聖女オメガは護衛騎士アルファの手を離さない

天宮叶

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もうやめて!②

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「そうか。だが、王族である俺にお前ごときがなにをできる。聖女を守りたいなら耐えてみろ」
ノワール様の不穏な言葉に一瞬で熱が冷める。手を掴まれたまま、ノワール様が突然ソラリスを蹴りつけた。咄嗟に後ろにいた僕を胸の中に抱き寄せて庇ってくれる。そんなソラリスの背を、もう一度ノワール様が激しく蹴る。近くにあった燭台を手に取ったのが見えて、背筋に嫌な汗が流れた。

「ノワール様やめてください! ソラリス離してっ! ソラリス!」
「俺は大丈夫です。っ!」

 ソラリスの背に向かって燭台が振り下ろされた。背を丸めて耐える彼のことを、楽しげな表情を浮かべるノワール様が何度も殴る。 

「いやああ! やめてください!」

ソラリスの背に与えられる衝撃がこちらにも伝わってくる。自分が危ない目にあっているのに、こんなときですら泣きじゃくる僕の背を撫でながら、ソラリスは微笑んでみせた。
僕を庇っているせいだ。大好きな人が自分のせいで苦しんでいるのに、僕はなにもしてあげられない。

「どうした! 反撃してみろ! あははははっ! 先程の威勢はどこに行ったんだぁ?」
「ノワール様、やめてくださいっ! これからは言う通りにします! ノワール様のために働きますからっ」

だから、もうやめて……。ソラリスの傷つくところなんてみたくない。胸が苦しくなる。呼吸が段々と浅くなり、冷や汗が手のひらに滲む。終わらない暴力に、ソラリスは声も出さず耐えていた。

「……ふぅ、お前に免じてここまでにしてやろう。そうだ、二週間後に王室パーティーが行われる。準備をしておけ。フィオーレ、先程の言葉を忘れるなよ」
「っ……はい、ノワール様」

満足げに部屋を出ていくノワール様から目をそらした。ぽろぽろと涙が流れて、襟首を濡らした。悔しい。大切な人を傷つけられてこんなにも腹が立っている。それなのに身体が震える。動くたびに首輪が擦れて、思い知らされる。ノワール様からは一生逃げられないのだと。

「怪我はないか?」

心配の色を含んだ声音が、春風のように胸の中に入り込んできた。その瞬間、嘘のように震えが止まる。見上げれば、粒汗を流しながら真剣な表情で僕のことを見つめているソラリスと目が合う。
途端、また涙が溢れ出す。痛かっただろう。苦しかったろう。それなのに、ソラリスは身を呈して僕を守ってくれた。

「ごめんねっ、痛かった、よね」
「フィーこそ、怖かっただろう。俺はこのくらい平気だよ」

 平気なはずがない。あんなに叩かれたんだ。心配させないために強がっていることはわかっている。その気遣いが胸を締め付ける。

「でもっ……」
「本当に平気だ。それより、フィーが泣いていたら離れられないだろう」

優しく背を撫でてくれる。赤子をあやすようにトントンと一定のリズムを刻む手のひら。そっとおでこに唇を寄せられて、心が平静を取り戻していく。ソラリスはいつだって僕のことを一番に考えてくれる。でも、守られているだけじゃ駄目だって思うんだ。僕も、もっと強くならないといけない。
だって、僕はソラリスと幸せになりたいから。

「……婚約破棄できる方法を探してみる」

 呟くように伝えると、ソラリスが眉を寄せる。きっと心配してくれているんだよね。でも、今回のことで揺らいでいた思いが決意に変わった。

「フィー、それはとても危険なことだ」
「わかってる。でも、ソラリスを傷つけられてなにもしないなんてできないよ。僕だってソラリスのことを守りたい」

守られるだけのお姫様なんてごめんだ。二人で幸せになるんだ。そのために、絶対ノワール様の弱みをみつけて婚約破棄すると決めた。
僕は怖がりですごく弱いけれど、そんな自分でもなにかできることがあるはずなんだ。それを見つけたい。
泣き止むと、ようやくソラリスが離してくれた。傷を確認するために服を脱いでもらう。血が流れているし、打撲痕も酷く、とても痛そうだ。悔しくて唇を噛み締める。

「こんなになるまで守ってくれてありがとう」

傷に向かって手を添えると、全身が温かくなり淡い光が手元に集まる。傷ついていた皮膚がゆっくりと修復されていき、数秒後には傷一つない状態に戻ってくれた。今、僕がしてあげられるのは怪我を治してあげることくらい。

「力を使ってくれたんだな。ありがとう」
「これくらいしかしてあげられないから……。でも、もう無茶はしないでね」

ソラリスが死んでしまうんじゃないかって思ってすごく怖かった。だから、こんなこともう絶対させたりしない。
二週間後のパーティーには第二王子派の貴族も多く出席するはずだ。そのときに婚約破棄の材料になる情報を見つけられるのがベストだと思う。チャンスは多くはない。聖女という立場と、ノワール様のパートナーという肩書きを最大限利用してやる。

「危ないこと考えてるだろ」

額を小突かれて思考を引き戻す。ソラリスにはなんでもお見通しなんだな。
額を抑えながら笑みをこぼす。ソラリスは僕の一番の理解者だ。それが嬉しい。

「僕ができることは頑張りたいんだ」
「それなら、俺はフィーのやりたいことを全力で手助けするだけだ」
「ふふ、ありがとう」

頑張ろうって思えたのはソラリスのおかげなんだよ。だからこの幸せを絶対手離したくないな。
 
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