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望まない婚約者①
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琥珀色のブローチを指先で撫でる。
聖女に任命されてから八年の月日が経っていた。あれから僕の日常はなにもかもが変わってしまった。神殿で手厚くもてなされ、煌びやかな衣装に着飾らせられる。厳しい聖女教育の合間を縫って、奉仕活動という名目の元、大金を支払う貴族達に施しを行う。
どろんこ遊びをして、お母さんやお父さんに叱られたり、お手伝いをして褒められたりしていた昔とは全然違う生活だ。
なにより、いつも一緒に過ごしていたソラリスがいない。
時々、国民の前に姿を現して愛想を振りまき、歓声を浴びる。そうやって聖女としての役割を担いながら、第二王子であるノワール様の婚約者として振る舞わなければならなかった。退屈で、寂しい暮らしだ。
聖女は代々王族に嫁ぐことが定められている。ノワール様と婚約させられたのは十四歳のとき。望んだ婚約ではなかった。僕が結婚したいのは今も昔もソラリスただ一人だから。
でもいくら拒んでも、助けてくれる人はいない。規則や聖女の地位に雁字搦めにされて窒息してしまいそう。
シトラ村のことを思い出して寂しくてたまらない日は、彼から預かったブローチを眺めて過ごすのが日課になっていた。
どうしてこんなことになったのかは今でもわからない。どれだけ嫌だと泣き叫んでも、彼らは僕を解放してはくれない。そんなことが何年も続くと、諦めるしかないと流石に理解させられた。
「ノワール王子がお越しです」
メイドのアンが報告してくれる。彼女は僕が聖女として、神殿に来た頃から世話をしてくれている人だ。いつもこうやって事前に人が来たときは知らせてくれる。
急いで鍵付きの引き出しにブローチをしまう。彼に見つかったら、きっと壊されるか没収されてしまうから。
軽快な足音をたてながら、ノワール様が部屋へと入ってきた。彼はこうやって突然神殿へと尋ねてくる。
「また奉仕活動を断ったそうだな」
「……ええ。イーグレット子爵はとてもお元気そうでしたので」
この国では、聖女の力を貴族が独占している。本来は国民に平等に与えられなければならない力のはずだ。特にノワール王子の味方である第二王子派の貴族は、その恩恵を優先的に受けることができる。国民は薬を買うだけでも半月分の給金を必要とするというのに。
だから貴族への奉仕活動は、会ってみて平気そうなら行わないようにしていた。
「ふざけるな! 俺の顔に泥を塗るつもりかっ」
思い切り頬を叩かれてしまう。衝撃によろめきながらもノワール様を睨みつけると、もう一発同じ箇所に平手打ちが飛んでくる。口の中が切れて、血の味がした。
彼は怒るとすぐに手を出してくる。まるで言うことを聞かない獣をしつけるみたいに……。
痛い。でも、泣いたりなんてしない。怒りに震える拳を握りしめた。
僕の身体には、至る所に同じような傷や青あざが存在している。ノワール様は出会った頃から気性の荒い性格だった。聖女に選ばれたばかりの頃は、とても怖くて辛かった。けれど、ソラリスが助けに来てくれると信じているから平気だった。それは今も変わらない。
僕の首に着けられた首輪の隙間に、ノワール様が指を引っ掛けて引き寄せてくる。この首輪はノワール様と婚約したとき、他の者と誤って番にならないように着けられた物だ。鍵がなければ外すことはできず、その鍵もノワール様が持っている。
まるでノワール様の所有物にでもなったように感じて、首を掻きむしりたくなるときもあった。
聖女に任命されてから八年の月日が経っていた。あれから僕の日常はなにもかもが変わってしまった。神殿で手厚くもてなされ、煌びやかな衣装に着飾らせられる。厳しい聖女教育の合間を縫って、奉仕活動という名目の元、大金を支払う貴族達に施しを行う。
どろんこ遊びをして、お母さんやお父さんに叱られたり、お手伝いをして褒められたりしていた昔とは全然違う生活だ。
なにより、いつも一緒に過ごしていたソラリスがいない。
時々、国民の前に姿を現して愛想を振りまき、歓声を浴びる。そうやって聖女としての役割を担いながら、第二王子であるノワール様の婚約者として振る舞わなければならなかった。退屈で、寂しい暮らしだ。
聖女は代々王族に嫁ぐことが定められている。ノワール様と婚約させられたのは十四歳のとき。望んだ婚約ではなかった。僕が結婚したいのは今も昔もソラリスただ一人だから。
でもいくら拒んでも、助けてくれる人はいない。規則や聖女の地位に雁字搦めにされて窒息してしまいそう。
シトラ村のことを思い出して寂しくてたまらない日は、彼から預かったブローチを眺めて過ごすのが日課になっていた。
どうしてこんなことになったのかは今でもわからない。どれだけ嫌だと泣き叫んでも、彼らは僕を解放してはくれない。そんなことが何年も続くと、諦めるしかないと流石に理解させられた。
「ノワール王子がお越しです」
メイドのアンが報告してくれる。彼女は僕が聖女として、神殿に来た頃から世話をしてくれている人だ。いつもこうやって事前に人が来たときは知らせてくれる。
急いで鍵付きの引き出しにブローチをしまう。彼に見つかったら、きっと壊されるか没収されてしまうから。
軽快な足音をたてながら、ノワール様が部屋へと入ってきた。彼はこうやって突然神殿へと尋ねてくる。
「また奉仕活動を断ったそうだな」
「……ええ。イーグレット子爵はとてもお元気そうでしたので」
この国では、聖女の力を貴族が独占している。本来は国民に平等に与えられなければならない力のはずだ。特にノワール王子の味方である第二王子派の貴族は、その恩恵を優先的に受けることができる。国民は薬を買うだけでも半月分の給金を必要とするというのに。
だから貴族への奉仕活動は、会ってみて平気そうなら行わないようにしていた。
「ふざけるな! 俺の顔に泥を塗るつもりかっ」
思い切り頬を叩かれてしまう。衝撃によろめきながらもノワール様を睨みつけると、もう一発同じ箇所に平手打ちが飛んでくる。口の中が切れて、血の味がした。
彼は怒るとすぐに手を出してくる。まるで言うことを聞かない獣をしつけるみたいに……。
痛い。でも、泣いたりなんてしない。怒りに震える拳を握りしめた。
僕の身体には、至る所に同じような傷や青あざが存在している。ノワール様は出会った頃から気性の荒い性格だった。聖女に選ばれたばかりの頃は、とても怖くて辛かった。けれど、ソラリスが助けに来てくれると信じているから平気だった。それは今も変わらない。
僕の首に着けられた首輪の隙間に、ノワール様が指を引っ掛けて引き寄せてくる。この首輪はノワール様と婚約したとき、他の者と誤って番にならないように着けられた物だ。鍵がなければ外すことはできず、その鍵もノワール様が持っている。
まるでノワール様の所有物にでもなったように感じて、首を掻きむしりたくなるときもあった。
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