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未来編
④
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あれから一ヶ月程が経つ。
僕は会社を辞めて地元へと戻ってきていた。凍結症は未だに治まっていない。哲治さんとはあれから事務的なことを話すくらいで、恋人さんのことも僕のこともなにも話してはいなかった。
連絡先も消して、哲治さんとはこれで関わることもなくなる。
初めからこうしていればあんなことは起きなかったはずなのに……。
(本当に最低だよね)
僕のしでかしたことが許されるとは思っていない。このまま死に行くことが許しを乞うチャンスのようにすら感じていた。
凍結症のことを両親に話すと、沢山泣かれた。支えるから好きなことをしたらいいと言われたけれど、僕にはなにかを楽しむことすらおこがましく思えて、なにもする気すら起きなかった。
部屋にこもっていると、酷く手足が冷える。暖房をガンガンにつけても寒さは緩和されず、少しずつ心臓は凍っていく。
死ぬのが怖い。それよりも怖いのは、哲治さんが僕のせいで不幸になってしまうことだった。
「……ごめんなさい」
口癖になった謝罪の言葉。どれだけ呟いても、なにも現状は変わらない。
胸が痛むたびに、許されないのだと言われている気分になる。
「外の空気でも吸ってきたらどう?」
お母さんにそう言われたのは、地元に帰ってきて三ヶ月が経った頃だった。ずっと引きこもっていて、手足の感覚すらあまりわからなくなってきている。
果物を手に取れば霜がつき、それを見ると涙が溢れた。
促されるまま外に出る。もう時間なんてない。
幸せな片思いをしていたあの頃に戻りたい。足は自然と通っていた高校へと進む。周りの人が僕に向ける視線が痛い。真夏のはずなのに、汗一つ出てこない。
門の前まで辿り着くと、目の前にあるバス停のベンチに腰掛ける。じっと、建物を見つめて、小さく笑みをこぼす。
落ち葉を手に取ると、冷気にあてられてゆっくりと凍っていく。
「あんたもしかしてフローズン?」
やけに明るい声が門の方から聞こえてきて、思わず落ち葉を落としてしまった。目の前に視線を向けると、学生服を着た男の子がこちらへとかけてくる。
「なあ、フローズンだよな。あ、俺、快。山田快」
「え、うん……。僕は西条未来、です」
「あはは、なんで敬語?なあ、ちょっと手握ってもいい?」
「えっ、わっ!」
どうしてって尋ねる前に手を握られて驚く。やけに温かい。寒かったのが嘘みたいにひいていく。彼はアイスなのだと気がついた。凍結症を患った人は、フローズンを併発することがほとんどだ。凍結症 は後天性のフローズンとも呼ばれるから、当たり前のことだろう。
きっと凍結症の進行が進む事にフローズンの症状も増していたんだろう。でも、アイスの彼に触れられたことで症状が緩和されたんだ。
凍結症自体の症状は緩和することはできなくても、フローズンの症状が抑えられれば少しは寿命が伸びるという研究結果も出ている。
「は~助かった。フローズンの友達がいたんだけどアイスの恋人ができたからって、俺にかまってくれなくなってさ」
「そうだったんだ……」
だからって初代面の相手にこんなこと……。
八重歯を見せながら笑う快くんはなんだかすごくキラキラしている。太陽光に照らされて輝く色素の薄い茶髪に、外国の人みたいなグレーがかった青い瞳が印象的だ。ハーフなのかもしれない。
「学校戻らなくていいの?」
「真面目だね~。俺は悪い子だからしょっちゅうサボってるよ。それにアイスだからさ、授業もまともに受けらんないときあるし」
にししって八重歯を見せて笑う快君。明るくて、元気で、本当に眩しい。僕とは正反対に位置する人のように思える。
「落ち着いたら戻らないとね。僕も長時間は外に居られないから」
「どっか悪いの?フローズンのせいか?」
不躾な質問なのに嫌な感じはしない。
「僕、凍結症なんだ」
「ふーん。片想いでなるやつだっけ。俺にはよくわかんないな~」
「……どういう意味?」
