上 下
29 / 62
お手をどうぞ

しおりを挟む
数秒の沈黙の後、吸い込まれるように彼の唇に自分の唇を重ねていた。理性とかそんなものは顔を出す暇はなく、ただ衝動的にそうしてしまった俺は直ぐに彼から唇を離すと、未だ近いその距離のまま尋ねた。

「逃げないの?」

「……分かんない」

曖昧な返事に俺は目を細める。

カチャリと伊達眼鏡が音を立てて、つい邪魔だなと思ってしまった。

セレーネを抱きしめたまま眼鏡を外して胸ポケットにしまうと彼の顔が更によく見えるようになる。熟れたリンゴみたいに赤い彼の顔を眺めながら、頭からかぶりついてしまいたいとじわじわと欲が湧いてきた。

「帰ろうか」

敢えてそう言ってみた。

そうしたらセレーネが、えっ、って小さく声を漏らしたのが聞こえてきて俺は口元に薄く笑みを浮かべる。

セレーネもまたキスされるのを期待してるのだろうか?

そうなら嬉しい。

きょろきょろと視線をさ迷わせて焦っている彼を見ていると可愛くて可愛くて歯止めが効かなくなりそうだった。

「好き」

「……っ」

そう言ってまたキスをする。

セレーネは拒否しない。

「好きだよ」

「……アルっ、ん」

少しずつ激しさを増しながら、好きの合間にキスをする。広間の中心で、まるで主役の王子様とお姫様の様に、何度も唇を重ねてその度に気持ちはどんどんと重く増加していく気がした。

「セレーネ、俺のことを好きになって」

「僕っ……分かんないよ……」

「今はそれでいい」

それでいいから、いつか君から俺に好きだって言ってくれる日を待ち望んでいる。

いっそこの瞬間、セレーネが逃げて拒否してくれたなら諦めも着いたのかもしれないけれど、彼はトロンとした顔で俺からのキスを受け入れてくれている。

だから、諦めるどころか彼への執着は増えていく一方だ。

セレーネは俺に困らされていると思っているかもしれないけれど、それは俺の方だ。

彼の行動に一喜一憂して、翻弄されている。たまに彼が天使の皮を被った悪魔の様にも思えるんだ。

「アル、恥ずかしい」

ずっと至近距離で顔を突合せているからかセレーネがそう言って俺から目を逸らした。

赤くなった目尻は色気があって、そんな仕草すら計算されているんじゃないかって思ってしまう。

「こっち向いて」

そっと顔に手をあてて促せば、おずおずと彼が俺の方を向いてくれる。

それが愛おしくて、俺はまた彼にキスをした。

「もっ、なんか、変な感じ……」

「……可愛い」

セレーネの香りが感情に釣られて揺らいでいる。少しずつ濃ゆくなるそれに俺は更に笑みを深めた。

こんなの止められない。

何度も何度も唇を重ねて、その度に彼の匂いはどんどんと濃さを増していく。そのいい香りに包まれながら、やっぱり彼のことが欲しいと強烈に心が自身に訴えかけていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版)

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー

白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿) 金持ち‪社長・溺愛&執着 α‬ × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω 幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。 ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。 発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう 離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。 すれ違っていく2人は結ばれることができるのか…… 思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいα‬の溺愛、身分差ストーリー ★ハッピーエンド作品です ※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏 ※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m ※フィクション作品です ※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです

あなたは僕の運命の番 出会えた奇跡に祝福を

羽兎里
BL
本編完結いたしました。覗きに来て下さった方々。本当にありがとうございました。 番外編を開始しました。 優秀なαの兄達といつも比べられていたΩの僕。 αの父様にも厄介者だと言われていたけど、それは仕方がない事だった。 そんな僕でもようやく家の役に立つ時が来た。 αであるマティアス様の下に嫁ぐことが決まったんだ。 たとえ運命の番でなくても僕をもらってくれると言う優しいマティアス様。 ところが式まであとわずかというある日、マティアス様の前に運命の番が現れてしまった。 僕はもういらないんだね。 その場からそっと僕は立ち去った。 ちょっと切ないけれど、とても優しい作品だと思っています。 他サイトにも公開中。もう一つのサイトにも女性版の始めてしまいました。(今の所シリアスですが、どうやらギャグ要素満載になりそうです。)

あなたの運命の番になれますか?

あんにん
BL
愛されずに育ったΩの男の子が溺愛されるお話 不定期更新です。

回帰したシリルの見る夢は

riiko
BL
公爵令息シリルは幼い頃より王太子の婚約者として、彼と番になる未来を夢見てきた。 しかし王太子は婚約者の自分には冷たい。どうやら彼には恋人がいるのだと知った日、物語は動き出した。 嫉妬に狂い断罪されたシリルは、何故だかきっかけの日に回帰した。そして回帰前には見えなかったことが少しずつ見えてきて、本当に望む夢が何かを徐々に思い出す。 執着をやめた途端、執着される側になったオメガが、次こそ間違えないようにと、可愛くも真面目に奮闘する物語! 執着アルファ×回帰オメガ 本編では明かされなかった、回帰前の出来事は外伝に掲載しております。 性描写が入るシーンは ※マークをタイトルにつけます。 物語お楽しみいただけたら幸いです。 *** 2022.12.26「第10回BL小説大賞」で奨励賞をいただきました! 応援してくれた皆様のお陰です。 ご投票いただけた方、お読みくださった方、本当にありがとうございました!! ☆☆☆ 2024.3.13 書籍発売&レンタル開始いたしました!!!! 応援してくださった読者さまのお陰でございます。本当にありがとうございます。書籍化にあたり連載時よりも読みやすく書き直しました。お楽しみいただけたら幸いです。

トップアイドルα様は平凡βを運命にする

新羽梅衣
BL
ありきたりなベータらしい人生を送ってきた平凡な大学生・春崎陽は深夜のコンビニでアルバイトをしている。 ある夜、コンビニに訪れた男と目が合った瞬間、まるで炭酸が弾けるような胸の高鳴りを感じてしまう。どこかで見たことのある彼はトップアイドル・sui(深山翠)だった。 翠と陽の距離は急接近するが、ふたりはアルファとベータ。翠が運命の番に憧れて相手を探すために芸能界に入ったと知った陽は、どう足掻いても番にはなれない関係に思い悩む。そんなとき、翠のマネージャーに声をかけられた陽はある決心をする。 運命の番を探すトップアイドルα×自分に自信がない平凡βの切ない恋のお話。

もし、運命の番になれたのなら。

天井つむぎ
BL
春。守谷 奏斗(‪α‬)に振られ、精神的なショックで声を失った遊佐 水樹(Ω)は一年振りに高校三年生になった。 まだ奏斗に想いを寄せている水樹の前に現れたのは、守谷 彼方という転校生だ。優しい性格と笑顔を絶やさないところ以外は奏斗とそっくりの彼方から「友達になってくれるかな?」とお願いされる水樹。 水樹は奏斗にはされたことのない優しさを彼方からたくさんもらい、初めてで温かい友情関係に戸惑いが隠せない。 そんなある日、水樹の十九の誕生日がやってきて──。

処理中です...