聖女オメガは護衛騎士アルファの手を離さない

天宮叶

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パーティーにて②

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用意されていた馬車に乗り込む。ソラリスが手を差し出してくれる。手を重ねる瞬間、触れ合う体温に胸が熱くなった。離してしまうのが勿体ないと思う。昔みたいにしっかりと手を繋ぎ、二人で自由に駆け回ることができるのならどんなに幸せなことだろう。
気持ちとは裏腹に、離された手。少しだけ寂しく思えて、椅子に腰かけると自身の手を握り締めた。
会場に着くと、既にノワール様が到着していた。青と白を基調とした煌びやかな衣装は、やけに派手に思えて目に痛い。手を差し出されて、一瞬戸惑う。後ろでソラリスが見ている。他の人と並んでいる姿をできるなら見られたくはなかった。
一度目をつむり、重暗い心と共に息を吐きだす。そして、恐る恐るノワール様の手を取った。

「お前は俺の隣にいるだけでいい。なにもするな。指示にだけ従っていろ」
「……はい。ノワール様」

会場内は多くの貴族で賑わっている。周囲を見渡すだけでも、奉仕活動のときに顔を合わせた貴族が何人もいる。ノワール様の隣に立ち、話しかけてくれる貴族に笑顔を振りまく。いつもやっていることだ。
連れ立って王様と王妃様へと挨拶に行く。王妃であるヴァーガンディー様は、気の強そうな美人だ。ノワール様の榛色の髪はヴァーガンディー様譲りなのだろう。

「王国の太陽で在らせられる王様と月で在られる王妃様に、フィオーレがご挨拶申し上げます」
「うむ。聖女よ、久しいな」

 穏やかさを含む緋色の瞳が見つめてくる。なぜだかソラリスの瞳を思い出した。

「ノワールも元気そうだな。たまには顔を出しに来なさい」
「政務で忙しく、なかなか顔を出せず申し訳ありません」
「かまわぬ。聖女を慈しみ仲良くするのだぞ」

 王様の言葉に、一瞬ノワール様が苛立った表情を浮かべたのが見えた。王様は気が付いていないようで、楽しげに談笑している。

「王様。二人も忙しい身ですから、それまでに」
「ああ、そうだな。もう行っていいぞ。楽しむと良い」

 ヴァーガンディー様の言葉で会話が止まる。

「それでは失礼いたします」

 ノワール様が礼をして、僕も慌ててお辞儀すると二人並んでその場を離れた。
ノワール様と王様はあまり良好な関係ではない。王様は後継ぎであるノワール様に目をかけているけれど、ノワール様の方が一方的に避けているようだ。先程の様子を見る限り、僕の護衛騎士選抜の件があり仲が更に拗れてしまったようだ。

「これはこれは、聖女様。相変わらずお美しい」

初めて会う貴族に声をかけられて足を止めた。ノワール様が珍しくお辞儀をする。

(どういう関係だろう……)

ノワール様のものと似ている、深いグリーンの瞳に見つめられるのがすごく怖いと感じた。握手をする二人の様子を観察する。すごく親しげだ。

「先程王妃様にもご挨拶したばかりです。お元気そうでなにより」
「ええ。なかなか会いに行かないものだから、親不孝者だと怒られたばかりですよ。キャンベル公爵もご健在のようで安心しました」
「そうでしたか。そうだ、今度聖女様と一緒に私の屋敷遊びに来られてはいかがですかな」

珍しくノワール様が楽しそうに会話をしている。キャンベル公爵といえば、第二王子派の筆頭だ。できることなら公爵とはあまり関わりたくないけれど、もしかしたらノワール様の弱みを知る手がかりがあるかもしれない。

「お誘い頂き嬉しいです」

あえて、自分から話しかける。ノワール様が一瞬険しい表情をしたのが気になったけれど、気づかないふりをして笑顔を浮かべ続けた。

「ええ、すぐにでも足を運ばせてもらいます」

僕とノワール様の返事に満足したのか、キャンベル公爵は機嫌が良さそうだ。

「ノワール様。少し二人だけで話せますかな」
「かまいませんよ。お前は大人しく待っていろ」

返事の代わりに頷くと、二人は並んでテラスの方へと向かう。どんな内容なのか気になるけれど、今追えばバレてしまうかもしれない。
少し待って距離を保ちつつ僕もテラスへと向かう。カーテンの裏に隠れると、息を殺して二人が会話している様子を盗み聞く。遠くて断片的にしか聞こえないのが残念だ。 

「第一王子派が影で動いているようだ」
「第一王子が生きているという噂は本当なのですか?」

公爵が敬語を崩して話している。対して、ノワール様は敬語のままだ。まるで、立場が逆転してしまっているみたいだと思う。やっぱり二人は相当親しい間柄なのだろう。

「ヒューズ伯爵が国王と謁見したとか。抜け目のない男だ。慎重に動かねばならないだろう。神殿と繋がりがあるのは第一王子派も同じ。奉仕活動は少し控えるべきかもしれないな」
「貴族をこちら側へ引き入れるのに聖女の力は利用しやすかったのですが、元王妃の実家が動いているとなればしかたありませんね」

元王妃様と現王妃様は仲が悪かったことでも有名だ。だからノワール様はクレア様の実家であるヒューズ伯爵家とは折り合いが悪い。もしかしたら、ヒューズ伯爵に会うことができれば力を貸してもらえるかもしれない。
でも、ノワール様の婚約者である僕の話を聞いてくれるだろうか……。
不安は拭えないけれど、頼れるものがない今は、少ない可能性に賭けてみるしかないだろう。
本当はもっと情報が欲しいけれど、これ以上は深追いできそうにない。その場を立ち去ろうと振り返る。

「っ!」

刹那、カーテンの裾に足を取られて靴音が響く。音が聴こえていたのかノワール様がこちらへと近づいてくる。
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