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ノクス過去編(番外編)
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母は常に、魔族と人間の争いを無くそうと足掻いている人だった。魔王城専属魔道士であり、魔族一力の強い魔法の使い手だった母。その息子として生を受けた私は、周りから過度な期待を持たれていた。生まれた時期も関係していたのかもしれない。
魔王崩御の後、一番初めに起こる皆既日食。その日に産まれた魔族の子の中から魔王は誕生する。それは、魔族なら誰もが知っていること。私はその皆既日食の日に産まれた子供の一人だった。
「やい!無能」
「うるさい!私はノクスという名だ!」
「魔力なしのお前なんか無能で充分だ!」
街に出ると、同い年の子に毎日バカにされた。大魔道士の子供であり、魔王候補でもあるというのに、六歳を超えても、魔法を使うことが出来なかったからだ。
魔族は通常魔力の弱い者でも六歳を超えれば必ず魔法を使うことが出来るようになる。しかし、私にはそれが出来なかった。
「やーい、魔力なしの無能ノクス!」
「っ……」
腹が立ち、掴みかかると、水魔法が頭の上に降ってきてびしょ濡れにされてしまう。半べそをかきながら、屋敷へと逃げ帰る。これは、いつもの流れになっていた。
「あら、ノクス。また喧嘩してきたの?」
「母様っ」
長く美しい黒髪に赤い瞳を持つ母様が歩み寄ってくる。赤い瞳は、魔族の中でも、特に魔力量が多く力の強い者にしか現れない色だ。対して、私は魔力の少なかった父に似て、黒髪に黒い瞳。
真紅の瞳が優しげに細められる。その美しい瞳が羨ましく、憎くもある。
「顔に傷ができているわよ」
頬を撫でられて、思わず手を振り払う。誰のせいだと思っているんだ! と叫んでやりたかった。涙を溢れさせながら、母様なんて嫌いだと理不尽に呟いた。
瞬間、ふわりと柔らかく温かな腕が包み込んでくれる。薔薇の香りが鼻腔をくすぐり、また泣きたくなった。
「私は貴方のことが大好きよ」
「……なら、なんで母様とそっくりに産んでくれなかったんだよ」
期待を裏切り続ける辛さを母様は知らないんだ。無能だと言われることの辛さも……。
「ごめんなさいノクス。でもね、魔法が使えなくたっていいのよ。人間だって魔法を使うことはできないけれど、逞しく生きているわ。貴方だってそうできるはず」
「っ! 私を人間なんかと一緒にするな!」
人間は残虐で恐ろしい生き物だ。魔族とは違う。根絶やしにしなければいけないと、大人達は口を揃えて言う。そんな奴らと自分が同じだということが耐えられない。
「ノクス、よく聞いて。人間は皆が言うほど悪い存在ではないわ。貴方にもそれを理解して欲しいのよ。いつか、人間と魔族のどちらもが平和に暮らせる世界が来るわ」
「……そんなの幻想だよ。勇者が誕生したら魔族を殺しにやってくる」
「そうかもしれない。けれど、言い切ることは出来ないわ。貴方ならわかってくれるはず」
母はいつも、私になにかを期待しているような目を向けてくる。人間を傷つけるな。人間を悪く言うな。そればかりで、私が馬鹿にされることはどうでもいいみたいに見て見ぬふり。
「っ、もし私が魔王だったら、人間なんて皆倒してやる!!」
「ノクスっ!」
母を振り払い、部屋へと駆ける。大きな音を立てながら扉を開けると、そのままベッドへと飛び込み、枕へと顔を埋めた。
炎も水も風も、一番簡単に使えるといわれている土属性すら使えない。試しに闇魔法を使おうとしてみたけれど、できる訳もなく、いつも悲しみにくれてしまう。
そろそろ魔王選抜の儀式が行われる。きっと、私が選ばれることはないだろう。周りは私に期待を寄せている。けれど、未だに微かな魔法すら使えない私が魔王なわけがないんだ。
魔王は魔族にとって希望の星だ、誰もが憧れ、畏怖し、敬う存在。人間から魔族を守り、勇者を打ち倒す者。
涙が溢れてくる。どうして自分は母の子として産まれてしまったのだろうか。常にその疑問は付き纏い、心を蝕む。
流れる涙を乱雑に拭い、目を固く閉じた。眠れば、一瞬でも現実から離れられる。
魔王崩御の後、一番初めに起こる皆既日食。その日に産まれた魔族の子の中から魔王は誕生する。それは、魔族なら誰もが知っていること。私はその皆既日食の日に産まれた子供の一人だった。
「やい!無能」
「うるさい!私はノクスという名だ!」
「魔力なしのお前なんか無能で充分だ!」
街に出ると、同い年の子に毎日バカにされた。大魔道士の子供であり、魔王候補でもあるというのに、六歳を超えても、魔法を使うことが出来なかったからだ。
魔族は通常魔力の弱い者でも六歳を超えれば必ず魔法を使うことが出来るようになる。しかし、私にはそれが出来なかった。
「やーい、魔力なしの無能ノクス!」
「っ……」
腹が立ち、掴みかかると、水魔法が頭の上に降ってきてびしょ濡れにされてしまう。半べそをかきながら、屋敷へと逃げ帰る。これは、いつもの流れになっていた。
「あら、ノクス。また喧嘩してきたの?」
「母様っ」
長く美しい黒髪に赤い瞳を持つ母様が歩み寄ってくる。赤い瞳は、魔族の中でも、特に魔力量が多く力の強い者にしか現れない色だ。対して、私は魔力の少なかった父に似て、黒髪に黒い瞳。
真紅の瞳が優しげに細められる。その美しい瞳が羨ましく、憎くもある。
「顔に傷ができているわよ」
頬を撫でられて、思わず手を振り払う。誰のせいだと思っているんだ! と叫んでやりたかった。涙を溢れさせながら、母様なんて嫌いだと理不尽に呟いた。
瞬間、ふわりと柔らかく温かな腕が包み込んでくれる。薔薇の香りが鼻腔をくすぐり、また泣きたくなった。
「私は貴方のことが大好きよ」
「……なら、なんで母様とそっくりに産んでくれなかったんだよ」
期待を裏切り続ける辛さを母様は知らないんだ。無能だと言われることの辛さも……。
「ごめんなさいノクス。でもね、魔法が使えなくたっていいのよ。人間だって魔法を使うことはできないけれど、逞しく生きているわ。貴方だってそうできるはず」
「っ! 私を人間なんかと一緒にするな!」
人間は残虐で恐ろしい生き物だ。魔族とは違う。根絶やしにしなければいけないと、大人達は口を揃えて言う。そんな奴らと自分が同じだということが耐えられない。
「ノクス、よく聞いて。人間は皆が言うほど悪い存在ではないわ。貴方にもそれを理解して欲しいのよ。いつか、人間と魔族のどちらもが平和に暮らせる世界が来るわ」
「……そんなの幻想だよ。勇者が誕生したら魔族を殺しにやってくる」
「そうかもしれない。けれど、言い切ることは出来ないわ。貴方ならわかってくれるはず」
母はいつも、私になにかを期待しているような目を向けてくる。人間を傷つけるな。人間を悪く言うな。そればかりで、私が馬鹿にされることはどうでもいいみたいに見て見ぬふり。
「っ、もし私が魔王だったら、人間なんて皆倒してやる!!」
「ノクスっ!」
母を振り払い、部屋へと駆ける。大きな音を立てながら扉を開けると、そのままベッドへと飛び込み、枕へと顔を埋めた。
炎も水も風も、一番簡単に使えるといわれている土属性すら使えない。試しに闇魔法を使おうとしてみたけれど、できる訳もなく、いつも悲しみにくれてしまう。
そろそろ魔王選抜の儀式が行われる。きっと、私が選ばれることはないだろう。周りは私に期待を寄せている。けれど、未だに微かな魔法すら使えない私が魔王なわけがないんだ。
魔王は魔族にとって希望の星だ、誰もが憧れ、畏怖し、敬う存在。人間から魔族を守り、勇者を打ち倒す者。
涙が溢れてくる。どうして自分は母の子として産まれてしまったのだろうか。常にその疑問は付き纏い、心を蝕む。
流れる涙を乱雑に拭い、目を固く閉じた。眠れば、一瞬でも現実から離れられる。
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