快くんの言いたいことがわからなくて尋ねると、快くんは悪びれる様子もなく答えた。
「自分の心臓を凍らせるくらい辛い片想いなんて馬鹿みたいじゃん。俺にはその感覚わかんないな」
馬鹿みたいって言葉が胸に突き刺さる。
僕の今までが全部否定されたように感じて、腹が立ったんだ。
「っ、馬鹿なんかじゃない!少なくとも僕はっ、本気だったんだ!!」
間違っていた恋だった。それでも、好きな気持ちは本物で、否定なんてできない。
好きで、好きすぎて、恋しくて。いつも、あの優しくて逞しい背を追いかけていた。少なくとも、あの頃は自分らしく居られたって思えるんだよ。それを赤の他人に否定されたくなんてない。
涙が溢れてくる。泣くのは恋人さんと会った日以来だった。
「ご、ごめん。俺、未来さんの気持ち考えられてなかった。泣かないで」
あやすように頭を撫でられる。僕の方が遥かに歳上なのに、まるで小さい子供にでもなった気分だ。
腹を立てていたはずなのに、彼の手から伝わる温もりのおかげで心が穏やかさを取り戻していく。不思議な感覚だ。
「泣き止んだね。本当に好きなんだその人のこと」
「……うん。好きだった」
もう、終わった恋だ。
傷つけた人に謝罪すらないまま逃げ続けてきた。
「恋人を見るときの友達と同じ顔してる。でも、未来さんは全然幸せそうじゃないな」
「そう、だね」
自分にとっての幸せがわからない。
それに、今更幸せを求めたって意味なんてないよ。どうせ僕はもうすぐ死んでしまう。
「暗い顔してないでさ、楽しいことしに行こうよ」
「楽しいこと?」
「そうそう。ほら、立って」
手を引かれて立ち上がる。そのまま彼に導かれるまま走り出した。
「まってっ、転けちゃう!」
「あはは!」
快くんの笑い声が鼓膜を満たす。焦りと、ほんの少しの興奮と期待。
繋いだ手から感じる温もりが、暗闇にいた僕の心を晴らしていくような感覚がした。
僕は会社を辞めて地元へと戻ってきていた。凍結症は未だに治まっていない。哲治さんとはあれから事務的なことを話すくらいで、恋人さんのことも僕のこともなにも話してはいなかった。
連絡先も消して、哲治さんとはこれで関わることもなくなる。
初めからこうしていればあんなことは起きなかったはずなのに……。
(本当に最低だよね)
僕のしでかしたことが許されるとは思っていない。このまま死に行くことが許しを乞うチャンスのようにすら感じていた。
凍結症のことを両親に話すと、沢山泣かれた。支えるから好きなことをしたらいいと言われたけれど、僕にはなにかを楽しむことすらおこがましく思えて、なにもする気すら起きなかった。
部屋にこもっていると、酷く手足が冷える。暖房をガンガンにつけても寒さは緩和されず、少しずつ心臓は凍っていく。
死ぬのが怖い。それよりも怖いのは、哲治さんが僕のせいで不幸になってしまうことだった。
「……ごめんなさい」
口癖になった謝罪の言葉。どれだけ呟いても、なにも現状は変わらない。
胸が痛むたびに、許されないのだと言われている気分になる。
「外の空気でも吸ってきたらどう?」
お母さんにそう言われたのは、地元に帰ってきて三ヶ月が経った頃だった。ずっと引きこもっていて、手足の感覚すらあまりわからなくなってきている。
果物を手に取れば霜がつき、それを見ると涙が溢れた。
促されるまま外に出る。もう時間なんてない。
幸せな片思いをしていたあの頃に戻りたい。足は自然と通っていた高校へと進む。周りの人が僕に向ける視線が痛い。真夏のはずなのに、汗一つ出てこない。
門の前まで辿り着くと、目の前にあるバス停のベンチに腰掛ける。じっと、建物を見つめて、小さく笑みをこぼす。
落ち葉を手に取ると、冷気にあてられてゆっくりと凍っていく。
「あんたもしかしてフローズン?」
やけに明るい声が門の方から聞こえてきて、思わず落ち葉を落としてしまった。目の前に視線を向けると、学生服を着た男の子がこちらへとかけてくる。
「なあ、フローズンだよな。あ、俺、快。山田快」
「え、うん……。僕は西条未来、です」
「あはは、なんで敬語?なあ、ちょっと手握ってもいい?」
「えっ、わっ!」
どうしてって尋ねる前に手を握られて驚く。やけに温かい。寒かったのが嘘みたいにひいていく。彼はアイスなのだと気がついた。凍結症を患った人は、フローズンを併発することがほとんどだ。凍結症 は後天性のフローズンとも呼ばれるから、当たり前のことだろう。
きっと凍結症の進行が進む事にフローズンの症状も増していたんだろう。でも、アイスの彼に触れられたことで症状が緩和されたんだ。
凍結症自体の症状は緩和することはできなくても、フローズンの症状が抑えられれば少しは寿命が伸びるという研究結果も出ている。
「は~助かった。フローズンの友達がいたんだけどアイスの恋人ができたからって、俺にかまってくれなくなってさ」
「そうだったんだ……」
だからって初代面の相手にこんなこと……。
八重歯を見せながら笑う快くんはなんだかすごくキラキラしている。太陽光に照らされて輝く色素の薄い茶髪に、外国の人みたいなグレーがかった青い瞳が印象的だ。ハーフなのかもしれない。
「学校戻らなくていいの?」
「真面目だね~。俺は悪い子だからしょっちゅうサボってるよ。それにアイスだからさ、授業もまともに受けらんないときあるし」
にししって八重歯を見せて笑う快君。明るくて、元気で、本当に眩しい。僕とは正反対に位置する人のように思える。
「落ち着いたら戻らないとね。僕も長時間は外に居られないから」
「どっか悪いの?フローズンのせいか?」
不躾な質問なのに嫌な感じはしない。
「僕、凍結症なんだ」
「ふーん。片想いでなるやつだっけ。俺にはよくわかんないな~」
「……どういう意味?」
快くんの言いたいことがわからなくて尋ねると、快くんは悪びれる様子もなく答えた。
「自分の心臓を凍らせるくらい辛い片想いなんて馬鹿みたいじゃん。俺にはその感覚わかんないな」
馬鹿みたいって言葉が胸に突き刺さる。
僕の今までが全部否定されたように感じて、腹が立ったんだ。
「っ、馬鹿なんかじゃない!少なくとも僕はっ、本気だったんだ!!」
間違っていた恋だった。それでも、好きな気持ちは本物で、否定なんてできない。
好きで、好きすぎて、恋しくて。いつも、あの優しくて逞しい背を追いかけていた。少なくとも、あの頃は自分らしく居られたって思えるんだよ。それを赤の他人に否定されたくなんてない。
涙が溢れてくる。泣くのは恋人さんと会った日以来だった。
「ご、ごめん。俺、未来さんの気持ち考えられてなかった。泣かないで」
あやすように頭を撫でられる。僕の方が遥かに歳上なのに、まるで小さい子供にでもなった気分だ。
腹を立てていたはずなのに、彼の手から伝わる温もりのおかげで心が穏やかさを取り戻していく。不思議な感覚だ。
「泣き止んだね。本当に好きなんだその人のこと」
「……うん。好きだった」
もう、終わった恋だ。
傷つけた人に謝罪すらないまま逃げ続けてきた。
「恋人を見るときの友達と同じ顔してる。でも、未来さんは全然幸せそうじゃないな」
「そう、だね」
自分にとっての幸せがわからない。
それに、今更幸せを求めたって意味なんてないよ。どうせ僕はもうすぐ死んでしまう。
「暗い顔してないでさ、楽しいことしに行こうよ」
「楽しいこと?」
「そうそう。ほら、立って」
手を引かれて立ち上がる。そのまま彼に導かれるまま走り出した。
「まってっ、転けちゃう!」
「あはは!」
快くんの笑い声が鼓膜を満たす。焦りと、ほんの少しの興奮と期待。
繋いだ手から感じる温もりが、暗闇にいた僕の心を晴らしていくような感覚がした。
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できることなら全員が幸せになってくれたらいいな……と思う作者ですが、今後も遅筆ながらお話を追加していけたらいいと思っていますのでその際は4人を見守っていただけると嬉しいです🥺
美鶴を傷つけていたことに気がついた哲治が今後どういう選択をするのか見守っていただけるとありがたいです(*^^*)
未来の今後も頑張って書いていきます💪
2人のラブラブを書けて良かったです💑
哲治と未来の今後も書く予定ですので、見守っていただけたら幸いです♡