやら彼自身は俺たちと敵対する気はないらしい。
ユグドラシルの古代樹で読んだ文献に、魔族領域には圧倒的な強さを見せつけることである程度手懐けることができる野生の龍が生息する。そんな記述があってとてもワクワクした覚えがある。
まさかこんなにあっさりと出会えるとは思わなかったがな。ただ今は好奇心よりも優先すべき事態であることくらい分かっている。俺はきちんと自重が出来る男だ。
……でもいつかは乗ってみたいな。
魔族領域に存在する野生の龍は、平地の魔獣の数十倍の力を持つという。
飼い慣らすだけならまだしも騎乗を許すということは、乗っている魔族自身も相当の力を有しているのだろう。
ミノリも何とか自分を保っているが、その手は少し震えている。
(大丈夫、こっちとしてもまだ事を荒立てたくはない。相手の戦力も手の内も分からない所から仕掛けられないからね。落ち着いてやりすごせばいい)
(は、はい。お気を使わせてしまい、申し訳ありません……)
ただでさえ全ての生物が規格外に強い魔族領域だ。
いかにミノリが強くなったとは言えこれほどの魔族を前に恐怖が勝るのも当然だろう。
俺は不安そうにするミノリの手をぎゅっと抑えた。
――鑑定魔法。
【名前】グルゲア・ゾリンジャー
【種族】魔族
【属性】闇属性魔法
【年齢】42
【所属】魔王軍・南部魔力回収隊責任隊長
【使役龍】ヴァンちゃん
魔族領域に来ても変わらず鑑定魔法は大活躍。
あの格好良い龍の名前まで分かってしまうとは好都合だ。
周りの魔族の角が淡い赤みを帯びている中で、唯一青白く光る角を持ったその筆頭魔族――グルゲアは闘龍と共に村に入っていく。
魔族たちが乱暴に村をかき回していくのを見回しながら、グルゲアは吐き捨てるように呟いた。
「ふん、ここにも生き残りはおらんのか。相変わらず貧弱なことだ。本当に同種族だったのかさえ疑わしいわ」
「んなこと言ってもグルゲア様。ラステシアに近けれんば近いほんど同胞はおらんかったですからな」
「魔王様復活の為には更なる魔力の供給が急務だ。そのためにわざわざこんな辺境まで来てやっているのだぞ。まったく、お納めする魔力が足りておらんというのに呑気な奴等め。枯れた魔族でも多少は魔力の足しになるとは思っていたのだが……」
……この魔族の一団はロァド村の元住人達、ということか――?
それにしたら元住人たちの様子が少しおかしい。
各々に紅く光る角の輝きはさらに増していく。
その魔力の出所は、どうもグルゲアのようだ。
「そんなこと言われましても、もういねぇもんはいねぇんでしてなぁ。きっとオジィやオバァも生きてりゃ、喜んで魔王様の為なら命差し出すはずですからな、もちろんオラたちもですな」
グルゲアは手に持っていた水晶を掲げる。
紅色を帯びた水晶から魔力の糸のようなものが、それぞれの角に伸びると彼らの角の輝きがさらに増した。
ビキビキと筋肉が激しく隆起して魔力の色も更に濃くなった。
目の色の変わった魔族たちは大きな雄叫びを上げる。
「ここにいるオラたちぁみんな魔王様のためなら命ぁ捨てる覚悟ですな。死ねと言われれば一族いつでも死ぬ準備は出来とりますからな。いつでも何なりとお申し付け下さいな。なぁ、みんな!」
『オォォォォォォッ!!!』
「ふっ。良い心がけだ。魔王様もお喜びになることだろう。そうと決まればさっさとして魔獣でも何でも探してくることだな」
グルゲアが満足げに告げる。
静かに見ていたミノリは、困惑した様子で呟いた。
(……リース様、彼らは何を言っているのですか?)
悲しそうな声でこちらを向くミノリ。
(彼らは、なぜ涙を流しているのですか……?)
