20 / 81
ねぇ、もう一回
2※不快な表現(嘔吐など)があります
しおりを挟む
『ぁ……ぁあっ……』
扉の向こうから聞こえてくる声を聞きたくなくて、僕は耳を塞ぎながらその場にうずくまっていた。
時くんが家から出ていってから数日。
彼はあの後から僕に1回も触れてこないし、首を噛まれることもなくなった。
けれど、こうやって嫌がらせのように情事のときには呼び出されるから、メンタルはボロボロでいっそのこと彼を嫌いになれたらいいのにとすら思う。
βだった頃、ニュースとかでΩが被害にあったって流れる度に、可哀想になんて他人事のように思っていたけれど、当事者はそんな言葉じゃ片付けられないって身をもってわかった。
ぽろぽろと頬を流れる涙を手で拭くと、前髪が涙で濡れてそれが気持ち悪くて振り払う。
僕のこと嫌いになったならそう言ってくれればいいのに。
そうしたら僕は彼にもう近づいたりしないし、ストーカーするのは止められないかもしれないけど、絶対バレないように頑張る。
こんな風にわざわざ見せつけてこなくてもいいじゃないか……。
音が止むと着替えの入った紙袋を下げて扉をノックした。
入れって言葉が聞こえてきたから中に入ると、むせ返るようなΩ特有のフェロモンや、情事を思わせる匂いが襲ってきて酷い吐き気を覚えた。
思わず手で鼻と口を抑える。
紙袋を近くの棚に置いて、急いでそこから出ようと体の向きを変えた。
「出ていいなんて言ってねえだろ」
呼び止められて動きを止める。
ゆっくりと振り返ると、時くんが睨みつけるように僕のことを見ていた。
その視線に身体が震える。
緊張感が僕たちの間を支配していて、そのせいでさらに吐き気が酷くなった気がした。
出来るなら今すぐにでもここから出てトイレに駆け込みたい。
「……な、なに」
青い顔をしている僕を、彼がじっと見つめてくる。
「汚ねえ顔」
涙で顔をぐちゃぐちゃにしている僕に、彼がそう吐き捨てて視線を外した。
そんなこと言うために呼び止められたの?
時くんの隣に座っていた先輩が同意するようにくすくす笑っていて、それに更に気分が悪くなった。
気持ち悪い……。
「うっ……」
「……っ、おいっ」
耐えられなくて思わずその場にうずくまると、視界の端で時くんが腰を浮かしたのが見えた気がした。
でも、今はそんなこと構っていられなくて、胃の中の物が競り上がってくるのを何とか抑えるけれど、もう喉元まで来ているそれは我慢できそうにもない。
「……ぅぇ……」
結局、我慢できずに床に思い切り嘔吐してしまう。それを涙目で見つめながら、最悪だって揺れる視界のなか思う。
涙と嘔吐物に濡れながら、まるでアレルギーでも起こしたように匂いに反応して更に吐き気を催した。
「……空っ!」
名前を呼ばれた気がした。
でも、それを確認する暇はないまま僕は自分が吐いたゲロの上に倒れ込んだ。
◇◇◇
ゆらゆらと身体が揺れている。
暖かい体温と、陽だまりみたいないい匂いに思わず手を伸ばすと、答えるようになにかが僕の手を握り返してくれた。
まるでどう触っていいのか分からないって言うみたいに、不器用に優しく手を撫でられる。
ゲロ塗れになってるはずの僕を誰かが抱えて、何処かに連れて行ってくれているみたいだった。
「……ごめん……」
ボソリと降ってくる声に僕はぼーっとしながら大丈夫って意味を込めて首を横に振る。
これは多分夢かもしれないと思った。
僕を抱きしめる手に力が入って、ぽたりと僕の頬になにかが落ちた気がした。
「っ……お前が消えちまうかと思った……」
「……僕は……ここにいるよ……?」
頑張って笑顔を作って掠れた声だけどなんとか伝える。
「……、俺の事……要らないって思ってんだろ……。お前も、周りのやつみたいに俺が邪魔なんだろ……」
僕を運びながら弱々しく言葉の雨を振らせてくる彼に僕はまた首を横に振る。
そんなこと思ってないよ。
ただ、好きになって欲しいだけ……。
きっとこれは夢で、僕が弱ってるからなのか、思ったことが口から簡単に零れる。
「……時くんに、好きになって、、欲しいだけだよ……。本当の意味で時くんだけのモノになれたら幸せなのにね……」
夢なら思ったことを伝えたって大丈夫だ。
夢の中でいくら気持ちを吐き出したって現実じゃなかったことになるんだから。
それに僕のこと嫌いになったかもしれない時くんが、ゲロ塗れの僕を運ぶとも思えないし……。
「……っ好きとかわかんねえ……。ただ、お前のこと大切にしたいって思う……。でも……っどうしたらいいか分かんねえんだよ」
迷子の子供みたいに弱々しい声だ。ポタポタ落ちてくる涙が次々に僕の顔を濡らす。
夢の中の時くんは泣き虫なんだな……って僕は頬を緩ませた。
「……撫でて欲しい……痛いことは嫌だな……あとは、名前、もう一回呼んで」
わがままを言ったていいでしょ?
だってこれは夢なんだから。
扉の向こうから聞こえてくる声を聞きたくなくて、僕は耳を塞ぎながらその場にうずくまっていた。
時くんが家から出ていってから数日。
彼はあの後から僕に1回も触れてこないし、首を噛まれることもなくなった。
けれど、こうやって嫌がらせのように情事のときには呼び出されるから、メンタルはボロボロでいっそのこと彼を嫌いになれたらいいのにとすら思う。
βだった頃、ニュースとかでΩが被害にあったって流れる度に、可哀想になんて他人事のように思っていたけれど、当事者はそんな言葉じゃ片付けられないって身をもってわかった。
ぽろぽろと頬を流れる涙を手で拭くと、前髪が涙で濡れてそれが気持ち悪くて振り払う。
僕のこと嫌いになったならそう言ってくれればいいのに。
そうしたら僕は彼にもう近づいたりしないし、ストーカーするのは止められないかもしれないけど、絶対バレないように頑張る。
こんな風にわざわざ見せつけてこなくてもいいじゃないか……。
音が止むと着替えの入った紙袋を下げて扉をノックした。
入れって言葉が聞こえてきたから中に入ると、むせ返るようなΩ特有のフェロモンや、情事を思わせる匂いが襲ってきて酷い吐き気を覚えた。
思わず手で鼻と口を抑える。
紙袋を近くの棚に置いて、急いでそこから出ようと体の向きを変えた。
「出ていいなんて言ってねえだろ」
呼び止められて動きを止める。
ゆっくりと振り返ると、時くんが睨みつけるように僕のことを見ていた。
その視線に身体が震える。
緊張感が僕たちの間を支配していて、そのせいでさらに吐き気が酷くなった気がした。
出来るなら今すぐにでもここから出てトイレに駆け込みたい。
「……な、なに」
青い顔をしている僕を、彼がじっと見つめてくる。
「汚ねえ顔」
涙で顔をぐちゃぐちゃにしている僕に、彼がそう吐き捨てて視線を外した。
そんなこと言うために呼び止められたの?
時くんの隣に座っていた先輩が同意するようにくすくす笑っていて、それに更に気分が悪くなった。
気持ち悪い……。
「うっ……」
「……っ、おいっ」
耐えられなくて思わずその場にうずくまると、視界の端で時くんが腰を浮かしたのが見えた気がした。
でも、今はそんなこと構っていられなくて、胃の中の物が競り上がってくるのを何とか抑えるけれど、もう喉元まで来ているそれは我慢できそうにもない。
「……ぅぇ……」
結局、我慢できずに床に思い切り嘔吐してしまう。それを涙目で見つめながら、最悪だって揺れる視界のなか思う。
涙と嘔吐物に濡れながら、まるでアレルギーでも起こしたように匂いに反応して更に吐き気を催した。
「……空っ!」
名前を呼ばれた気がした。
でも、それを確認する暇はないまま僕は自分が吐いたゲロの上に倒れ込んだ。
◇◇◇
ゆらゆらと身体が揺れている。
暖かい体温と、陽だまりみたいないい匂いに思わず手を伸ばすと、答えるようになにかが僕の手を握り返してくれた。
まるでどう触っていいのか分からないって言うみたいに、不器用に優しく手を撫でられる。
ゲロ塗れになってるはずの僕を誰かが抱えて、何処かに連れて行ってくれているみたいだった。
「……ごめん……」
ボソリと降ってくる声に僕はぼーっとしながら大丈夫って意味を込めて首を横に振る。
これは多分夢かもしれないと思った。
僕を抱きしめる手に力が入って、ぽたりと僕の頬になにかが落ちた気がした。
「っ……お前が消えちまうかと思った……」
「……僕は……ここにいるよ……?」
頑張って笑顔を作って掠れた声だけどなんとか伝える。
「……、俺の事……要らないって思ってんだろ……。お前も、周りのやつみたいに俺が邪魔なんだろ……」
僕を運びながら弱々しく言葉の雨を振らせてくる彼に僕はまた首を横に振る。
そんなこと思ってないよ。
ただ、好きになって欲しいだけ……。
きっとこれは夢で、僕が弱ってるからなのか、思ったことが口から簡単に零れる。
「……時くんに、好きになって、、欲しいだけだよ……。本当の意味で時くんだけのモノになれたら幸せなのにね……」
夢なら思ったことを伝えたって大丈夫だ。
夢の中でいくら気持ちを吐き出したって現実じゃなかったことになるんだから。
それに僕のこと嫌いになったかもしれない時くんが、ゲロ塗れの僕を運ぶとも思えないし……。
「……っ好きとかわかんねえ……。ただ、お前のこと大切にしたいって思う……。でも……っどうしたらいいか分かんねえんだよ」
迷子の子供みたいに弱々しい声だ。ポタポタ落ちてくる涙が次々に僕の顔を濡らす。
夢の中の時くんは泣き虫なんだな……って僕は頬を緩ませた。
「……撫でて欲しい……痛いことは嫌だな……あとは、名前、もう一回呼んで」
わがままを言ったていいでしょ?
だってこれは夢なんだから。
204
お気に入りに追加
601
あなたにおすすめの小説
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
悪役令息に転生して絶望していたら王国至宝のエルフ様にヨシヨシしてもらえるので、頑張って生きたいと思います!
梻メギ
BL
「あ…もう、駄目だ」プツリと糸が切れるように限界を迎え死に至ったブラック企業に勤める主人公は、目覚めると悪役令息になっていた。どのルートを辿っても断罪確定な悪役令息に生まれ変わったことに絶望した主人公は、頑張る意欲そして生きる気力を失い床に伏してしまう。そんな、人生の何もかもに絶望した主人公の元へ王国お抱えのエルフ様がやってきて───!?
【王国至宝のエルフ様×元社畜のお疲れ悪役令息】
▼この作品と出会ってくださり、ありがとうございます!初投稿になります、どうか温かい目で見守っていただけますと幸いです。
▼こちらの作品はムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
▼毎日18時投稿予定
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる