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人命救助しちゃいました
①
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宛もなく夜道を進んでいく。
もしかしたら途中で哲治と鉢合わせるかもしれない。それとも、俺が居なくなったことに気がついて探しに来てくれるかも。
自分に都合のいい妄想ばかりが頭を過ぎる。ありえるわけがないのに。彼のシャツに着いた香水を手で洗い流した回数は数え切れず、見覚えのないアクセサリーを着けていることにも目をつぶってきた。
今日だって……。
(そもそも隠す気なんてなかったんだろうな……)
哲治はシステムエンジニアの仕事をしている。とても頭が良くて、少し潔癖な部分すらある。だから、自分の浮気の証拠を堂々と残しておく真似なんてしないはず。
だからこそ、酷く傷ついている。せめて隠してくれていたなら、と……。
考えたところで結果は変わらない。なのに、無意識のうちに未練がましくも思い出の場所へと足を運んでいた。
小波が優しく鼓膜を揺らす。 ここは俺と哲治が付き合い始めた日に訪れた思い出の浜辺だ。
昔から花が好きで、一念発起して花屋の経営を始めた頃、哲治と出会った。花屋の名前は俺の名前である美鶴と真心を込めて『美心』と名付けた。
病気のお母さんのお見舞いのために花を買いに来た哲治が俺の初めてのお客様だったんだ。次の日に、お母さんが花束をすごく喜んでくれたのだと教えに来てくれたんだよね。そのときの哲治の表情が未だに忘れられない。嬉しそうに、でもとても悲しそうに微笑んでいた。
それから、彼はすっかり常連になって、その分だけ俺たちの距離も近づいていったんだ。
結局お母さんは亡くなってしまったけれど、哲治は後悔はしていない様子だった。
「美鶴のおかげで悔いなく母さんを送り出すことができたよ」
そう言って泣き笑いしながら伝えてくれたことも忘れてなんかいない。
お母さんが亡くなってからも付き合いは途絶えなかった。哲治のことを好きになると、彼と釣り合うようになりたくて、長めだった黒髪を切った。眼鏡もコンタクトに変えて、その度に哲治が「可愛い」と褒めてくれるのが嬉しかったんだ。
そして、この浜辺で、赤い薔薇の花束を差し出しながら告白してくれた日が俺にとっては一番最高の日。
もしかしたら途中で哲治と鉢合わせるかもしれない。それとも、俺が居なくなったことに気がついて探しに来てくれるかも。
自分に都合のいい妄想ばかりが頭を過ぎる。ありえるわけがないのに。彼のシャツに着いた香水を手で洗い流した回数は数え切れず、見覚えのないアクセサリーを着けていることにも目をつぶってきた。
今日だって……。
(そもそも隠す気なんてなかったんだろうな……)
哲治はシステムエンジニアの仕事をしている。とても頭が良くて、少し潔癖な部分すらある。だから、自分の浮気の証拠を堂々と残しておく真似なんてしないはず。
だからこそ、酷く傷ついている。せめて隠してくれていたなら、と……。
考えたところで結果は変わらない。なのに、無意識のうちに未練がましくも思い出の場所へと足を運んでいた。
小波が優しく鼓膜を揺らす。 ここは俺と哲治が付き合い始めた日に訪れた思い出の浜辺だ。
昔から花が好きで、一念発起して花屋の経営を始めた頃、哲治と出会った。花屋の名前は俺の名前である美鶴と真心を込めて『美心』と名付けた。
病気のお母さんのお見舞いのために花を買いに来た哲治が俺の初めてのお客様だったんだ。次の日に、お母さんが花束をすごく喜んでくれたのだと教えに来てくれたんだよね。そのときの哲治の表情が未だに忘れられない。嬉しそうに、でもとても悲しそうに微笑んでいた。
それから、彼はすっかり常連になって、その分だけ俺たちの距離も近づいていったんだ。
結局お母さんは亡くなってしまったけれど、哲治は後悔はしていない様子だった。
「美鶴のおかげで悔いなく母さんを送り出すことができたよ」
そう言って泣き笑いしながら伝えてくれたことも忘れてなんかいない。
お母さんが亡くなってからも付き合いは途絶えなかった。哲治のことを好きになると、彼と釣り合うようになりたくて、長めだった黒髪を切った。眼鏡もコンタクトに変えて、その度に哲治が「可愛い」と褒めてくれるのが嬉しかったんだ。
そして、この浜辺で、赤い薔薇の花束を差し出しながら告白してくれた日が俺にとっては一番最高の日。
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