この村を荒らし回っている魔族たちも、グルゲアに進言する魔族たちも、言葉節とはは全く違った表情をしている者ばかり。
それこそが、この村に彼らが来た時からの違和感だった。
自分たちの村であるにも関わらず、まるで盗賊のように村を荒らし回っていたり。
ましてや肉親の魔力を魔王のために差し出すことを是としているその様子。
やはり思っていた通りだったな。
(精神汚染の魔法、いわゆるマインドコントロールの類いだ)
(まいんど、こんとろーる?)
(あの水晶から魔力を流し込んで、善良だった魔族たちを自分たちの意のままに操る忠実な兵隊に育て上げたんだ)
(魔力とはそんなことまで可能なんですか!?)
(下地さえ作っていれば、きっかけ一つで人の心なんてどうとでも操れるってことだ。その下地は彼らが生まれた時からずっと仕掛けられていたんだからね)
この地の魔道書には、至る箇所で魔王の復活についての記載が為されてある。
魔王は世界で唯一無二の存在である。
魔王の復活こそが魔族を繁栄させることのできる唯一の方法である――と。
絶対的シンボルである魔王敗北の事実は、魔族の歴史としてそもそも存在していない。
そうやって幼い頃より植え付けられた「魔王の復活」という心の枷を、グルゲアは魔法を使って強制的に増幅させた。
人の性根と闇を利用する闇属性魔法の本懐は人間界の魔法にそう多くは伝わっていない。
ミノリが知らないのも仕方の無いことだ。
(彼らはもう、元には戻らないのでしょうか……)
ミノリは寂しそうに魔族たちを見つめる。
クォータおばあちゃんも不思議がってはいた。
――んだって、魔王様の復活が囁かれだしたのもわだしらが生まれてから少し経った頃くらいでなぁ。復活してくれだんら、ちっとはえぇ生活になるだかなんて話はしてだども、あんなに躍起になるこたぁねぇはずだに。
生まれた頃から魔王の復活が囁かれていたこの世代だからこそ、魔王の駒となり得ることが出来たのだ。
ただ――。
(いや、彼らはまだ自我を残している)
唯一の救いは彼らはまだ完全には魔王軍の駒として染まりきってはいないということだ。
故郷を自らの手で荒らし回り、肉親さえもを差し出そうとする外道極まりないその行為。身体は従ってしまっていても、心までは許容できなかった。
あの涙は彼ら自身が許された、最後の抵抗の証だった。
「そっだらグルゲア様――」
雄叫びの最中、一人の落ち着いた声が伝わった。
「こっからも少し下ったトコに、わしらの村があるだよ」
涙ながらに進言するその方言は俺たちに聞き覚えのあるものだ。
グルゲアは「ほぅ」と頬を緩めた。
「こんな辺鄙な所にまだ村があったとは。いいだろう、連れて行け」
「ありがとうございますだ……! 魔王様のお役に立てるためったらば、ぎっとばーちゃん達も……ばーちゃん達も、喜んで身ぃば差し出してぐれるだよ……」
どことなく似たその方言は間違いない。クォータ村の抑揚だ。
その時、ふと腹の奥底から熱いものが込み上がってくるのを感じた。
もし、クォータ村に魔獣たちの脅威からまだ生き残った人たちがいると知れば、このヒト達は自分で自分の仲間を売ることになる。それも、自らの意志に逆らえないままに――。
(リース様、わたしは平気です)
ミノリがすぅっと息を整えた。
瞳の奥には熱い闘志が漲っている。
(行きましょう。彼ら自身の為にも、決してクォータ村には立ち入らせてはなりません)
むしろ俺よりもミノリの方が躍起になっている気がするが……幸いにも、俺たちの考えていることは同じのようだった。
(あぁ。思っていることは俺も同じだ。背中は任せたよ、ミノリ)
二人の腹は括られた。
ここからは、エルフと人間たった二人による魔王軍への殴り込みの時間だ――!
ロァド村にやってきた怪しい一団は人数にしておおよそ100人ほどで、先頭は龍型生物に騎乗した魔族が率いている。綺麗な軍服を着用しており、他の者と比べても群を抜いて魔力が高い。
後ろの者たちはクォータ村のおばあちゃんを始めとしたお年寄りたちとは打って変わって、簡素に仕立てた貫頭衣を着た屈強な男達ばかりだ。
「ンヴァ?」
ふと、先頭の魔族の乗った龍型生物が俺たちの方を見つめている。
(あ、あの生き物はわたし達のことが見えて――?)
(見えていても近付かないさ。彼らは魔族領域内に生息域を持つ、闘龍っていう小型・二足歩行の龍だ。自分より圧倒的に強い相手には決して逆らおうとはしない)
キッと強気の視線を向けると闘龍は何事もなかったかのように視線をずらした。
どうやら彼自身は俺たちと敵対する気はないらしい。
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まさかこんなにあっさりと出会えるとは思わなかったがな。ただ今は好奇心よりも優先すべき事態であることくらい分かっている。俺はきちんと自重が出来る男だ。
……でもいつかは乗ってみたいな。
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飼い慣らすだけならまだしも騎乗を許すということは、乗っている魔族自身も相当の力を有しているのだろう。
ミノリも何とか自分を保っているが、その手は少し震えている。
(大丈夫、こっちとしてもまだ事を荒立てたくはない。相手の戦力も手の内も分からない所から仕掛けられないからね。落ち着いてやりすごせばいい)
(は、はい。お気を使わせてしまい、申し訳ありません……)
ただでさえ全ての生物が規格外に強い魔族領域だ。
いかにミノリが強くなったとは言えこれほどの魔族を前に恐怖が勝るのも当然だろう。
俺は不安そうにするミノリの手をぎゅっと抑えた。
――鑑定魔法。
【名前】グルゲア・ゾリンジャー
【種族】魔族
【属性】闇属性魔法
【年齢】42
【所属】魔王軍・南部魔力回収隊責任隊長
【使役龍】ヴァンちゃん
魔族領域に来ても変わらず鑑定魔法は大活躍。
あの格好良い龍の名前まで分かってしまうとは好都合だ。
周りの魔族の角が淡い赤みを帯びている中で、唯一青白く光る角を持ったその筆頭魔族――グルゲアは闘龍と共に村に入っていく。
魔族たちが乱暴に村をかき回していくのを見回しながら、グルゲアは吐き捨てるように呟いた。
「ふん、ここにも生き残りはおらんのか。相変わらず貧弱なことだ。本当に同種族だったのかさえ疑わしいわ」
「んなこと言ってもグルゲア様。ラステシアに近けれんば近いほんど同胞はおらんかったですからな」
「魔王様復活の為には更なる魔力の供給が急務だ。そのためにわざわざこんな辺境まで来てやっているのだぞ。まったく、お納めする魔力が足りておらんというのに呑気な奴等め。枯れた魔族でも多少は魔力の足しになるとは思っていたのだが……」
……この魔族の一団はロァド村の元住人達、ということか――?
それにしたら元住人たちの様子が少しおかしい。
各々に紅く光る角の輝きはさらに増していく。
その魔力の出所は、どうもグルゲアのようだ。
「そんなこと言われましても、もういねぇもんはいねぇんでしてなぁ。きっとオジィやオバァも生きてりゃ、喜んで魔王様の為なら命差し出すはずですからな、もちろんオラたちもですな」
グルゲアは手に持っていた水晶を掲げる。
紅色を帯びた水晶から魔力の糸のようなものが、それぞれの角に伸びると彼らの角の輝きがさらに増した。
ビキビキと筋肉が激しく隆起して魔力の色も更に濃くなった。
目の色の変わった魔族たちは大きな雄叫びを上げる。
「ここにいるオラたちぁみんな魔王様のためなら命ぁ捨てる覚悟ですな。死ねと言われれば一族いつでも死ぬ準備は出来とりますからな。いつでも何なりとお申し付け下さいな。なぁ、みんな!」
『オォォォォォォッ!!!』
「ふっ。良い心がけだ。魔王様もお喜びになることだろう。そうと決まればさっさとして魔獣でも何でも探してくることだな」
グルゲアが満足げに告げる。
静かに見ていたミノリは、困惑した様子で呟いた。
(……リース様、彼らは何を言っているのですか?)
