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助けてくれたのは……
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パーティー当日、クローゼットの中を見つめながら一般的な紺色のスーツを手に取った。数秒見つめたあと、またクローゼットに仕舞うを繰り返す。
男として彼の前に立ち、この思いを伝えたい。でもその勇気が今の僕にはなかった。スーツの隣に置かれた一張羅のドレスを恐る恐る手に取る。
亡くなった母が生前、嫁入り道具として持ってきた一着で、質もいい。薄紫にブルーのグラデーションが入ったAラインドレス。胸元はスッキリと、品よくフリルがあしらわれ、全体に散りばめられた星屑のようなスパンコールが照明に照らされてキラキラと輝いている。
夜空をそのまま閉じ込めたかのような美しさだ。
「……これにしよう」
好きなものを好きだと言ってもいいのだと教えてくれたのはレオン様だ。だから、ありのままの自分で彼の前に立ちたい。それに、どうせ一夜限りなら彼の隣に立てるような美しい女性でいたいと思った。
たとえそれが偽りだとしても。
鏡に映る黒髪に紫の瞳を持つ女性を見つめながら、口元に笑みを浮かべてみる。ドレスに合わせた、少し控えめの化粧。元々中性的な顔付きのために、化粧を施せば男だとはわからないだろう。それに、引きこもりで、あまり子爵家からは出ないから周りに僕だとバレることもないと思う。
輝くドレスを翻しながら馬車に乗り込む。父は仕事人間で屋敷に帰ってくることは少なく、僕がこんな姿をしていることなんて知らないだろう。三人しか居ない使用人は、皆僕の趣味を知っているから、温かく見送ってくれた。
会場に着くと、馬車の中で一度大きく深呼吸をする。緊張で足が竦むけれど、意を決して馬車から降りた。
周りから浴びせられる視線が痛い。どこか変だろうか……。男だとバレてないかな……。
不安な心を紛れさせるようにキツく握りこぶしをつくる。
辺りを見渡せば、既にレオン様の周りに人だかりが出来ていることがわかった。久しぶりに見るレオン様は相変わらず格好良くて、鼓動が跳ねる。銀にも見えるプラチナブロンドの髪に、スカイブルーの瞳はまるで宝石のように美しい。
近くに行きたいけれど、遠目から眺めるだけに留める。今日はただ、こうして遠くから彼のことを見つめていよう。そうやって彼への想いを消化し、先に進まなければ……。
「お一人ですか?」
ちびちびとノンアルコールカクテルを口に含みながら、ぼーっとレオン様を見つめていたとき、男性に話しかけられて動きを止めた。
見知らぬ人だ。彼は完全に僕のことを令嬢だと思っている。
「よろしければ、お話しませんか?」
よく使われる誘い文句に、口元がひくつく。男性の瞳に宿る熱に気がつくと、とたん怖くもなってきた。ずっと屋敷に引きこもっていただけに、人との上手い接し方もわからない。
「あ、あの……」
「さあ、こちらへ」
少し強引に腰を引き寄せられる。同じ男なのだから、拒否くらいしたらいいのに、それすら頭が真っ白で出来そうになかった。
「すまない。彼女は俺と踊る予定があってね」
困っていたとき、柔らかな声音がこちらへと飛んできて、僕も男性も視線を声のした方へとむける。
ゆったりとした動作で目の前まで歩いてきたのはレオン様だった。一瞬で体温が上昇する。柔和な笑みに釘付けになった。僕の中のレオン様は十五歳で止まっていたけれど、今、僕の中の時が動き出した気がしたんだ。大人の男性へと変貌を遂げたレオン様は、至近距離で見ると色気すら漂わせているように感じる。
「これはっ、貴方様の御相手とは知らず……。失礼いたしました」
「かまわない。楽しんで」
立ち去っていく男性が離れたのを見計らい、レオン様が僕の耳元に顔を寄せてきた。
「怪しまれてしまう。今は俺に合わせて」
手を引かれて、会場の中心へと躍り出る。音楽が流れ始めると、輪のようになった人々の中心で二人きり踊り始めた。
「名前を教えてくれないかい?」
問いかけられて悩んでしまう。本名を言ってしまえば、僕が男だとバレてしまうから。
「……エルです」
