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身代わりと狼王子

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湯で体を清められた後、普段は入ることを許されていないドレッシングルームに無理矢理押し込まれた。

着替えの手伝いを行う奴隷が、人生で1度も手にした事の無い美しいカンドゥーラ衣装を僕へと宛てがう。

カンドゥーラというには少し露出が高く、腹の周りには布がほとんど見当たらない。

まるで踊り子や娼婦の様な派手で華美な衣装に着替えさせられた僕は、この屋敷に来て1度すら外されたことのない首輪を外されると、そのまま顔布を付けられてサフィナと呼ばれる砂漠地帯特有の動物の引く馬車へと乗せられた。

たった数時間の出来事。

その数時間で、一生出れないと思っていたはずの屋敷からいとも簡単に外へと出されてしまった僕は、親を見失った幼子の様に不安に駆られて狼狽える。

(今から何処に向かうんだ……)

考えてみても答えは出ない。

もしかしたらご主人様のお客様の元に直接出向いて接待を行うのかも……。

その自身の考えに身震いする。

接待とは名ばかりの卑猥で最悪なあの行為をこれからしなければならないのかと思うと、このまま逃げ出してしまいたいとすら思った。

僕を縛る鎖も首輪も今は無いのだから逃げ出せるのでは?

そう思って小窓から外を確認すると、大男もサフィナに乗って着いてきていることに気がついて逃げ出すという考えは消え去る。

武装した人間も数人居るようで、ますます無理だと諦めた。

「……これからどうなるんだ……」

分からないことが不安だ。ドクドクと嫌な音を立てる胸を片手で抑えると、シャラリと装飾品の打ち合う音が耳に届いた。

聞き覚えのある鎖の音は今はしない。

美しく着飾らせられ豪奢な馬車に乗せられている自分は他人の目にどう映っているのだろうか。

きっと誰も僕のことを奴隷だとは考えもしないのだろうと思う。

「着いたぞ降りろ」

大男の無機質な声に促されて馬車から降りた。

そうして目の前にそびえ立つ豪華絢爛な建物を目にして息を飲む。

「……なんで」

まだ奴隷になる前1度だけ遠目から目にしたことのあるこの場所に心の隅で憧れていたことを思い出した。

「お前はただ言われたことだけに従い大人しくしておけ。喋るとボロが出るから、余計なことは喋らないことだ」

「……はい」

大男はやはり詳しい話はしてはくれないまま、僕の背を大門の方へと押しやった。

ゴクリと生唾を飲み込む。

そうして僕は独り、白亜の城へと足を踏み入れた。
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