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どうして?
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噂で、あのΩの先輩が転校したと耳にしたのは、僕が手を怪我してから数日後のことだった。
きっと時くんがなにかしたんだってわかってはいたけれど、それを追求したところで意味はないことはわかっている。それに、時くんが僕のために報復してくれたんだとしたら、黙ってそれを受け入れるしかないのかもしれないとすら思った。
「もう痛くねえのか」
包帯の取れた手を、時くんが見つめながら聞いてくる。それに頷くと、彼はほっとしたような表情を浮かべた。
心配されるのが嬉しくて、少しずつ治っていく傷を見ながら、もう少しゆっくりと治ってもいいんだよって思ってしまう。
「ちょっとコーヒー入れてくるね」
ソファーから立ち上がって、コーヒーを入れにキッチンへと向かう。
ふとぐらりと視界が一瞬揺れて、僕は思わずその場にしゃがみこんだ。
「……寝不足かな?」
数秒後には何事もなくクリアになった視界に首を傾げる。こんなこと初めてで驚いたけれど、特になにか不調がある訳でもないからと、そのままコーヒーを入れて時くんのところに戻った。
「空、お前しばらく家から出るな」
「どうして?」
時くんの前に珈琲を置いて僕も自分用のを口に含む。
「言うこと聞け」
「……わかった」
訳が分からなかったけれど時くんに言われた通り学校はしばらく休むことにする。
そろそろ出席日数も危なくなりそうだから困るのだけど休めと言われては従うしかないし僕は首を傾げながらまたコーヒーを飲んだ。
ここ何日かは時くんから言われた通りに学校を休んでいたけれど、ふとお米が無いことに気づいてどうしようかと頭を悩ませた。
麺があれば凌げるけれど、それも切らしていて仕方なく買いに行くことにする。
時くんは今日は学校に行っているから僕一人ですぐに帰ってくればバレることは無いだろうって思って財布と買い物バッグだけ持って外に出た。
近所のスーパーまで徒歩で5分程の距離をのんびりと歩く。
スーパーに着くと目的の物を探して店内をぐるぐると回った。
そうしていたら、、ぐらりとまた視界が大きく揺れる。
「…え…。」
急に力が入らなくなってその場に屈んだ僕ははあはあと荒い息を吐き出しながら何とかカートを掴んで立ち上がろうと試みた。
何かがおかしい。
僕を取り囲むように他のお客さんたちが集まってきて、僕のことを迷惑そうに見ている人までいることに気づく。
「お客様!?緊急用抑制剤はお持ちですか??」
「…抑制剤?」
「すみません!!どなたか抑制剤をお持ちの方はいらっしゃいませんか!!」
店員の女性が周りにそう声をかけるけど、誰も反応を示さなくて、当の本人である僕は訳が分からずに混乱した。
なに…これ。
「お客様!?」
怖くなって、力の入らない身体を無理矢理動かすと逃げるように店内を転げながら駆けて自宅まで急いだ。
なんで…。
勢いよく家の中に飛び込むと、荒い息を吐き出しながら洗面台へと向かう。
時くんに付けられた跡を隠すためにいつも着ていたタートルネックの肌着を下にずらすと鏡でその場所をしっかりと確認して、ずるりと僕はその場に屈みこんだ。
「…嘘…。」
ない…。
跡がない。
お風呂の時もどんな時でも家では時くんが僕のそばに居たから鏡を見る機会もなく、そもそも鏡が嫌いな僕は進んで鏡を見ることなんてしなくて…。
番関係を結べば一生消えなくなる歯型は番の証だ。けれど僕の項には薄らとしかそれがなく、スーパーでは明らかに他のお客さんが僕のフェロモンに充てられていた。
「…と、時くん…。」
なんで…。
何かが崩れる音がする。
発情しかけている僕に気づいて時くんが出るなと言ったならそれはどうしてなんだろう。
番を結んでいると思っているならそんなこと言う必要あるんだろうか?
番ってしまえばフェロモンは相手のαにしか効果をなさない。
なら、それなら……
「…嘘ついてたの…?」
前に何も考えずに番のことを聞いた時、時くんはどんな反応をしていた?
