上 下
68 / 69
ノクス過去編(番外編)

5

しおりを挟む
話しを静かに聞いていたソルが私の手を撫でてくる。
「きっとノクスのお母さんは、ノクスが心無い人達に利用されるのが嫌だったんだろうね。勇者も魔王も、戦争の道具としてしか見ない人たちはいるもの……。ノクスに偏見を持って欲しくなかったんだね」

「……そうなのだろうな。今ならわかる」
 
絹のように滑らかな金髪に触れながら、過去へと思いを馳せる。あれからどれほどの時間が経ったのかは覚えてすらいない。強い魔力を持つものは、総じて孤独になりやすいのだ。母も孤独だったのだろうか……。

「お母様は今はどこに?」
「随分昔に行方知れずになった」
「そうだったんだね……」

母は私を守るため、私が十歳になるまで闇の魔力のことを隠し続けていた。人間は悪だという思想を埋め込ませないためだったのだろう、と今は思う。

「私が十歳のとき、近所の子供と喧嘩になった。きっかけは些細なことだ。その日は、母のことを貶されて頭に来たのだ」
「……それで、ノクスはどうしたの?」
「人前で魔力を使ってしまい、そのことはすぐに魔族の上層へと話がいった。今まで魔王を隠していたことを、母は酷く責められ、罪人として罰を受けることになったのだ。母は強い魔術師だったために、危機一髪でテレポートの魔法を使いその場を逃げた。それから行方はわからない。私は魔王城に連れていかれ教育を受けさせられたため、母を探すことも出来なかったのだ」
「……そんなの悲しすぎるよ」
「私の話を聞いてくれたことに感謝する。一つ、願いを聞いてくれないか」

悲しげな色を宿していたブルーサファイアの瞳が私を真っ直ぐに見つめてくる。

「ソルを連れていきたい場所がある」
「どこにだって着いていくよ。僕はずっとノクスに寄り添うって決めているから」

心強い言葉に励まされてしまう。出会った頃からソルは強い子だった。いつでも、未来を真っ直ぐに見つめている。私もあの頃、こんな風に強ければもっと母の気持ちに寄り添ってやることも出来たのかもしれない。

「出かけるのは明日にしよう。もうすっかり夜も深けてしまった」
「うん。ねえ、お母様に会いたい?」
 
尋ねられて、返答に迷う。
そんなこと今まで考えたこともなかった。幼い頃の寂しさや孤独感はよく覚えている。結局、母がなぜあんなにも人間を擁護するのかすらもわからないままだ。
ただ、今なら欠片程でも理解することが出来る。眠たそうに目を細めているソルの目尻に唇寄せた。

ソルに出会うまで、私にとって人間は魔族に危害を加えるだけの、悪の存在だった。だが、それは一部だけを見て決めつけていたに過ぎないのだと気付かされた。
 人も魔族も、感情があり意思がある。家族が存在し、大切に思う心を持ち合わせている。人魔和平条約が制定され、人間と魔族の交流も少しずつ盛んになって来ている。

(母が今の世を目にすれば、たいそう喜ぶのだろうな)
 
ソルを抱き寄せて、顔を見せないように首元へと埋める。年甲斐もなくなぜか泣いてしまいそうだと思った。

「……母は私に会いたいと思ってくれているだろうか」
「きっと、思ってくれているはずだよ」
「ソルがいうのだから、そうなのだろうな」
 
私の勇者が保証してくれるのらば信じられる。目を閉じて、感じる温もりに身を浸す。ソルの腕が背に回されると、心地良さが心を満たし、安らかに眠れるのだ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

魔法学院を退学した私に婚約話が舞い込んできた件について

恋愛 / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:2

アイスさんの転生記 ~貴族になってしまった~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:71pt お気に入り:1,124

続 結婚式は箱根エンパイアホテルで

BL / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:509

「運命の番」だと胸を張って言えるまで

BL / 連載中 24h.ポイント:674pt お気に入り:669

落としたもの

BL / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:17

最初から間違っていたんですよ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,242pt お気に入り:3,347

「愛の軌跡」の真実(ダイジェスト及び番外編集)

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:939

処理中です...