悲しそうな声でこちらを向くミノリ。
(彼らは、なぜ涙を流しているのですか……?)
この村を荒らし回っている魔族たちも、グルゲアに進言する魔族たちも、言葉節とはは全く違った表情をしている者ばかり。
それこそが、この村に彼らが来た時からの違和感だった。
自分たちの村であるにも関わらず、まるで盗賊のように村を荒らし回っていたり。
ましてや肉親の魔力を魔王のために差し出すことを是としているその様子。
やはり思っていた通りだったな。
(精神汚染の魔法、いわゆるマインドコントロールの類いだ)
(まいんど、こんとろーる?)
(あの水晶から魔力を流し込んで、善良だった魔族たちを自分たちの意のままに操る忠実な兵隊に育て上げたんだ)
(魔力とはそんなことまで可能なんですか!?)
(下地さえ作っていれば、きっかけ一つで人の心なんてどうとでも操れるってことだ。その下地は彼らが生まれた時からずっと仕掛けられていたんだからね)
この地の魔道書には、至る箇所で魔王の復活についての記載が為されてある。
魔王は世界で唯一無二の存在である。
魔王の復活こそが魔族を繁栄させることのできる唯一の方法である――と。
絶対的シンボルである魔王敗北の事実は、魔族の歴史としてそもそも存在していない。
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人の性根と闇を利用する闇属性魔法の本懐は人間界の魔法にそう多くは伝わっていない。
ミノリが知らないのも仕方の無いことだ。
(彼らはもう、元には戻らないのでしょうか……)
ミノリは寂しそうに魔族たちを見つめる。
クォータおばあちゃんも不思議がってはいた。
――んだって、魔王様の復活が囁かれだしたのもわだしらが生まれてから少し経った頃くらいでなぁ。復活してくれだんら、ちっとはえぇ生活になるだかなんて話はしてだども、あんなに躍起になるこたぁねぇはずだに。
生まれた頃から魔王の復活が囁かれていたこの世代だからこそ、魔王の駒となり得ることが出来たのだ。
ただ――。
(いや、彼らはまだ自我を残している)
唯一の救いは彼らはまだ完全には魔王軍の駒として染まりきってはいないということだ。
故郷を自らの手で荒らし回り、肉親さえもを差し出そうとする外道極まりないその行為。身体は従ってしまっていても、心までは許容できなかった。
あの涙は彼ら自身が許された、最後の抵抗の証だった。
「そっだらグルゲア様――」
雄叫びの最中、一人の落ち着いた声が伝わった。
「こっからも少し下ったトコに、わしらの村があるだよ」
涙ながらに進言するその方言は俺たちに聞き覚えのあるものだ。
グルゲアは「ほぅ」と頬を緩めた。
「こんな辺鄙な所にまだ村があったとは。いいだろう、連れて行け」
「ありがとうございますだ……! 魔王様のお役に立てるためったらば、ぎっとばーちゃん達も……ばーちゃん達も、喜んで身ぃば差し出してぐれるだよ……」
どことなく似たその方言は間違いない。クォータ村の抑揚だ。
その時、ふと腹の奥底から熱いものが込み上がってくるのを感じた。
もし、クォータ村に魔獣たちの脅威からまだ生き残った人たちがいると知れば、このヒト達は自分で自分の仲間を売ることになる。それも、自らの意志に逆らえないままに――。
(リース様、わたしは平気です)
ミノリがすぅっと息を整えた。
瞳の奥には熱い闘志が漲っている。
(行きましょう。彼ら自身の為にも、決してクォータ村には立ち入らせてはなりません)
むしろ俺よりもミノリの方が躍起になっている気がするが……幸いにも、俺たちの考えていることは同じのようだった。
(あぁ。思っていることは俺も同じだ。背中は任せたよ、ミノリ)
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