本名のダニエルから取って、エル。
「エル、美しい君にぴったりの名だね。ダンスは好き?」
また、尋ねられて視線をさ迷わせた。
「ダンスは苦手で……」
レオン様にだけ聞こえるように伝えれば、クスリと彼が一つ笑みを零した。
「俺に任せて」
優しく抱き寄せられて、そのままくるりと身体を回転させられる。優雅で、それでいて大胆なダンス。鼓動が刻むリズムと軽やかなステップが重なる。
楽しくて思わず笑みを浮かべると、レオン様も白い歯を見せて笑ってくれた。それが嬉しくて、まるで本当におとぎ話のお姫様になったような気分になる。
「どうして助けて下さったのですか?」
「先程の彼はプレイボーイだと有名なのだけれど、公爵子息という立場上断ることが出来ない子が多いようなんだ」
なるほど……。公爵子息を止めることが出来るのは、この場ではレオン様だけだ。だから助けてくれたんだ。本当に優しい方。
「ありがとうございます。困っていたのでとても助かりました」
「かまわないよ。それよりほら、こっちに集中して」
音楽は終盤に差し掛かり始めた。周囲に見られていることなんて忘れて、この時間をめいいっぱいに楽しむ。
隅っこで見つめていられればよかった。でも、今はもっと彼のことを知りたいって思い始めている。ぬいぐるみを差し出してくれたときと同じ優しげな表情を見つめながら、時が止まればいいのにって、傲慢な考えを浮かべる。そうすれば僕だけがレオン様を独り占めできるから。
音が止まると共に、夢のような時間も終わりを告げた。
未だに激しく胸が高鳴っている。このまま思いを伝えられたなら……。そう思うのに言葉は出てこない。でも、その方がいい。
最後に楽しい思い出が出来たと割り切った方が諦めもつく気がするから。
「レオン様。私、今とっても幸せです」
精一杯の笑みを浮かべて伝えると、レオン様が驚いたように目を丸くさせる。その顔を見つめながらカーテシーをして制止の声も聞かずにその場を立ち去った。
会場を出て、夜空の下を進んでいく。キラリと一つ流れ星が見えた気がして足を止めた。
(叶うなら、レオン様が今日のことを忘れないでいてくれたらいい)
願いながら、背後へと視線を向ける。
誰も僕のことを追いかけは来ていなかった。
男として彼の前に立ち、この思いを伝えたい。でもその勇気が今の僕にはなかった。スーツの隣に置かれた一張羅のドレスを恐る恐る手に取る。
亡くなった母が生前、嫁入り道具として持ってきた一着で、質もいい。薄紫にブルーのグラデーションが入ったAラインドレス。胸元はスッキリと、品よくフリルがあしらわれ、全体に散りばめられた星屑のようなスパンコールが照明に照らされてキラキラと輝いている。
夜空をそのまま閉じ込めたかのような美しさだ。
「……これにしよう」
好きなものを好きだと言ってもいいのだと教えてくれたのはレオン様だ。だから、ありのままの自分で彼の前に立ちたい。それに、どうせ一夜限りなら彼の隣に立てるような美しい女性でいたいと思った。
たとえそれが偽りだとしても。
鏡に映る黒髪に紫の瞳を持つ女性を見つめながら、口元に笑みを浮かべてみる。ドレスに合わせた、少し控えめの化粧。元々中性的な顔付きのために、化粧を施せば男だとはわからないだろう。それに、引きこもりで、あまり子爵家からは出ないから周りに僕だとバレることもないと思う。
輝くドレスを翻しながら馬車に乗り込む。父は仕事人間で屋敷に帰ってくることは少なく、僕がこんな姿をしていることなんて知らないだろう。三人しか居ない使用人は、皆僕の趣味を知っているから、温かく見送ってくれた。
会場に着くと、馬車の中で一度大きく深呼吸をする。緊張で足が竦むけれど、意を決して馬車から降りた。
周りから浴びせられる視線が痛い。どこか変だろうか……。男だとバレてないかな……。
不安な心を紛れさせるようにキツく握りこぶしをつくる。
辺りを見渡せば、既にレオン様の周りに人だかりが出来ていることがわかった。久しぶりに見るレオン様は相変わらず格好良くて、鼓動が跳ねる。銀にも見えるプラチナブロンドの髪に、スカイブルーの瞳はまるで宝石のように美しい。
