穏やかな愛に包まれまして〜浮気されていたので家出したら人命救助しちゃいました〜

天宮叶

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未来編

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引き返せるラインはとうの昔に超えていたんだと思う。
それからも哲治さんとはいつも通りの関係が続いていた。
日に日に彼がイライラしていく様子も、辛そうにしていることも分かっていた。
それでも、哲治さんとの時間を捨てられなかったんだ。

「……もう最後にしてくれないか。俺から言い出したことなのに、ごめん……」

関係が半年程続いた頃にそう言われて、哲治さんと僕の間に亀裂が入っていることをようやく悟った。

「それなら最後にあなたの家にいきたい」

そうお願いしたのは、下心だったのだと思う。
哲治さんのおかげで緩和されているとはいえ、僕はもう長くはない。彼に言われなくても、もうこんな関係長くは続けられなかっただろうから。
だから、最後の思い出が欲しかった。彼はきっと僕に触れてはくれないとわかっていたのに……。

「……わかった」

本当は拒否してくれることを期待していた。でも、やっぱり彼は僕を拒否できなかった。
恋人さんは今は花屋に住んでいて、哲治さんの住むアパートには誰もいなかった。
大切に飾られた二人の写真や私物を目に焼き付けながら、今日でこんな関係終わりにしようと誓う。
哲治さんとはポツポツと話をするだけで特別なにかする訳でもなかった。それだけで充分だったし、彼の匂いが充満する部屋にいるだけでも、症状は少しだけ落ち着いていた。

「……今までありがとうございました」

一欠片でも夢を見せてくれた。
恋人さんと関係が修復できればいいのに……。そう願っている。
でもやっぱり僕はなにもわかっていなかったんだ。
インターホンの音が部屋に鳴り響いて、その瞬間悟った。過ちを犯したのは僕で、それは僕が償わないといけないことだと。

哲治さんが出る前に玄関へ向かう。止める彼の声を無視したのは、どうしてだったのかな。
ほとんど投げやりな行動だった。
玄関前に立つ綺麗な人にわざとらしく「誰?」なんていって、普段は使わないような軽い口調で話しかける。
嫌われたかった。全部僕のせいにしてくれれば、彼は責められなくてもすむかもしれない。
だから……

でも、結局だめだった。
開口一番、浮気したことを彼に問いただした恋人さん。まるで決めつけるような態度。彼はなにも悪くないのに……すべて僕が悪いのに。
僕を恨んでくれたなら……。

「抱きしめてくれただけでそれ以上はなにもしてくれなかった」

本当は僕から彼に縋ったんだ。
彼が説明してくれようとするのを遮ったのは、やっぱりどこかで恋人さんに嫉妬していたから。
僕はいい人間にはなれない。どこまでも最低だった。
哲治さんを見る恋人さんの瞳が酷く冷たいことが気に食わなくて、頭に血が上って。

言わなくていいことまで言って、結局弁明するどころか、疑惑を深めるだけだった。
自分でもなにがしたいのかなんてわからない。
ただ、哲治さんは悪くないと伝えたかったんだ。僕の恋が間違っていたんだと。

激しい咳がでて、あられが散る。それを見た恋人さんが戸惑った表情を浮かべた。
きっと、恋人さんも優しい人なんだろう。だから、僕のことを憎んでいるはずなのにそんな顔を浮かべてくれる。
哲治さんがほとんど無意識に僕の背を撫でてくれる。
きっといつもの癖。
それがダメだったんだと思う。

「別れよう」

そんな僕たちの姿が恋人さんの目にどう映ったのかは、火を見るよりも明らかだった。
その言葉だけを伝えて、恋人さんが去っていく。

「……おいかけ、ないとっ、ゲホッ……」
「っ……俺が悪いんだ……」

去っていく背に手を伸ばす。
哲治さんは自分が悪いのだといいながら、僕の背をずっと撫でてくれていた。まるで、なにかに懺悔でもするかのように。

「……水……」

目に映る床に散った水滴。
恋人さんが手を隠したことを僕ははっきりと見ていた。

「……ごめんなさい……」

咳き込みながら頭を下げ、床に蹲る。
ごめんなさい……ごめんなさい。
僕の声はきっと恋人さんには届いていない。

「未来っ、なにして……」

泣きじゃくりながらキッチンに向かう。適当な容器を手に取って、床に散らばった水滴を手で救う。
けれど、零れ落ちた液体はどうやっても掴み取る事ができなかった。

「うぅ、うわあああっ、あぁ!っ、ごめんなさい……っ、ごめんなさい……」

何度も必死に床を引っ掻く。爪が割れて血が滴る。口から冷気が漏れて、滴る液体が凍っていくのがわかった。
壊れていると気がついたときにはなにもかも遅かったんだ。

「未来っ、もうやめろっ」
「哲治さんは、恋人さんがアイスだって知っていたんですかっ」
「え……美鶴がアイス……?なんの冗談だよ……そんなわけ……そんな……」

思い当たる節はあったのかもしれない。
哲治さんの顔色が更に悪くなって、一筋彼の目から涙が零れ落ちた。その涙を僕が拭いてやることはできなかった。
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