確か…そうだ…
様子が変だった。
「…なあんだ…。」
乾いた笑いが僕の口から漏れる。
どうして嘘なんかついたのか分からないけれど、酷く裏切られたような気持ちが僕の心を支配して悲しくなった。
「…時くん…。」
それなのに発情している僕は彼を求めてふらふらと彼の居ない寝室へと向かう。
寝室のベッドに無造作に放られた時くんのシャツからいつも以上にいい匂いがして僕は思わずそれに顔を押し付けて匂いを吸い込んだ。
まるで麻薬のようにそれは全身を回り僕の脳を溶かすかのような快楽を与えてくれる。
「…足りない…。」
クローゼットを開けて、いつの間にか増えた時くんの服をベッドの上に放るとその上に乗ってぐるぐると自分を取り囲むように服を引き寄せていく。
そうすると時くんに包まれたような満足感に満たされて、何もかもどうでも良くなるくらいの心地良さに僕はそのままそこに埋もれて恍惚の笑みを浮かべた。
「…時くん…っ…。」
心地のいい場所で自分の性器を扱きながら有り得ないほどの気持ちの良さに何度も射精して、服に噛み付いて脳にダイレクトに届く匂いでまた興奮するを繰り返す。
これが本来の発情だって言うなら前に発情だと思っていたものは発情とは呼べないかもしれない。
「…時くんっ、好きっ。」
服が汚れるのなんかお構い無しにベトベトの手で目の前のそれを抱きしめて、僕だけの幸せな空間でただただ快楽を貪る。
なんて幸せなんだろう。
こんなに幸せなら時くんに抱いて貰えたらどうなっちゃうんだろう。
お母さんもこんな気持ちを味わったから僕とお父さんから離れていったのかな。
それなら仕方ないね…。
ふわふわの頭でそう思った。
だってこんなに幸せなことΩじゃなければ経験できない。
αの匂いに囲まれて僕はなんて幸せなんだろうって、これさえあれば全て大丈夫だって根拠の無い自信が湧き上がってくるんだ。
「…βじゃなくて良かった…。」
そう呟いて僕は深い眠りに誘われるまま目を閉じた。
きっと時くんがなにかしたんだってわかってはいたけれど、それを追求したところで意味はないことはわかっている。それに、時くんが僕のために報復してくれたんだとしたら、黙ってそれを受け入れるしかないのかもしれないとすら思った。
「もう痛くねえのか」
包帯の取れた手を、時くんが見つめながら聞いてくる。それに頷くと、彼はほっとしたような表情を浮かべた。
心配されるのが嬉しくて、少しずつ治っていく傷を見ながら、もう少しゆっくりと治ってもいいんだよって思ってしまう。
「ちょっとコーヒー入れてくるね」
ソファーから立ち上がって、コーヒーを入れにキッチンへと向かう。
ふとぐらりと視界が一瞬揺れて、僕は思わずその場にしゃがみこんだ。
「……寝不足かな?」
数秒後には何事もなくクリアになった視界に首を傾げる。こんなこと初めてで驚いたけれど、特になにか不調がある訳でもないからと、そのままコーヒーを入れて時くんのところに戻った。
「空、お前しばらく家から出るな」
「どうして?」
時くんの前に珈琲を置いて僕も自分用のを口に含む。
「言うこと聞け」
「……わかった」
訳が分からなかったけれど時くんに言われた通り学校はしばらく休むことにする。
そろそろ出席日数も危なくなりそうだから困るのだけど休めと言われては従うしかないし僕は首を傾げながらまたコーヒーを飲んだ。
ここ何日かは時くんから言われた通りに学校を休んでいたけれど、ふとお米が無いことに気づいてどうしようかと頭を悩ませた。
麺があれば凌げるけれど、それも切らしていて仕方なく買いに行くことにする。
時くんは今日は学校に行っているから僕一人ですぐに帰ってくればバレることは無いだろうって思って財布と買い物バッグだけ持って外に出た。
近所のスーパーまで徒歩で5分程の距離をのんびりと歩く。
スーパーに着くと目的の物を探して店内をぐるぐると回った。
そうしていたら、、ぐらりとまた視界が大きく揺れる。
「…え…。」
