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幼少期編

森で傷ついた魔獣を保護したので、連れ帰りたいと思います!②

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ノクスが僕を抱き抱えると、黒紫色の霧が全身を包み込む。一瞬目の前が真っ暗になって、そのあと恐る恐る目を開けると、部屋ではなく森の中にいることがわかった。腕の中から降ろされると、キョロキョロと辺りを見渡す。見覚えのある森だ。

「ここって、僕がいた所?」
「場所は違うが、同じ森だ。ここは人間の領土との境界に一番近い場所だからたまに足を運ぶ」
「どうして?」
「直にわかる」
 
ノクスの言葉に首を傾げる。ノクスの言うことはわかるようでわからない。ノクスと手を繋いで、森の中を進んでいく。森には沢山の魔獣がいるけれど、ノクスと一緒にいるからか攻撃されることはない。古くから、魔獣と魔族は密接な関係にあるのだと言われているけれど、それはあながち間違いではないように思える。

「……人間が通った形跡があるな」

膝を着いたノクスが、地面を指でなぞる。目を凝らして見れば、微かだけれど、たしかに人間の足跡のようなものが森の奥へと続いているのがわかった。

「人間が魔族の領土に立ち入るとは」
「……どうするの?」
「見つけて、追い返す」
「酷いことしない?」
「あちらがなにもして来ないのであれば、攻撃する理由はない」

ノクスの言葉に頷く。本当は仲良くして欲しいけれど、それが難しいことなのはわかっているつもり。だから、無理なわがままは言わない。

奥へ進むにつれて、なにかが引っ掻いたような痕跡が、石や木に残っているのを見つけることが増えてきた。奥に行くに連れてノクスの眉間のシワも深くなっていく。不安な気持ちも膨れ上がっていた。

「ピィ!」
「鳴き声?」

巨大な大木の根元から、か細いトリのような声が聞こえてくる。無意識に、その場所に向かって駆け出すとノクスに止まるように言われる。でも、言うことを聞かずに木の根元まで全力疾走した。

「……わし?……っ、羽根が折れてる……」

治療魔法を使おうと手を伸ばすと、狼のような顔をした鳥さんが大きく口を開けて威嚇してきた。今は折れてしまっている、鷲のような大きな羽根を必死に広げ、七色に輝く長い尾で地面を叩く。鋭く尖った爪が木の根にくい込んでいた。近づくなと言われているように感じて、手を引っこめる。

「珍しいな。シームルグの子供か」
「シームルグ?」
「魔獣の一種で、滅多に人前に姿を現さない貴重な生き物だ。まだ幼いな……人間に射られたのか」

ノクスの視線を辿ると、自分で抜いたのか、シームルグの足元に血が付着した矢が落ちていた。痛々しい姿を見て、心が苦しくなる。どうしてこんなにも美しい生き物に酷いことができるんだろう。

「助けてあげないと」
「気が立っていて危険だ」

ノクスに止められたけれど、もう一度治療するために手を伸ばす。

「ピイィィ!」

怒ったシームルグが腕に噛み付いてきて、痛みに眉を寄せた。でも、シームルグの方がもっと痛い思いをしてる。だから、噛みつかれた腕はそのままに、片手を使って羽根を癒していく。

治癒魔法は両手の方が治りがはやいけれど、片手でもできないことはない。少しずつ傷が癒えていき、治療していることをわかってくれたのか、シームルグが僕の腕から口を離してくれた。

「怖かったよね」

両手で一気に治癒魔法をかけると、折れていた羽根はすっかり元の美しさを取り戻す。手を下げると、警戒していたはずのシームルグが僕の腕を舐めてくれた。ごめんねって言われている気がして、思わず笑みが浮かぶ。

「ちゃんと治せてよかった」

そっと頭を撫でてやれば、クルルっと嬉しそうな鳴き声を聴かせてくれる。

「自分の怪我は治さないのか」
「僕、まだ自分を治すことができないんだ」

ノクスが僕の腕に包帯を巻いてくれる。魔法コントロールが難しくて、自己治癒はまだできない。でも、それで困ったりしたことはないからかまわない。

「帰るぞ。怪我を処置しなければならない」
「この子は?」
「ソルはどうしたい」
「僕、この子を助けたい!もしかしたらまた襲われてしまうかもしれないでしょ」
「そうか。なら連れていこう」

ノクスが無表情を少しだけ柔らかくして、頭を撫でてくれる。なんだかそれがむず痒くて、少し照れながら、シームルグを抱き抱えた。

「一緒に行こう」
「ピィ!」

高らかな鳴き声が森に響く。視界が黒紫に染まり、次の瞬間には僕の部屋へと戻ってきていた。

「帰ってきたんすね~。ってシームルグの子供!?」
「人間に襲われていたところを保護した。すぐに森へ調査団を送れ」
「了解っす」

部屋で待ってくれていたザインにノクスが指示を出す。

「それから、ルキにシームルグの受け入れの準備をしておくよう頼んでおけ」

テキパキと指示を出していくノクスのことを見つめていると、シームルグがべろりと僕の頬を舐めてきた。それがくすぐったくて、笑みがこぼれる。

「シームルグが懐くなんて……」

驚きの表情を浮かべているザインに、早く行けとノクスが言う。慌てて、部屋を出ていったザインに、手を振る。居なくなったのを確認したノクスがシームルグごと僕を抱き抱えた状態で椅子に腰かけた。髪を撫でられながら、僕もシームルグの柔らかい毛に触れる。心地よくて幸せな時間。

「ねえ、ノクスはどうして僕を森に連れて行ってくれたの?」

ずっと部屋に閉じ込めておくことも出来たはずなのに、ノクスはそうしなかった。意思を確認してくれて、外に連れ出してくれたんだ。シームルグを連れていくことも許してくれて、想いを尊重してくれる。それがどれだけ嬉しいことか、ノクスは知らないんだろうな。

「私は、ソルのことを無意識に恐れていた」
「ノクスが僕を?」

変なの、って思わず言いそうになる。ノクスは魔法も自由に操れるし、強くて格好良くて、魔族の王様でもあるのに。魔法のコントロールすらできない僕を怖がるなんておかしいと思ったんだ。

「ああ。だが、それは間違いだった。ソルは心優しく、善良だ。魔族を脅かしはしない」
「僕ね、ノクスやザインに出会って魔族のことを大好きになったんだ。だから、酷いことなんてしない!もっともっと強くなって僕も皆を守るんだ」

できることならずっとここに居たいな。でも、その願いは口には出さない。いつか、離れる日が来るかもしれないから。本当はね、人間と魔族が仲良くなれる世界が来たらいいのにって思ってるんだよ。

シームルグの一件があってから、その思いはもっともっと強くなった。魔族と人間の争いがなくなれば、傷つく人も減るよね。

「もしも勇者様に出会えたら、ノクスはいい人だから戦わないようにお願いするんだ。それでね、皆が幸せになれる世界を作れたら幸せだな」
「……お前は本当に心が綺麗なのだな」

ノクスが祝福をするかのように、後頭部に口付けを贈ってくれる。受け入れながら、嬉しいような胸がドキドキするような心地を味わっていた。

「ピィ、ピピ」

シームルグが対抗するように、体の向きを変えて顔を舐めてくる。あははって声を出して笑いながら、こんなに幸せな時間を過ごせていることに感謝した。
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