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望まない婚約者②
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苦しさに眉根を寄せると、彼が不敵な笑みを浮かべる。
「お前は俺の奴隷だ。聖女なんて称号は飾りなんだよ」
「……」
翡翠色の瞳を無言で睨み返す。空いている片手で榛色の髪を掻き乱したノワール様が、思いっきり僕を床に投げ捨てる。
顎を力任せに掴まれて上を向かされると、ノワール様が顔を近づけてきた。鼻同士がくっつきそうな程の距離感。じわりと手のひらに汗が滲む。緊張で胃がキリキリと痛み始めた。
「口を開けろ」
「っ、やめっ」
「はやくしろ!」
唇を奪われて、肉厚の舌が口内へと潜り込んでくる。ガチガチと口元が震える。ノワール様のフェロモンの香りが体内に流れ込んできた。身体から力が抜けてしまい、与えられる屈辱に耐えることしかできない。
ノワール様はαだ。僕は普通のΩよりもαのフェロモンを感じる能力に乏しい。けれど、直接的な触れ合いで、強くフェロモンを感じてしまう体質だった。どれだけ強気な態度を取っても、性的な接触で簡単に言いなりにされてしまう。
「お前の銀髪も、蒼眼すら、すべて俺のものだということを自覚しろ」
唇が離れて銀糸が僕達の間を垂れる。
怖い……。身体が小刻みに震える。Ωは絶対的強者のαには勝てないと理解させられる。
「頭を垂れて謝罪しろ」
自然と額が床に着く。謝罪なんてしたくない。でも、逆らえない。
僕はなんて無力な存在なんだろう。
「申し訳、ありません」
「ふっ、お前はこうすると簡単に言うことを聞くな。お前が二十歳になるのが楽しみだ」
逃げ出したい。二十歳になれば僕はこの男と結婚しなければならない。初夜には無理矢理項を噛まれて、番契約を結ばれてしまう。それだけは絶対に嫌だ。
あんな人と番になるくらいなら死んだ方がマシだとすら思える。悔しさに強く拳を握りしめた。
(ソラリス、君に会いたい)
聖女に選ばれなければ、今頃はシトラ村でソラリスとのびのびと過ごせていたはずだ。でも、どれだけ夢を見ても僕の現実は最低なまま。変えたくとも、心の弱い僕にはこの現状から逃げ出す力すらないんだ。
満足したのか、部屋を出ていくノワール様の背を弱々しく睨みつける。こんなことがいつまで続くんだろう。
唇を噛み締めて泣くのを堪えた。大丈夫。僕は大丈夫だ。
だってソラリスと約束したから。
ずっと一緒だって。だから、必ず迎えに来てくれる。
「大丈夫ですか?」
「……うん、ありがとう」
控えていたアンが支えてくれる。椅子に腰掛けさせてくれると、腫れた頬に氷袋をあててくれた。傷の手当もしてくれる。
「っ、お助けできず申し訳ありません」
「ううん。手当してくれるだけで助かっているよ」
助けてくれないからと彼女達を責める訳にはいかない。ノワール様はこの国で国王の次に権力を持っている人物だ。第一王子様は産まれて間もなく亡くなり、前王妃様のクレア様も馬車の事故で亡くなっている。その後、側室だったヴァーガンディー様が第二王子を産み、現王妃の座に着いたのだと聞いたことがある。
「そういえば、もうすぐフィオーレ様の護衛騎士選びが行われるそうですよ」
「僕の護衛騎士選び?」
初耳だ。そもそも、護衛が付いたらノワール様が気軽に僕に手を出せなくなる。だから、彼がそんなこと許すはずがないんだ。
今までも護衛騎士を付ける話は出たことがあった。でも、ノワール様が認めず、先延ばしになっていたから、話が通ったこと自体驚きだ。
「王様が指示を出されたとか。フィオレー様が神殿に来られて随分経つというのにノワール様が許可しないせいで護衛の一人もつけることができず、神官様方も困っていたらしいです」
なるほど。きっと副神官長であるオスカー様が動いたんだろう。神殿は兵力を持たないけれど、聖女の存在のおかげで大きな権力を有している。だから基本的に兵力は国から派遣してもらうしかない。ノワール様とオスカー様は犬猿の仲だ。それに、貴族と金のやり取りを行っている神官長のことをオスカー様は良く思っていない。聖女の能力を貴族が独占している現状にも嘆いているようで、僕にも優しくしてくれる。神殿内で唯一信用できる方だ。
王族は聖女を有する神殿に無闇に手を出すことができないから、第二王子派ではない貴族とオスカー様が繋がりを持ち、国王に動いて貰えるように働きかけたんだな。神殿に直接働きかけることができるのは国王だけだから。
「護衛か……」
ソラリスとごっこ遊びをしていたのが懐かしい。思い出すと温かい気持ちになる。同時に悲しみが襲ってきた。
きっと素敵な男性に成長しているんだろうな。おとぎ話なら、颯爽と現れた騎士様がお姫様を助けてくれる。そんな夢物語を今でも信じていると誰かに言ったら笑われて終わりだろうか。
ため息がこぼれそうになる。胸が痛むのは、怪我をしてしまったからだろうか。
「護衛は聖女様が直接お選びになってよろしいそうですよ」
「……そう」