急に力が入らなくなってその場に屈んだ僕ははあはあと荒い息を吐き出しながら何とかカートを掴んで立ち上がろうと試みた。
何かがおかしい。
僕を取り囲むように他のお客さんたちが集まってきて、僕のことを迷惑そうに見ている人までいることに気づく。
「お客様!?緊急用抑制剤はお持ちですか??」
「…抑制剤?」
「すみません!!どなたか抑制剤をお持ちの方はいらっしゃいませんか!!」
店員の女性が周りにそう声をかけるけど、誰も反応を示さなくて、当の本人である僕は訳が分からずに混乱した。
なに…これ。
「お客様!?」
怖くなって、力の入らない身体を無理矢理動かすと逃げるように店内を転げながら駆けて自宅まで急いだ。
なんで…。
勢いよく家の中に飛び込むと、荒い息を吐き出しながら洗面台へと向かう。
時くんに付けられた跡を隠すためにいつも着ていたタートルネックの肌着を下にずらすと鏡でその場所をしっかりと確認して、ずるりと僕はその場に屈みこんだ。
「…嘘…。」
ない…。
跡がない。
お風呂の時もどんな時でも家では時くんが僕のそばに居たから鏡を見る機会もなく、そもそも鏡が嫌いな僕は進んで鏡を見ることなんてしなくて…。
番関係を結べば一生消えなくなる歯型は番の証だ。けれど僕の項には薄らとしかそれがなく、スーパーでは明らかに他のお客さんが僕のフェロモンに充てられていた。
「…と、時くん…。」
なんで…。
何かが崩れる音がする。
発情しかけている僕に気づいて時くんが出るなと言ったならそれはどうしてなんだろう。
番を結んでいると思っているならそんなこと言う必要あるんだろうか?
番ってしまえばフェロモンは相手のαにしか効果をなさない。
なら、それなら……
「…嘘ついてたの…?」
前に何も考えずに番のことを聞いた時、時くんはどんな反応をしていた?
確か…そうだ…
様子が変だった。
「…なあんだ…。」
乾いた笑いが僕の口から漏れる。
どうして嘘なんかついたのか分からないけれど、酷く裏切られたような気持ちが僕の心を支配して悲しくなった。
「…時くん…。」
それなのに発情している僕は彼を求めてふらふらと彼の居ない寝室へと向かう。
寝室のベッドに無造作に放られた時くんのシャツからいつも以上にいい匂いがして僕は思わずそれに顔を押し付けて匂いを吸い込んだ。
まるで麻薬のようにそれは全身を回り僕の脳を溶かすかのような快楽を与えてくれる。
「…足りない…。」
クローゼットを開けて、いつの間にか増えた時くんの服をベッドの上に放るとその上に乗ってぐるぐると自分を取り囲むように服を引き寄せていく。
そうすると時くんに包まれたような満足感に満たされて、何もかもどうでも良くなるくらいの心地良さに僕はそのままそこに埋もれて恍惚の笑みを浮かべた。
「…時くん…っ…。」
心地のいい場所で自分の性器を扱きながら有り得ないほどの気持ちの良さに何度も射精して、服に噛み付いて脳にダイレクトに届く匂いでまた興奮するを繰り返す。
これが本来の発情だって言うなら前に発情だと思っていたものは発情とは呼べないかもしれない。
「…時くんっ、好きっ。」
服が汚れるのなんかお構い無しにベトベトの手で目の前のそれを抱きしめて、僕だけの幸せな空間でただただ快楽を貪る。
なんて幸せなんだろう。
こんなに幸せなら時くんに抱いて貰えたらどうなっちゃうんだろう。
お母さんもこんな気持ちを味わったから僕とお父さんから離れていったのかな。
それなら仕方ないね…。
ふわふわの頭でそう思った。
だってこんなに幸せなことΩじゃなければ経験できない。
αの匂いに囲まれて僕はなんて幸せなんだろうって、これさえあれば全て大丈夫だって根拠の無い自信が湧き上がってくるんだ。
「…βじゃなくて良かった…。」
そう呟いて僕は深い眠りに誘われるまま目を閉じた。
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