聖女オメガは護衛騎士アルファの手を離さない

天宮叶

文字の大きさ
上 下
12 / 14

敵地へ

しおりを挟む
パーティーのあと、正式にキャンベル公爵様から屋敷への招待状が届いた。敵地に赴くのは怖いけれど、上手く行けばノワール様と離縁するための情報を見つけられるかもしれない。

(キャンベル公爵様とノワール様の間にはなにかがあるはずだ……)

当日、ノワール様と共に馬車に乗り公爵家へと向かう。彼と二人きりというのは嫌だけれど我慢するしかない。今日はソラリスが同行できないことも不安を煽る要因だった。
馬車の中は妙な緊張感が漂っていて、ソワソワしてしまう。怠そうに背もたれに身体を預けているノワール様を盗み見る。

「俺の指示に従っていればいい。余計なことはするな」
「……その、キャンベル公爵様とは親しいのですか」

恐る恐る尋ねてみた。少しでも情報を聞き出さなければいけない。緊張で手足が冷えきっていた。
瞬間、翡翠色の瞳が不機嫌そうな視線を向けてきた。

「聞こえなかったか? お前は俺の言うことだけ聞いていればいい。余計な詮索も行動もするな」
「っ、はい……」

酷く苛立った声音だ。まるで公爵様との関係を知られたくないような……。足元に置かれている革のスーツケースを見つめながら、怯えきってしまいそうな心を落ち着かせる。ノワール様と目を合わせたら、覚悟がすべて消え去ってしまいそうで怖い。一秒でも早く馬車から降りて、外の空気を吸いたいと思う。
屋敷に着くとキャンベル公爵様が自ら出迎えてくれた。

「招待いただきありがとうございます」

ノワール様は相変わらずキャンベル公爵様には腰が低い。二人が握手をしているのを見つめながら、ようやく二人きりの空間から逃れられたことに安堵する。

「俺と公爵は別室で話をしてくる。お前はここから動くな」

部屋に通されると、そう指示をされて頷く。先程から緊張で喉が渇ききっている。二人が部屋を出たのを見送ると、窓を開けて外を確認する。部屋に来るまでに数人使用人が歩いていたけれど、公爵家は複雑な構造をしているから隠れられる場所は多そうだ。
探りを入れるなら、二人が居なくなった今しかない。見つかれば酷い罰を受けるだろうけれど、勇気を出すしかない。
少し時間を置いて、部屋から抜け出す。怖いけどやるしかないんだ。胸に手を当てて握り込む。

(ソラリス、力を貸してっ)

使用人から隠れながら屋敷内を散策していく。二人が部屋へ戻って来るまでに、なにか見つけなければ……。

(……この部屋だけ扉が豪華だ)

扉に耳をあてて中の音を探ってみる。特になにも聴こえてこないことを確認して、おそるおそる扉を開けた。どうやら執務室みたいだ。
忍び足で卓まで近づくと、引き出しを開ける。中には書類や印が入れられているだけで、怪しそうなものはない。

(……でも、なんだろう。この違和感……)

引き出しの厚みにしては入っているものが少ない気がする。底を叩くと軽い音がして首を傾げる。引き出しの下から叩くと、底が盛り上がって中に手紙のような物があることに気がついた。一つ手に取って中を確認する。差出人はヴァーガンディー様のようだ。

(なんでヴァーガンディー様が公爵様に手紙なんて送るんだ……)

中を確認すると近況報告と、大金を用意したことが書かれてあった。近日中に渡しに行くと記されてある。他の手紙も確認してみる。
すべてにお金の件が書かれてあるようだ。時々ノワール様の近況を知らせるものもあり、手紙の一番古い年月は十五年程前。丁度王妃様が出産された頃になっている。

(ヴァーガンディー様はノワール様の件で公爵様に弱みを握られている?)

その弱みがなんなのかはハッキリとわからない。けれど、これは確実にノワール様の弱みに繋がる情報だと思う。
数枚手紙を引き抜くと袖の中に隠す。急いで片付けをして、部屋へと戻る。息を整えて、乱れた服を整えたところで部屋の扉が開いてノワール様とキャンベル公爵様が戻ってきた。

「お待たせいたしました聖女様。退屈だったでしょう」
「い、いえ、窓から見える庭がとても美しくて、観察していたらあっという間に時間が経ってしまいました」

 手紙を持っていることがバレたら終わりだ。できる限り笑みを保ちながら、当たり障りのない会話をする。

「そうでしたか。では、早速お力を貸して頂ければと思います」
「ええ。手を出していただけますか」

手紙が落ちないように、細心の注意をしつつ、ゆっくりと手を取る。それから意識を手元に集中させて聖女の力を使う。こんな人達に力を使うのは嫌だけれど、今は我慢するしかない。バレていないか気になって手が震える。

「やけに震えているな」

ノワール様の声に肩を跳ねさせた。慌てたらだめだ。すべてが台無しになってしまう。

「少し肌寒くて……」
「ははは、聖女は可憐な姿と相まってか弱いようだ。庇護欲をくすぐられますな」
「……ええ、そうですね」

キャンベル公爵様の言葉が幸いにも助けになって、ノワール様が引いてくれた。安堵すると、気を取り直して手に力を込める。

「最近胸が痛くて困っていたのですが、聖女様の癒しのおかげか痛みが引いていきますな」
「それはよかったです」

愛想笑いを浮かべつつ、奉仕活動を終える。手を離すと、ノワール様が僕の腕を掴んで自分の方に引き寄せてきた。

「我々は先に帰らせて頂きます。約束の物も届けましたので」
(約束の物ってもしかしてお金のこと?)

 やっぱりノワール様も、ヴァーガンディー様とキャンベル公爵様の件に関与しているんだ。

「ええ、お気をつけてお帰りください。王妃様にもお身体にお気をつけるようお伝えください」

よく見ると、持ってきていた革のスーツケースがない。手紙に近日中にお金を用意すると書かれてあったけれど、やっぱりお金を渡していたんだ。

「行くぞ」
「はい……」

荒々しく手を引かれる。気遣いの欠片もない言動に腹が立つ。掴まれた手が痛くて眉を寄せる。ただ、それよりも手紙を隠し持っていることがバレないか心配で仕方ない。でも幸いノワール様はまったく気にしていない様子だ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

朝起きたら幼なじみと番になってた。

オクラ粥
BL
寝ぼけてるのかと思った。目が覚めて起き上がると全身が痛い。 隣には昨晩一緒に飲みにいった幼なじみがすやすや寝ていた 思いつきの書き殴り オメガバースの設定をお借りしてます

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

美形×平凡の子供の話

めちゅう
BL
 美形公爵アーノルドとその妻で平凡顔のエーリンの間に生まれた双子はエリック、エラと名付けられた。エリックはアーノルドに似た美形、エラはエーリンに似た平凡顔。平凡なエラに幸せはあるのか? ────────────────── お読みくださりありがとうございます。 お楽しみいただけましたら幸いです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話

gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、 立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。 タイトルそのままですみません。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

お荷物な俺、独り立ちしようとしたら押し倒されていた

やまくる実
BL
異世界ファンタジー、ゲーム内の様な世界観。 俺は幼なじみのロイの事が好きだった。だけど俺は能力が低く、アイツのお荷物にしかなっていない。 独り立ちしようとして執着激しい攻めにガッツリ押し倒されてしまう話。 好きな相手に冷たくしてしまう拗らせ執着攻め✖️自己肯定感の低い鈍感受け ムーンライトノベルズにも掲載しています。

愛人少年は王に寵愛される

時枝蓮夜
BL
女性なら、三年夫婦の生活がなければ白い結婚として離縁ができる。 僕には三年待っても、白い結婚は訪れない。この国では、王の愛人は男と定められており、白い結婚であっても離婚は認められていないためだ。 初めから要らぬ子供を増やさないために、男を愛人にと定められているのだ。子ができなくて当然なのだから、離婚を論じるられる事もなかった。 そして若い間に抱き潰されたあと、修道院に幽閉されて一生を終える。 僕はもうすぐ王の愛人に召し出され、2年になる。夜のお召もあるが、ただ抱きしめられて眠るだけのお召だ。 そんな生活に変化があったのは、僕に遅い精通があってからだった。

処理中です...