近くに行きたいけれど、遠目から眺めるだけに留める。今日はただ、こうして遠くから彼のことを見つめていよう。そうやって彼への想いを消化し、先に進まなければ……。
「お一人ですか?」
ちびちびとノンアルコールカクテルを口に含みながら、ぼーっとレオン様を見つめていたとき、男性に話しかけられて動きを止めた。
見知らぬ人だ。彼は完全に僕のことを令嬢だと思っている。
「よろしければ、お話しませんか?」
よく使われる誘い文句に、口元がひくつく。男性の瞳に宿る熱に気がつくと、とたん怖くもなってきた。ずっと屋敷に引きこもっていただけに、人との上手い接し方もわからない。
「あ、あの……」
「さあ、こちらへ」
少し強引に腰を引き寄せられる。同じ男なのだから、拒否くらいしたらいいのに、それすら頭が真っ白で出来そうになかった。
「すまない。彼女は俺と踊る予定があってね」
困っていたとき、柔らかな声音がこちらへと飛んできて、僕も男性も視線を声のした方へとむける。
ゆったりとした動作で目の前まで歩いてきたのはレオン様だった。一瞬で体温が上昇する。柔和な笑みに釘付けになった。僕の中のレオン様は十五歳で止まっていたけれど、今、僕の中の時が動き出した気がしたんだ。大人の男性へと変貌を遂げたレオン様は、至近距離で見ると色気すら漂わせているように感じる。
「これはっ、貴方様の御相手とは知らず……。失礼いたしました」
「かまわない。楽しんで」
立ち去っていく男性が離れたのを見計らい、レオン様が僕の耳元に顔を寄せてきた。
「怪しまれてしまう。今は俺に合わせて」
手を引かれて、会場の中心へと躍り出る。音楽が流れ始めると、輪のようになった人々の中心で二人きり踊り始めた。
「名前を教えてくれないかい?」
問いかけられて悩んでしまう。本名を言ってしまえば、僕が男だとバレてしまうから。
「……エルです」
本名のダニエルから取って、エル。
「エル、美しい君にぴったりの名だね。ダンスは好き?」
また、尋ねられて視線をさ迷わせた。
「ダンスは苦手で……」
レオン様にだけ聞こえるように伝えれば、クスリと彼が一つ笑みを零した。
「俺に任せて」
優しく抱き寄せられて、そのままくるりと身体を回転させられる。優雅で、それでいて大胆なダンス。鼓動が刻むリズムと軽やかなステップが重なる。
楽しくて思わず笑みを浮かべると、レオン様も白い歯を見せて笑ってくれた。それが嬉しくて、まるで本当におとぎ話のお姫様になったような気分になる。
「どうして助けて下さったのですか?」
「先程の彼はプレイボーイだと有名なのだけれど、公爵子息という立場上断ることが出来ない子が多いようなんだ」
なるほど……。公爵子息を止めることが出来るのは、この場ではレオン様だけだ。だから助けてくれたんだ。本当に優しい方。
「ありがとうございます。困っていたのでとても助かりました」
「かまわないよ。それよりほら、こっちに集中して」
音楽は終盤に差し掛かり始めた。周囲に見られていることなんて忘れて、この時間をめいいっぱいに楽しむ。
隅っこで見つめていられればよかった。でも、今はもっと彼のことを知りたいって思い始めている。ぬいぐるみを差し出してくれたときと同じ優しげな表情を見つめながら、時が止まればいいのにって、傲慢な考えを浮かべる。そうすれば僕だけがレオン様を独り占めできるから。
音が止まると共に、夢のような時間も終わりを告げた。
未だに激しく胸が高鳴っている。このまま思いを伝えられたなら……。そう思うのに言葉は出てこない。でも、その方がいい。
最後に楽しい思い出が出来たと割り切った方が諦めもつく気がするから。
「レオン様。私、今とっても幸せです」
精一杯の笑みを浮かべて伝えると、レオン様が驚いたように目を丸くさせる。その顔を見つめながらカーテシーをして制止の声も聞かずにその場を立ち去った。
会場を出て、夜空の下を進んでいく。キラリと一つ流れ星が見えた気がして足を止めた。
(叶うなら、レオン様が今日のことを忘れないでいてくれたらいい)
願いながら、背後へと視線を向ける。
誰も僕のことを追いかけは来ていなかった。
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