5 / 7
5.同一人物??
しおりを挟む
「……はい」
固い声で返事をしながら玄関を開ける。その瞬間、ふわりとシトラスの香りが鼻をついた。背が高いのか、見上げれば、茶色の猫っ毛が風に揺れている。
「……えーと……兄の元彼さん、です……よね?」
玄関の前に立っていたのは海斗だった。
なんで、彼が……ぐるぐると頭の中を疑問が回る。
今日は休みだからって予約が取れなくて、だから、俺は彼を呼んでいない。
ということは、海斗は秀次の弟で……。
「あっ、な、中、どうぞっ」
固まったまま悩んでいると、海斗に困り顔を向けられて慌てて中へと通した。
「……お邪魔します」
とりあえず座椅子に腰掛けてもらい、いつもは出さないお茶を出してあげる。
だって、いつもならこのまま行為が始めるし、こんな風にゆっくりと話なんてしていられない。
でも、今はそんな感じじゃない。
テーブルを挟んで向かい合う。沈黙がやけに痛い。
「兄が本当にすみません」
「いえ……その……」
「あ、もちろんここにお邪魔するつもりはないですから。俺は兄から渡された合鍵を持ってきただけです」
「……合鍵……」
すっかり忘れていた。そういえば、あいつはこの部屋の鍵を持っていたんだ。
「……あいつ、元気ですか?」
思わず尋ねていた。未練なんてないし、俺が好きなのは目の前にいる彼だ。でも、元気なのかくらいは聞いてもいい気がした。
仮にも七年連れそったのだから、心配くらいしてもいいだろう。
「元気ですよ」
「……そう、なんだ」
新しい恋人とも上手くやっていけているのだろう。運命の番だもんな……。
なんだか泣きそうだ。
「質問してもいいですか?」
じわりと涙が滲んできて、俯き拳を膝の上で握り込む。そうしていると、突然問いかけられて、驚いた。
「ほら、いつも俺が答える側でしょ。だから、今日は俺が質問してもいい?」
敬語を崩して、少し茶目っ気を含ませながら問いかけられ、顔が熱くなる。
頷けば、「ありがとう」といつも見せてくれる柔らかな笑顔を向けてくれた。
「まだ兄のことが好き?」
秀次のものによく似た瞳が俺のことを射抜くみたいに見つめてくる。
「好きじゃない」
はっきりと答えられる。
俺が好きなのは秀次じゃなくて、海斗だ。
「……もう一つ質問してもいい?」
その言葉に、少しずるいなって思ってしまった。だって、俺はいつも一個しか質問できないから。
「……だめ」
だから、これは意地悪だ。
そっぽを向いた俺に、彼が手を伸ばしてくる。俺たちの間にはテーブルという、明確な距離があるし、関係もデリのスタッフと客の関係じゃない。
なのに、身を乗り出した海斗が、その距離をいとも簡単に縮める。
数センチの距離に、海斗の顔。こんな風に近づくのは初めてじゃないのに、やけに緊張する。
「好きな人いる?」
(だめって言ったのに……)
頭の片隅で悪態付きながら
「……いる」
って小さく言葉を返した。
固い声で返事をしながら玄関を開ける。その瞬間、ふわりとシトラスの香りが鼻をついた。背が高いのか、見上げれば、茶色の猫っ毛が風に揺れている。
「……えーと……兄の元彼さん、です……よね?」
玄関の前に立っていたのは海斗だった。
なんで、彼が……ぐるぐると頭の中を疑問が回る。
今日は休みだからって予約が取れなくて、だから、俺は彼を呼んでいない。
ということは、海斗は秀次の弟で……。
「あっ、な、中、どうぞっ」
固まったまま悩んでいると、海斗に困り顔を向けられて慌てて中へと通した。
「……お邪魔します」
とりあえず座椅子に腰掛けてもらい、いつもは出さないお茶を出してあげる。
だって、いつもならこのまま行為が始めるし、こんな風にゆっくりと話なんてしていられない。
でも、今はそんな感じじゃない。
テーブルを挟んで向かい合う。沈黙がやけに痛い。
「兄が本当にすみません」
「いえ……その……」
「あ、もちろんここにお邪魔するつもりはないですから。俺は兄から渡された合鍵を持ってきただけです」
「……合鍵……」
すっかり忘れていた。そういえば、あいつはこの部屋の鍵を持っていたんだ。
「……あいつ、元気ですか?」
思わず尋ねていた。未練なんてないし、俺が好きなのは目の前にいる彼だ。でも、元気なのかくらいは聞いてもいい気がした。
仮にも七年連れそったのだから、心配くらいしてもいいだろう。
「元気ですよ」
「……そう、なんだ」
新しい恋人とも上手くやっていけているのだろう。運命の番だもんな……。
なんだか泣きそうだ。
「質問してもいいですか?」
じわりと涙が滲んできて、俯き拳を膝の上で握り込む。そうしていると、突然問いかけられて、驚いた。
「ほら、いつも俺が答える側でしょ。だから、今日は俺が質問してもいい?」
敬語を崩して、少し茶目っ気を含ませながら問いかけられ、顔が熱くなる。
頷けば、「ありがとう」といつも見せてくれる柔らかな笑顔を向けてくれた。
「まだ兄のことが好き?」
秀次のものによく似た瞳が俺のことを射抜くみたいに見つめてくる。
「好きじゃない」
はっきりと答えられる。
俺が好きなのは秀次じゃなくて、海斗だ。
「……もう一つ質問してもいい?」
その言葉に、少しずるいなって思ってしまった。だって、俺はいつも一個しか質問できないから。
「……だめ」
だから、これは意地悪だ。
そっぽを向いた俺に、彼が手を伸ばしてくる。俺たちの間にはテーブルという、明確な距離があるし、関係もデリのスタッフと客の関係じゃない。
なのに、身を乗り出した海斗が、その距離をいとも簡単に縮める。
数センチの距離に、海斗の顔。こんな風に近づくのは初めてじゃないのに、やけに緊張する。
「好きな人いる?」
(だめって言ったのに……)
頭の片隅で悪態付きながら
「……いる」
って小さく言葉を返した。
30
お気に入りに追加
108
あなたにおすすめの小説

