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宮廷編
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「それをこちらに渡せ」
高圧的な声を聞いて、微かに身体が震える。
尊者特有の威圧が飛んできて、芳者の僕は立っているのもやっとだ。
「陛下の命令であろうとも、聞くことはできません」
そんな僕を支えながら、静龍様も陛下へと威圧を返す。二人の尊者が睨み合うこの場は、やけに静まり返っていた。
陛下が一歩距離を詰めてくる。怖くて、静龍様の華服の裾を握りしめると、大きな手が優しく撫で返してくれた。
「逃げようとしていたのだろう。罰は逃れられないぞ」
「承知の上です。どうかお通し下さい」
「黎家の長男が、身分違いの芳者と逢い引きのうえ逃亡とはな。黎家に末代まで語り継がれる恥になるだろう」
静龍様と話をしながらも、陛下の視線は僕へと向かっている。鋭い瞳は、まるで蛇のようだ。
「お前が私の妃になるというのなら、この件には目をつぶろう」
口の端を上げて強気に笑う陛下を見つめ返してしまう。静龍様は将軍家の跡取りだ。華々しい前途を約束されていて、誰からも好かれる。そんな彼の人生を、自分のせいで壊してしまってもいいのだろうか……。
少しずつ迷いが生まれていく。
「……僕が陛下の元にいけば、本当に見逃して頂けますか?」
「仔空!?」
静龍様が僕へと驚きの表情を向けてきた。
これは、静龍様への裏切りになるのだろう。わかっていても、自分の感情よりも静龍様のことを優先してしまう。
「約束しよう」
陛下はとても恐ろしい人だと思うのに、与えられた言葉は自然と信じられる気がした。
「……わかりました」
静龍様の華服から手を離し、前に出る。そのとき、手を掴まれて微かに後ろを振り返った。
悲痛な表情を浮かべる静龍様と目が合う。溢れてきそうになる涙を必死に留めながら、ごめんなさい、と小さく呟く。
そうして、前へと踏み出せば、簡単に手は離れて、そのことに酷く悲しさを覚えた。
陛下の目の前へと跪き、頭を垂れる。
「僕を陛下の妃にしてください」
この選択をきっと何度も後悔する日が来るのだろう。それでもいい。
ずっと静龍様に守られてばかりだった。だから、今だけは僕が彼を守りたい。
それにいつか、僕と静龍様の運命が、再び交じる時が来ると信じたいんだ。
僕の手を取り、立たせてくれた陛下が、胸へと引き寄せてくる。それを黙って受け入れながら、苦しげに顔を歪めている静龍様へと視線を向けた。
「……さようなら、静龍様」
愛しています。貴方のこと、本気で愛しています。
「行くぞ」
陛下に促されて、静龍様へと背を向ける。
「っ、仔空!」
名を呼ばれて、振り返りそうになるのを必死に我慢した。一歩一歩、ゆっくりと前へと進みながら、静龍様が僕の名を呼ぶ声を背で受け止め続ける。
「……許せ」
陛下がなにかを呟いた気がしたけれど、その声は静龍様の声に掻き消されて僕に届くことはなかった。
高圧的な声を聞いて、微かに身体が震える。
尊者特有の威圧が飛んできて、芳者の僕は立っているのもやっとだ。
「陛下の命令であろうとも、聞くことはできません」
そんな僕を支えながら、静龍様も陛下へと威圧を返す。二人の尊者が睨み合うこの場は、やけに静まり返っていた。
陛下が一歩距離を詰めてくる。怖くて、静龍様の華服の裾を握りしめると、大きな手が優しく撫で返してくれた。
「逃げようとしていたのだろう。罰は逃れられないぞ」
「承知の上です。どうかお通し下さい」
「黎家の長男が、身分違いの芳者と逢い引きのうえ逃亡とはな。黎家に末代まで語り継がれる恥になるだろう」
静龍様と話をしながらも、陛下の視線は僕へと向かっている。鋭い瞳は、まるで蛇のようだ。
「お前が私の妃になるというのなら、この件には目をつぶろう」
口の端を上げて強気に笑う陛下を見つめ返してしまう。静龍様は将軍家の跡取りだ。華々しい前途を約束されていて、誰からも好かれる。そんな彼の人生を、自分のせいで壊してしまってもいいのだろうか……。
少しずつ迷いが生まれていく。
「……僕が陛下の元にいけば、本当に見逃して頂けますか?」
「仔空!?」
静龍様が僕へと驚きの表情を向けてきた。
これは、静龍様への裏切りになるのだろう。わかっていても、自分の感情よりも静龍様のことを優先してしまう。
「約束しよう」
陛下はとても恐ろしい人だと思うのに、与えられた言葉は自然と信じられる気がした。
「……わかりました」
静龍様の華服から手を離し、前に出る。そのとき、手を掴まれて微かに後ろを振り返った。
悲痛な表情を浮かべる静龍様と目が合う。溢れてきそうになる涙を必死に留めながら、ごめんなさい、と小さく呟く。
そうして、前へと踏み出せば、簡単に手は離れて、そのことに酷く悲しさを覚えた。
陛下の目の前へと跪き、頭を垂れる。
「僕を陛下の妃にしてください」
この選択をきっと何度も後悔する日が来るのだろう。それでもいい。
ずっと静龍様に守られてばかりだった。だから、今だけは僕が彼を守りたい。
それにいつか、僕と静龍様の運命が、再び交じる時が来ると信じたいんだ。
僕の手を取り、立たせてくれた陛下が、胸へと引き寄せてくる。それを黙って受け入れながら、苦しげに顔を歪めている静龍様へと視線を向けた。
「……さようなら、静龍様」
愛しています。貴方のこと、本気で愛しています。
「行くぞ」
陛下に促されて、静龍様へと背を向ける。
「っ、仔空!」
名を呼ばれて、振り返りそうになるのを必死に我慢した。一歩一歩、ゆっくりと前へと進みながら、静龍様が僕の名を呼ぶ声を背で受け止め続ける。
「……許せ」
陛下がなにかを呟いた気がしたけれど、その声は静龍様の声に掻き消されて僕に届くことはなかった。
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