僕の騎士はソラリスだけだ。それは昔から変わりはない。けれど、直接選べるのなら、しっかりと見極めてやろうと思った。
「お前は俺の奴隷だ。聖女なんて称号は飾りなんだよ」
「……」
翡翠色の瞳を無言で睨み返す。空いている片手で榛色の髪を掻き乱したノワール様が、思いっきり僕を床に投げ捨てる。
顎を力任せに掴まれて上を向かされると、ノワール様が顔を近づけてきた。鼻同士がくっつきそうな程の距離感。じわりと手のひらに汗が滲む。緊張で胃がキリキリと痛み始めた。
「口を開けろ」
「っ、やめっ」
「はやくしろ!」
唇を奪われて、肉厚の舌が口内へと潜り込んでくる。ガチガチと口元が震える。ノワール様のフェロモンの香りが体内に流れ込んできた。身体から力が抜けてしまい、与えられる屈辱に耐えることしかできない。
ノワール様はαだ。僕は普通のΩよりもαのフェロモンを感じる能力に乏しい。けれど、直接的な触れ合いで、強くフェロモンを感じてしまう体質だった。どれだけ強気な態度を取っても、性的な接触で簡単に言いなりにされてしまう。
「お前の銀髪も、蒼眼すら、すべて俺のものだということを自覚しろ」
唇が離れて銀糸が僕達の間を垂れる。
怖い……。身体が小刻みに震える。Ωは絶対的強者のαには勝てないと理解させられる。
「頭を垂れて謝罪しろ」
自然と額が床に着く。謝罪なんてしたくない。でも、逆らえない。
僕はなんて無力な存在なんだろう。
「申し訳、ありません」
「ふっ、お前はこうすると簡単に言うことを聞くな。お前が二十歳になるのが楽しみだ」
逃げ出したい。二十歳になれば僕はこの男と結婚しなければならない。初夜には無理矢理項を噛まれて、番契約を結ばれてしまう。それだけは絶対に嫌だ。
あんな人と番になるくらいなら死んだ方がマシだとすら思える。悔しさに強く拳を握りしめた。
(ソラリス、君に会いたい)
聖女に選ばれなければ、今頃はシトラ村でソラリスとのびのびと過ごせていたはずだ。でも、どれだけ夢を見ても僕の現実は最低なまま。変えたくとも、心の弱い僕にはこの現状から逃げ出す力すらないんだ。
満足したのか、部屋を出ていくノワール様の背を弱々しく睨みつける。こんなことがいつまで続くんだろう。
唇を噛み締めて泣くのを堪えた。大丈夫。僕は大丈夫だ。
だってソラリスと約束したから。
ずっと一緒だって。だから、必ず迎えに来てくれる。
「大丈夫ですか?」
「……うん、ありがとう」
控えていたアンが支えてくれる。椅子に腰掛けさせてくれると、腫れた頬に氷袋をあててくれた。傷の手当もしてくれる。
「っ、お助けできず申し訳ありません」
「ううん。手当してくれるだけで助かっているよ」
助けてくれないからと彼女達を責める訳にはいかない。ノワール様はこの国で国王の次に権力を持っている人物だ。第一王子様は産まれて間もなく亡くなり、前王妃様のクレア様も馬車の事故で亡くなっている。その後、側室だったヴァーガンディー様が第二王子を産み、現王妃の座に着いたのだと聞いたことがある。
「そういえば、もうすぐフィオーレ様の護衛騎士選びが行われるそうですよ」
「僕の護衛騎士選び?」
初耳だ。そもそも、護衛が付いたらノワール様が気軽に僕に手を出せなくなる。だから、彼がそんなこと許すはずがないんだ。
今までも護衛騎士を付ける話は出たことがあった。でも、ノワール様が認めず、先延ばしになっていたから、話が通ったこと自体驚きだ。
「王様が指示を出されたとか。フィオレー様が神殿に来られて随分経つというのにノワール様が許可しないせいで護衛の一人もつけることができず、神官様方も困っていたらしいです」
なるほど。きっと副神官長であるオスカー様が動いたんだろう。神殿は兵力を持たないけれど、聖女の存在のおかげで大きな権力を有している。だから基本的に兵力は国から派遣してもらうしかない。ノワール様とオスカー様は犬猿の仲だ。それに、貴族と金のやり取りを行っている神官長のことをオスカー様は良く思っていない。聖女の能力を貴族が独占している現状にも嘆いているようで、僕にも優しくしてくれる。神殿内で唯一信用できる方だ。
王族は聖女を有する神殿に無闇に手を出すことができないから、第二王子派ではない貴族とオスカー様が繋がりを持ち、国王に動いて貰えるように働きかけたんだな。神殿に直接働きかけることができるのは国王だけだから。
「護衛か……」
ソラリスとごっこ遊びをしていたのが懐かしい。思い出すと温かい気持ちになる。同時に悲しみが襲ってきた。
きっと素敵な男性に成長しているんだろうな。おとぎ話なら、颯爽と現れた騎士様がお姫様を助けてくれる。そんな夢物語を今でも信じていると誰かに言ったら笑われて終わりだろうか。
ため息がこぼれそうになる。胸が痛むのは、怪我をしてしまったからだろうか。
「護衛は聖女様が直接お選びになってよろしいそうですよ」
「……そう」
僕の騎士はソラリスだけだ。それは昔から変わりはない。けれど、直接選べるのなら、しっかりと見極めてやろうと思った。
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