15 / 22
別れを告げました
①
しおりを挟む
目を覚まして、隣に誰かが眠っているのを見たのは久しぶりだった。規則正しい寝息をたてている緒深さんを見つめる。
一瞬だったけれど、触れ合った唇の感触はしっかりと覚えていた。哲治への裏切り行為だ。自覚している。罪悪感だってある。それでも、止められなかったのは、俺の心はもう既に哲治から離れて別の場所にあるからなんだ。
起こさないようにベッドから出ると毛布をかけてあげる。一緒に眠っていたから、しばらくは緒深さんの症状も落ち着いているはずだ。
着替えを済ませて歯磨きをすると、花に水をかけていく。今日は定休日だから、水だけあげて、残っている仕事を少し片付けてから哲治の所に向かうことに決めた。
「よかった。枯れなくて」
植え替えた撫子が逞しく花を咲かせている。枯れてしまわないか心配だったけれど大丈夫なようだ。
ホースの水を止めると、長靴から靴へ履き替える。テーブルに『出かけてくるから好きにしてもらって構わない』とだけ置き手紙を書いて外へと出た。
春先なのにやけに温かく感じるのはアイスだからだろうか。
アパートまではそう遠くはないけれど、行き道がやけに長く感じる。本当は行きたくなんてない。哲治の口から真実を聞かされることが怖い。それでも、関係をはっきりとさせたかった。
玄関の前に着くと、一度深呼吸をしてインターホンを鳴らす。鍵を使って入っても良かったけれど、なんとなくそうすることにした。車は停めてあったから中には居るはずだ。数秒後、ドタドタと中から足音が聞こえてきて玄関扉が微かに開いた。
「どなたですか?」
ライトブラウンの髪が目に飛び込んできて驚く。その後ろから慌てたように哲治が駆けてきたのが見えた。
「美鶴っ!」
「え?美鶴って……もしかして哲治さんの恋人の?」
「……そうだ……」
「へえ。中入らないんですか?」
意味深な視線が突き刺さる。
俺の家のはずなのに、どうして彼が我が物顔をしているんだろう。嫌味のような言葉が出てきそうになって無理矢理飲み込む。
気まずそうに俺の様子を伺ってくる哲治を睨めば、まるで庇うように彼が哲治の手を引いてリビングへと向かい始めた。
なにを見せられているんだろう。怒りが少しずつ冷めていく。
呆れているのかもしれない。
リビングチェアに腰掛けると、俺は早速説明を求めた。
「彼は誰?」
「こいつはその……」
「僕は哲治さんの会社の後輩です。西條 未来って言います」
哲治の代わりに、彼が答えてくれる。くりくりの焦げ茶の瞳に華奢な体格。色白で、庇護欲をそそる。とても可愛らしい人だ。
「……っ、二人はどういう関係なの?」
あえて確信をつく質問を投げかける。現場まで抑えたのだから、哲治もこれ以上は言い逃れできないだろう。哲治が答えようと口を開きかけたとき、再び未来くんが先に言葉を発した。
「哲治さんは俺の好きな人です」
「……俺は哲治に聞いているんだ。それに、答えになっていない」
「っ、なってますよ!俺は哲治さんのことずっと好きだった。恋人が居るってわかっていても好きだったんですっ!だからっ……」
「未来、もういい」
哲治が未来くんの言葉を遮る。その様子を冷めた目で見つめてしまう。俺はこれからなにを聞かされるんだろう。
真実を知って平気でいられるのかな。わからないけれど、聞かなければいけないことだ。
(緒深さん……)
今ものすごく貴方に会いたい。
「未来は凍結症なんだ。名前くらい聞いたことがあるだろう。片思いをすると発症する病で、はっきりとした治療法はない。唯一症状を遅らせることができるのは、好きになった相手に触れてもらうことだけ……」
その病は知っている。後天性のフローズンだという仮説もある病気だ。片思いが辛ければ辛いほど、自身の心臓を凍らせてしまう病。治療法はなく、アイスにも止めることはできない。唯一症状を緩和させる方法は、片思いの相手に触れてもらうこと。そして、両思いになることだけ。
一瞬だったけれど、触れ合った唇の感触はしっかりと覚えていた。哲治への裏切り行為だ。自覚している。罪悪感だってある。それでも、止められなかったのは、俺の心はもう既に哲治から離れて別の場所にあるからなんだ。
起こさないようにベッドから出ると毛布をかけてあげる。一緒に眠っていたから、しばらくは緒深さんの症状も落ち着いているはずだ。
着替えを済ませて歯磨きをすると、花に水をかけていく。今日は定休日だから、水だけあげて、残っている仕事を少し片付けてから哲治の所に向かうことに決めた。
「よかった。枯れなくて」
植え替えた撫子が逞しく花を咲かせている。枯れてしまわないか心配だったけれど大丈夫なようだ。
ホースの水を止めると、長靴から靴へ履き替える。テーブルに『出かけてくるから好きにしてもらって構わない』とだけ置き手紙を書いて外へと出た。
春先なのにやけに温かく感じるのはアイスだからだろうか。
アパートまではそう遠くはないけれど、行き道がやけに長く感じる。本当は行きたくなんてない。哲治の口から真実を聞かされることが怖い。それでも、関係をはっきりとさせたかった。
玄関の前に着くと、一度深呼吸をしてインターホンを鳴らす。鍵を使って入っても良かったけれど、なんとなくそうすることにした。車は停めてあったから中には居るはずだ。数秒後、ドタドタと中から足音が聞こえてきて玄関扉が微かに開いた。
「どなたですか?」
ライトブラウンの髪が目に飛び込んできて驚く。その後ろから慌てたように哲治が駆けてきたのが見えた。
「美鶴っ!」
「え?美鶴って……もしかして哲治さんの恋人の?」
「……そうだ……」
「へえ。中入らないんですか?」
意味深な視線が突き刺さる。
俺の家のはずなのに、どうして彼が我が物顔をしているんだろう。嫌味のような言葉が出てきそうになって無理矢理飲み込む。
気まずそうに俺の様子を伺ってくる哲治を睨めば、まるで庇うように彼が哲治の手を引いてリビングへと向かい始めた。
なにを見せられているんだろう。怒りが少しずつ冷めていく。
呆れているのかもしれない。
リビングチェアに腰掛けると、俺は早速説明を求めた。
「彼は誰?」
「こいつはその……」
「僕は哲治さんの会社の後輩です。西條 未来って言います」
哲治の代わりに、彼が答えてくれる。くりくりの焦げ茶の瞳に華奢な体格。色白で、庇護欲をそそる。とても可愛らしい人だ。
「……っ、二人はどういう関係なの?」
あえて確信をつく質問を投げかける。現場まで抑えたのだから、哲治もこれ以上は言い逃れできないだろう。哲治が答えようと口を開きかけたとき、再び未来くんが先に言葉を発した。
「哲治さんは俺の好きな人です」
「……俺は哲治に聞いているんだ。それに、答えになっていない」
「っ、なってますよ!俺は哲治さんのことずっと好きだった。恋人が居るってわかっていても好きだったんですっ!だからっ……」
「未来、もういい」
哲治が未来くんの言葉を遮る。その様子を冷めた目で見つめてしまう。俺はこれからなにを聞かされるんだろう。
真実を知って平気でいられるのかな。わからないけれど、聞かなければいけないことだ。
(緒深さん……)
今ものすごく貴方に会いたい。
「未来は凍結症なんだ。名前くらい聞いたことがあるだろう。片思いをすると発症する病で、はっきりとした治療法はない。唯一症状を遅らせることができるのは、好きになった相手に触れてもらうことだけ……」
その病は知っている。後天性のフローズンだという仮説もある病気だ。片思いが辛ければ辛いほど、自身の心臓を凍らせてしまう病。治療法はなく、アイスにも止めることはできない。唯一症状を緩和させる方法は、片思いの相手に触れてもらうこと。そして、両思いになることだけ。
207
お気に入りに追加
440
あなたにおすすめの小説

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

モブなのに執着系ヤンデレ美形の友達にいつの間にか、なってしまっていた
マルン円
BL
執着系ヤンデレ美形×鈍感平凡主人公。全4話のサクッと読めるBL短編です(タイトルを変えました)。
主人公は妹がしていた乙女ゲームの世界に転生し、今はロニーとして地味な高校生活を送っている。内気なロニーが気軽に学校で話せる友達は同級生のエドだけで、ロニーとエドはいっしょにいることが多かった。
しかし、ロニーはある日、髪をばっさり切ってイメチェンしたエドを見て、エドがヒロインに執着しまくるメインキャラの一人だったことを思い出す。
平凡な生活を送りたいロニーは、これからヒロインのことを好きになるであろうエドとは距離を置こうと決意する。
タイトルを変えました。
前のタイトルは、「モブなのに、いつのまにかヒロインに執着しまくるキャラの友達になってしまっていた」です。
急に変えてしまい、すみません。

幸せになりたかった話
幡谷ナツキ
BL
このまま幸せでいたかった。
このまま幸せになりたかった。
このまま幸せにしたかった。
けれど、まあ、それと全部置いておいて。
「苦労もいつかは笑い話になるかもね」
そんな未来を想像して、一歩踏み出そうじゃないか。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
捨て猫はエリート騎士に溺愛される
135
BL
絶賛反抗期中のヤンキーが異世界でエリート騎士に甘やかされて、飼い猫になる話。
目つきの悪い野良猫が飼い猫になって目きゅるんきゅるんの愛される存在になる感じで読んでください。
お話をうまく書けるようになったら続きを書いてみたいなって。
京也は総受け。

花街の隅の花屋にはワンコ騎士に好かれるヒツジがいる
月下 雪華
BL
人に近い獣人の住む街の花街の端にある花屋。そこでは生花を売るヒツジの青年、ハワードが働いていた。いつものように騎士団の巡回がそこに現れたとき、この物語が始まる。そこにいた新人のイヌの騎士、ケレイブがハワードに一目惚れし告白と求婚を繰り返すようになったのだ。2人で接していくにつれ知っていく『嫉妬』『不安』『過去の事実』。全てをまるっと乗り越えて飲み込んで愛を深める。これは真っ直ぐ素直な新人ワンコ騎士と心の傷をもっている優しく真面目なヒツジの花売りの話。
注意
ここの話で指す獣人は耳やしっぽが着いている程度の軽いものを想定しております。
ケレイブもハワードも互い以外の人物と恋愛関係、肉体関係を築くことはありません。
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる