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聖女選出
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僕には大好きな幼馴染がいる。
優しくて格好いい一個歳上のソラリスだ。赤ちゃんだった頃、ソラリスはシトラ村近くの森の外れに捨てられていて、村長が拾ってきて村で育てることにしたのだと聞いた。
歳の近かった僕達はいつも一緒。それは第二性別がわかった、十歳になってからも変わらなかった。僕はΩのお姫様で、ソラリスはαの騎士様。そのごっこ遊びが大好きで、村の人達が将来は夫婦になるんじゃないか、なんて茶化してくるのが嬉しかったんだ。
僕のわがままに嫌な顔一つせずに付き合ってくれるソラリスは、正真正銘大好きな騎士様で王子様だった。
「ずっと一緒にいようね」
「フィーのことは一生俺が守るよ」
僕の名前はフィオーレだけど、村のみんなはフィーと呼ぶ。呼び方は同じなはずなのに、ソラリスに愛称を呼ばれると胸の奥が温かくなって嬉しいんだ。
「約束だよ」
交差する指先を期待と喜びの入り交じった眼差しで見つめる。疑いようもなく、この瞬間僕は本当に幸せだった。
僕が十一歳の誕生日を迎える数日前。神殿の神官長様がシトラ村に聖女が産まれたという予言を授かった。
聖女は聖なる力を使い国を安寧に導く存在であり、女神の化身とも呼ばれている高貴な方のことだとお母さんに聞いた。疫病や怪我を治し、神の声を聞くことができると云われている。先代の聖女様が高齢のため亡くなられてから二十年以上が経っているらしい。だから王様がすぐにシトラ村へと兵を遣わせたんだ。
その話を聞いたとき、胸にすごく不安な気持ちが押し寄せてきた。でも、理由はわからない。
厳つい鎧を着込んだ兵が村を囲う。十五歳以下の村の子供が集められて、聖女の選定の儀式が行われた。聖女選定の直前になると、ますます不安は増していた。
聖なる力を検知すると輝くオーブに、手をかざすだけで聖女かどうかがわかると兵に教えられた。歳上から前に出るように指示されると、次々に子供達が手をかざし儀式を行っていく。
怖くて震えていると、ソラリスが手を握ってくれて少しだけ震えが止まった。自分が特別な存在だなんて思ったこともない。聖女に選ばれることなんてないと思う。それでも、なぜか嫌な予感が黒く胸の内を支配している。
「ねえ、もしソラリスか僕が聖女様だったらどうなるの?」
不安げに小声で尋ねると、ソラリスが安心させるように笑みを向けてくれる。
「どうにもならないよ。ずっと一緒だって約束しただろう?」
「っ、うん……」
ソラリスは僕に嘘なんてつかない。だから、大丈夫だよね……。
年上の子達の儀式が終わって、次はソラリスの番。
手が離れて、不安感が増した。行かないでって呼び止めそうになるけれど、必死に我慢する。
前に出たソラリスがオーブへと手を伸ばす。思わず固く目を閉じる。十秒くらいだったと思う。トントンって肩を指先で突かれて目を開けた。
「ソラリスっ」
「ほら、大丈夫だったでしょう」
穏やかな笑みを浮かべたソラリスが隣に戻ってきていて、嬉しくて満面の笑みを浮かべてしまう。心底安堵して、少しだけ気が楽になった。
(よし、いくぞ)
僕のあとにはあと三人程幼い子が残っている。聖女様はきっとその子達の中の誰かだ。もしかしたら、予言が外れている可能性だってある。
はやく儀式を終わらせて安心したい。だから、意を決して前へと出た。太陽光に反射してオーブが艶めいている。それを見ていると、やっぱり少しだけ怖くなって、また固く目を閉じて勢い任せに手を差し出す。
瞬間、手のひらに温もりを感じた。包み込むような穏やかな熱。観衆のどよめきが耳に届く。そっと目を開けると、先程までなんの反応も示していなかったオーブが淡く光り輝いていた。
目を疑ってしまう。こんなことあり得るわけがないって思いたいのに、オーブの輝きは消えることはなかった。
思わずその場にへたり込む。オーブが光るのは聖女の証。つまり僕が聖女に選ばれたということだ。
「うそ……ソ、ソラリスっ!」
震える身体を無理矢理動かして、ソラリスの方へと駆けようと一歩を踏み出す。でも、ガシャンっと鈍い音が響いて、進路を兵に塞がれてしまった。
「聖女様の誕生だ! 聖女様万歳! シュトラール国に栄光を!」
兵の歓声がビリビリと肌を震わせ、僕の絶望と戸惑いをかき消そうとする。ソラリスが兵に囲まれた僕の方へと勢いよく走ってきてくれるのが見えた。けれど、簡単に止められてしまう。
(嫌だっ! 僕は違う! 聖女様なわけがない!)
そう思うのに、声は出ては来ない。
「今すぐ都へ帰還する」
偉そうな人が兵に指示を出す。兵が僕の方に手を伸ばしてくる。
助けを求めるように、ソラリスに向かって目一杯手を伸ばした。あと数センチの距離。
お母さんとお父さんが僕を呼ぶ声が聞こえてくる。ソラリスが胸元からブローチを取って思い切り僕の方へと投げたのが見えた。慌ててそれを拾う。
これはソラリスが拾われたとき、傍らに一緒に置かれていたものだ。だから、ソラリスはこのブローチを肌身離さず大切にしていた。
「フィー! 必ず迎えに行く! だから、それを預ける!」
「ソラリス! やだっ! ソラリスっ」
喉が裂けてしまいそうな程に叫んだ。身体を抱き上げられて、無理矢理馬車に押し込まれる。扉が施錠されると、格子になっている窓を掴んで名前を呼び続けた。
涙が溢れてくる。突然両親や村のみんなと引き離されて怖くてしかたない。ソラリスは大丈夫だって言ってくれた。迎えに来てくれると約束してくれた。でも、これからどこに行くのかも、なにをされるのかもわからない。ただただ、不安でひたすら涙を流し続けた。
優しくて格好いい一個歳上のソラリスだ。赤ちゃんだった頃、ソラリスはシトラ村近くの森の外れに捨てられていて、村長が拾ってきて村で育てることにしたのだと聞いた。
歳の近かった僕達はいつも一緒。それは第二性別がわかった、十歳になってからも変わらなかった。僕はΩのお姫様で、ソラリスはαの騎士様。そのごっこ遊びが大好きで、村の人達が将来は夫婦になるんじゃないか、なんて茶化してくるのが嬉しかったんだ。
僕のわがままに嫌な顔一つせずに付き合ってくれるソラリスは、正真正銘大好きな騎士様で王子様だった。
「ずっと一緒にいようね」
「フィーのことは一生俺が守るよ」
僕の名前はフィオーレだけど、村のみんなはフィーと呼ぶ。呼び方は同じなはずなのに、ソラリスに愛称を呼ばれると胸の奥が温かくなって嬉しいんだ。
「約束だよ」
交差する指先を期待と喜びの入り交じった眼差しで見つめる。疑いようもなく、この瞬間僕は本当に幸せだった。
僕が十一歳の誕生日を迎える数日前。神殿の神官長様がシトラ村に聖女が産まれたという予言を授かった。
聖女は聖なる力を使い国を安寧に導く存在であり、女神の化身とも呼ばれている高貴な方のことだとお母さんに聞いた。疫病や怪我を治し、神の声を聞くことができると云われている。先代の聖女様が高齢のため亡くなられてから二十年以上が経っているらしい。だから王様がすぐにシトラ村へと兵を遣わせたんだ。
その話を聞いたとき、胸にすごく不安な気持ちが押し寄せてきた。でも、理由はわからない。
厳つい鎧を着込んだ兵が村を囲う。十五歳以下の村の子供が集められて、聖女の選定の儀式が行われた。聖女選定の直前になると、ますます不安は増していた。
聖なる力を検知すると輝くオーブに、手をかざすだけで聖女かどうかがわかると兵に教えられた。歳上から前に出るように指示されると、次々に子供達が手をかざし儀式を行っていく。
怖くて震えていると、ソラリスが手を握ってくれて少しだけ震えが止まった。自分が特別な存在だなんて思ったこともない。聖女に選ばれることなんてないと思う。それでも、なぜか嫌な予感が黒く胸の内を支配している。
「ねえ、もしソラリスか僕が聖女様だったらどうなるの?」
不安げに小声で尋ねると、ソラリスが安心させるように笑みを向けてくれる。
「どうにもならないよ。ずっと一緒だって約束しただろう?」
「っ、うん……」
ソラリスは僕に嘘なんてつかない。だから、大丈夫だよね……。
年上の子達の儀式が終わって、次はソラリスの番。
手が離れて、不安感が増した。行かないでって呼び止めそうになるけれど、必死に我慢する。
前に出たソラリスがオーブへと手を伸ばす。思わず固く目を閉じる。十秒くらいだったと思う。トントンって肩を指先で突かれて目を開けた。
「ソラリスっ」
「ほら、大丈夫だったでしょう」
穏やかな笑みを浮かべたソラリスが隣に戻ってきていて、嬉しくて満面の笑みを浮かべてしまう。心底安堵して、少しだけ気が楽になった。
(よし、いくぞ)
僕のあとにはあと三人程幼い子が残っている。聖女様はきっとその子達の中の誰かだ。もしかしたら、予言が外れている可能性だってある。
はやく儀式を終わらせて安心したい。だから、意を決して前へと出た。太陽光に反射してオーブが艶めいている。それを見ていると、やっぱり少しだけ怖くなって、また固く目を閉じて勢い任せに手を差し出す。
瞬間、手のひらに温もりを感じた。包み込むような穏やかな熱。観衆のどよめきが耳に届く。そっと目を開けると、先程までなんの反応も示していなかったオーブが淡く光り輝いていた。
目を疑ってしまう。こんなことあり得るわけがないって思いたいのに、オーブの輝きは消えることはなかった。
思わずその場にへたり込む。オーブが光るのは聖女の証。つまり僕が聖女に選ばれたということだ。
「うそ……ソ、ソラリスっ!」
震える身体を無理矢理動かして、ソラリスの方へと駆けようと一歩を踏み出す。でも、ガシャンっと鈍い音が響いて、進路を兵に塞がれてしまった。
「聖女様の誕生だ! 聖女様万歳! シュトラール国に栄光を!」
兵の歓声がビリビリと肌を震わせ、僕の絶望と戸惑いをかき消そうとする。ソラリスが兵に囲まれた僕の方へと勢いよく走ってきてくれるのが見えた。けれど、簡単に止められてしまう。
(嫌だっ! 僕は違う! 聖女様なわけがない!)
そう思うのに、声は出ては来ない。
「今すぐ都へ帰還する」
偉そうな人が兵に指示を出す。兵が僕の方に手を伸ばしてくる。
助けを求めるように、ソラリスに向かって目一杯手を伸ばした。あと数センチの距離。
お母さんとお父さんが僕を呼ぶ声が聞こえてくる。ソラリスが胸元からブローチを取って思い切り僕の方へと投げたのが見えた。慌ててそれを拾う。
これはソラリスが拾われたとき、傍らに一緒に置かれていたものだ。だから、ソラリスはこのブローチを肌身離さず大切にしていた。
「フィー! 必ず迎えに行く! だから、それを預ける!」
「ソラリス! やだっ! ソラリスっ」
喉が裂けてしまいそうな程に叫んだ。身体を抱き上げられて、無理矢理馬車に押し込まれる。扉が施錠されると、格子になっている窓を掴んで名前を呼び続けた。
涙が溢れてくる。突然両親や村のみんなと引き離されて怖くてしかたない。ソラリスは大丈夫だって言ってくれた。迎えに来てくれると約束してくれた。でも、これからどこに行くのかも、なにをされるのかもわからない。ただただ、不安でひたすら涙を流し続けた。
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