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第37話 転生エルフ(108)、おばあちゃんのお味噌汁を啜る。
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「グルルルル……」「……ガルァ?」「ウァォォォォォォォンッッ!!」
木々の影では魔力の塊が素早く動き始めていた。
「ここもまた魔獣の巣窟だな。ミノリ、これをどう見る?」
「周囲50メートル以内で38体の狂魔化した個体を感知しています。やはり瘴気を吸い過ぎた個体なのか、平地に住む魔物とは比べものにならない程の強個体になっているようです」
俗に、魔族領域と呼ばれる場所に足を踏み入れてから半年が過ぎていた。
ここの食べ物や魔獣には、瘴気が固体となった魔素が色濃くこびり付いている。
魔素には動植物を凶暴化させる性質もある。
そんな魔素を身体に取り込んだ魔獣は狂魔化という現象を起こし、危険度は通常個体の数倍にも跳ね上がっていた。
俺が読んだ魔導書では、1体でも街に降りてこようものなら一個の街の文明が崩壊する危機になり得ると書かれていたほどだ。
「魔王復活に合わせて世界中の瘴気が増えているとはいえ、これじゃキリがないな」
そんな魔獣を討伐しつつ、俺たちは少しずつ討伐された魔王の眠る地とされる魔族領域最奥地、《ラステシア》へ向けて旅を続けている。
魔王が復活の時を待ち眠っている《ラステシア》への道標は、魔猪だった頃の記憶のあるヴリトラから全て入手しているのだが――。
「ミノリ、魔獣の半分は任せたぞ」
「承知しました。リース様が預けて下さった背中は、私が守りきります! 超級火属性魔法力付与!」
視界に入らない魔獣に向けて、ミノリが勢いよく飛び込んでいく。
この半年間、戦い尽くしの毎日だったこともありミノリの戦力も大幅に上がっている。
ジン君の劇的な進化はミノリにとっても好影響だったようだ。
「さて、クォータおばあちゃんにもお世話になっている分、ここで恩返しはしておかないとな」
そして魔王の復活に関してざわつき始めているのは人間側だけでもなく、どうやら魔族領域に住む一般魔族たちも同じようで――。
●●●
「――というわけで。このクォータ村付近に残ってた狂魔化魔獣38体分の魔石が回収できましたよ、おばあちゃん。ひとまずこれで夜に魔獣被害に震えて眠る必要もなくなるでしょう」
机の上に、討伐魔獣から回収した魔石を並べる。
寂れた村の一角にあるこの村長邸は、今の俺たちがお世話になっている宿だ。
この村に立ち寄ってから2週間。
これで村を付け狙っていた魔獣は全て倒しきったはずだ。
「おぉぉぉ……おぉぉぉ……!!」
目の前にはしわくちゃの手で俺の手をぎゅっと握り返すおばあちゃんの姿があった。
「本当にありがとうございますだ。ありがとうございますだ。ちぃと前までおったバカ息子も、『魔王様のお力になりてぇ!!』なーんてバカなことさ言うて飛び出して行きました。若い衆がそんなばっかで、村もすっかり寂れていきましてなぁ」
「つまんねもんですが」と前置きして、ことんと温かいお味噌汁を出してくれたこの老婆。
彼女は魔族領域の片田舎――クォータ村に住む村長、クォータおばあちゃん(182歳)だ。
俺たち亜人が尖った耳を持つように、彼らは額にちょこんと小さな灰色の角を生やしている。亜人種の一つだ。
魔族は人間の2倍ほど生きると言われているが、その中でもクォータおばちゃんは特に老齢の方だという。
くしゃくしゃの笑顔で余所者の俺たちを快く迎え入れてくれた魔族の一人は、どこにでもいるような心優しいおばあちゃんだった。
「こちらこそ、毎日の宿として非常にお世話になっていますからね。ありがたく、お味噌汁もいただきます」
「いただきますっ!!」
両手を合わせて「いただきます」をすれば、ミノリもそれに自然と倣う。
故郷で行っていた儀式が自然とミノリにも伝わっているのはどことなく嬉しくなる。
出してくれたお味噌汁は、全てこの村で取れた野菜たちから作られているという。
冷えた身体に味噌を流し込めば、ほんのり甘い味わいが鼻を抜けていく。
どことなく故郷のような懐かしさを感じる。
超級クラスの浄化魔法を加えて魔素抜きさえ行えば、俺たちにとってもおばあちゃんの作る料理は充分に美味しいご馳走だ。
「お二方が来てくださって、年寄りしかいねぇ村のみんなもずいぶん世話になっとりますでなぁ。ヒト族が来たぁいう噂ば聞いたときは戦々恐々しておりましたのに、村を狙う魔獣を退けてくれてるとなるとみんなゲンキンなもんでして」
ミノリが苦笑いを浮かべながら味噌汁を啜る。
「ここまで行く先々の集落には、人の気配もありませんでしたからね……。リース様と旅をしていて人の住む場所を見つけられたのも、ここが初めてじゃないでしょうか?」
「この半年間、延々と出くわすのは魔獣だけだったからねぇ。平地より強い魔物ばかりだから修行にはなったけど」
俺は100年間、ほとんど永遠と一人暮らしだったから慣れてはいたがミノリにとっては少なからず寂しい思いもしただろうな。
人里を見つけた時の嬉しそうなミノリの表情は今でも覚えている。
「食い扶持をなくした魔獣どもに、働き手のいなくなった村々ともなればどこも生き残れますまい」
そう言って、クォータおばあちゃんは寂しそうに空になった剣の飾り棚を見つめた。
元は代々村に伝わる名工の剣が飾られてあったのだとか。
数ヶ月前に村の若い男衆は、魔王復活の報を聞いて最果ての地へと出向き帰って来ていないと言う。
クォータ村を初め、どの村でも男手はこぞってまだ眠る魔王の元に馳せ参じに行った。
そのせいで村々は寂れてしまった。
さらには野生の魔獣が狂魔化したことにより今までのパワーバランスも崩れ、あちこちの村が崩壊して行っているのが現状だ。
魔王の復活は俺たち人間族だけでなく、魔族領域に住む一般の魔族達にも大きな波紋を呼んでいたのだった。
木々の影では魔力の塊が素早く動き始めていた。
「ここもまた魔獣の巣窟だな。ミノリ、これをどう見る?」
「周囲50メートル以内で38体の狂魔化した個体を感知しています。やはり瘴気を吸い過ぎた個体なのか、平地に住む魔物とは比べものにならない程の強個体になっているようです」
俗に、魔族領域と呼ばれる場所に足を踏み入れてから半年が過ぎていた。
ここの食べ物や魔獣には、瘴気が固体となった魔素が色濃くこびり付いている。
魔素には動植物を凶暴化させる性質もある。
そんな魔素を身体に取り込んだ魔獣は狂魔化という現象を起こし、危険度は通常個体の数倍にも跳ね上がっていた。
俺が読んだ魔導書では、1体でも街に降りてこようものなら一個の街の文明が崩壊する危機になり得ると書かれていたほどだ。
「魔王復活に合わせて世界中の瘴気が増えているとはいえ、これじゃキリがないな」
そんな魔獣を討伐しつつ、俺たちは少しずつ討伐された魔王の眠る地とされる魔族領域最奥地、《ラステシア》へ向けて旅を続けている。
魔王が復活の時を待ち眠っている《ラステシア》への道標は、魔猪だった頃の記憶のあるヴリトラから全て入手しているのだが――。
「ミノリ、魔獣の半分は任せたぞ」
「承知しました。リース様が預けて下さった背中は、私が守りきります! 超級火属性魔法力付与!」
視界に入らない魔獣に向けて、ミノリが勢いよく飛び込んでいく。
この半年間、戦い尽くしの毎日だったこともありミノリの戦力も大幅に上がっている。
ジン君の劇的な進化はミノリにとっても好影響だったようだ。
「さて、クォータおばあちゃんにもお世話になっている分、ここで恩返しはしておかないとな」
そして魔王の復活に関してざわつき始めているのは人間側だけでもなく、どうやら魔族領域に住む一般魔族たちも同じようで――。
●●●
「――というわけで。このクォータ村付近に残ってた狂魔化魔獣38体分の魔石が回収できましたよ、おばあちゃん。ひとまずこれで夜に魔獣被害に震えて眠る必要もなくなるでしょう」
机の上に、討伐魔獣から回収した魔石を並べる。
寂れた村の一角にあるこの村長邸は、今の俺たちがお世話になっている宿だ。
この村に立ち寄ってから2週間。
これで村を付け狙っていた魔獣は全て倒しきったはずだ。
「おぉぉぉ……おぉぉぉ……!!」
目の前にはしわくちゃの手で俺の手をぎゅっと握り返すおばあちゃんの姿があった。
「本当にありがとうございますだ。ありがとうございますだ。ちぃと前までおったバカ息子も、『魔王様のお力になりてぇ!!』なーんてバカなことさ言うて飛び出して行きました。若い衆がそんなばっかで、村もすっかり寂れていきましてなぁ」
「つまんねもんですが」と前置きして、ことんと温かいお味噌汁を出してくれたこの老婆。
彼女は魔族領域の片田舎――クォータ村に住む村長、クォータおばあちゃん(182歳)だ。
俺たち亜人が尖った耳を持つように、彼らは額にちょこんと小さな灰色の角を生やしている。亜人種の一つだ。
魔族は人間の2倍ほど生きると言われているが、その中でもクォータおばちゃんは特に老齢の方だという。
くしゃくしゃの笑顔で余所者の俺たちを快く迎え入れてくれた魔族の一人は、どこにでもいるような心優しいおばあちゃんだった。
「こちらこそ、毎日の宿として非常にお世話になっていますからね。ありがたく、お味噌汁もいただきます」
「いただきますっ!!」
両手を合わせて「いただきます」をすれば、ミノリもそれに自然と倣う。
故郷で行っていた儀式が自然とミノリにも伝わっているのはどことなく嬉しくなる。
出してくれたお味噌汁は、全てこの村で取れた野菜たちから作られているという。
冷えた身体に味噌を流し込めば、ほんのり甘い味わいが鼻を抜けていく。
どことなく故郷のような懐かしさを感じる。
超級クラスの浄化魔法を加えて魔素抜きさえ行えば、俺たちにとってもおばあちゃんの作る料理は充分に美味しいご馳走だ。
「お二方が来てくださって、年寄りしかいねぇ村のみんなもずいぶん世話になっとりますでなぁ。ヒト族が来たぁいう噂ば聞いたときは戦々恐々しておりましたのに、村を狙う魔獣を退けてくれてるとなるとみんなゲンキンなもんでして」
ミノリが苦笑いを浮かべながら味噌汁を啜る。
「ここまで行く先々の集落には、人の気配もありませんでしたからね……。リース様と旅をしていて人の住む場所を見つけられたのも、ここが初めてじゃないでしょうか?」
「この半年間、延々と出くわすのは魔獣だけだったからねぇ。平地より強い魔物ばかりだから修行にはなったけど」
俺は100年間、ほとんど永遠と一人暮らしだったから慣れてはいたがミノリにとっては少なからず寂しい思いもしただろうな。
人里を見つけた時の嬉しそうなミノリの表情は今でも覚えている。
「食い扶持をなくした魔獣どもに、働き手のいなくなった村々ともなればどこも生き残れますまい」
そう言って、クォータおばあちゃんは寂しそうに空になった剣の飾り棚を見つめた。
元は代々村に伝わる名工の剣が飾られてあったのだとか。
数ヶ月前に村の若い男衆は、魔王復活の報を聞いて最果ての地へと出向き帰って来ていないと言う。
クォータ村を初め、どの村でも男手はこぞってまだ眠る魔王の元に馳せ参じに行った。
そのせいで村々は寂れてしまった。
さらには野生の魔獣が狂魔化したことにより今までのパワーバランスも崩れ、あちこちの村が崩壊して行っているのが現状だ。
魔王の復活は俺たち人間族だけでなく、魔族領域に住む一般の魔族達にも大きな波紋を呼んでいたのだった。
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