騎士隊長が結婚間近だと聞いてしまいました【完】
おはぎ
BL
定食屋で働くナイル。よく食べに来るラインバルト騎士隊長に一目惚れし、密かに想っていた。そんな中、騎士隊長が恋人にプロポーズをするらしいと聞いてしまって…。

悪役のはずだった二人の十年間
海野璃音
BL
第三王子の誕生会に呼ばれた主人公。そこで自分が悪役モブであることに気づく。そして、目の前に居る第三王子がラスボス系な悪役である事も。
破滅はいやだと謙虚に生きる主人公とそんな主人公に執着する第三王子の十年間。
※ムーンライトノベルズにも投稿しています。


ある国の皇太子と侯爵家令息の秘め事
きよひ
BL
皇太子×侯爵家令息。
幼い頃、仲良く遊び友情を確かめ合った二人。
成長して貴族の子女が通う学園で再会し、体の関係を持つようになった。
そんな二人のある日の秘め事。
前後編、4000字ほどで完結。
Rシーンは後編。


愛人は嫌だったので別れることにしました。
伊吹咲夜
BL
会社の先輩である健二と達哉は、先輩・後輩の間柄であり、身体の関係も持っていた。そんな健二のことを達哉は自分を愛してくれている恋人だとずっと思っていた。
しかし健二との関係は身体だけで、それ以上のことはない。疑問に思っていた日、健二が結婚したと朝礼で報告が。健二は達哉のことを愛してはいなかったのか?

生まれ変わったら知ってるモブだった
マロン
BL
僕はとある田舎に小さな領地を持つ貧乏男爵の3男として生まれた。
貧乏だけど一応貴族で本来なら王都の学園へ進学するんだけど、とある理由で進学していない。
毎日領民のお仕事のお手伝いをして平民の困り事を聞いて回るのが僕のしごとだ。
この日も牧場のお手伝いに向かっていたんだ。
その時そばに立っていた大きな樹に雷が落ちた。ビックリして転んで頭を打った。
その瞬間に思い出したんだ。
僕の前世のことを・・・この世界は僕の奥さんが描いてたBL漫画の世界でモーブル・テスカはその中に出てきたモブだったということを。

オメガに転化したアルファ騎士は王の寵愛に戸惑う
hina
BL
国王を護るαの護衛騎士ルカは最近続く体調不良に悩まされていた。
それはビッチングによるものだった。
幼い頃から共に育ってきたαの国王イゼフといつからか身体の関係を持っていたが、それが原因とは思ってもみなかった。
国王から寵愛され戸惑うルカの行方は。
※不定期更新になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる