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宮廷編
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あっという間に三日が経ってしまった。未だに抜け出す策は浮かんでいない。
今日は朝から、女官も下女も色めき立っている。けれど、僕には関係のないことだと思い、無心になって床の拭き掃除をしていた。
「仔空、貴方今夜は見張り番をしなさい」
「……見張り……わかりました」
見張り番は屋敷の入口で、侵入者が来ないか見張るだけの仕事だ。一人きりでやる仕事で、夜中は皆寝静まっていて僕を見張る人はいない。抜け出すには絶好の機会だった。
なるべく顔に出さないように冷静に返事を返すと、拭き掃除を再開する。
今までは、僕が抜け出さないように見張り番を任されることはなかった。それに違和感を感じつつも、機会は逃す手はないと頭を動かす。
屋敷の見取り図はほぼ頭の中に入っている。人通りの少ない場所も三日の間に調べたため、抜け出すことは容易な気がする。
はやく夜になれ!と心が急く。けれど、ここで焦っては失敗してしまう。深呼吸をして心を落ち着かせると、桶と雑巾を持って場所を移した。
夜、降りしきる大雨を見つめながらため息をこぼした。どうやら今夜は大雨のようで、空を見上げても満月は見えない。
もうすぐ子時。今夜の珠蘭様のお世話係を取り合い騒いでいた女官と下女も皆部屋へと戻ってしまった。
今なら抜け出せるはずだ。月は見えなくとも、静龍様は待ってくれていると信じよう。
辺りを見渡し、忍び足で持ち場を離れる。見張りの衛兵が通りにくい場所を選び、濡れるのもお構い無しにひたすら出口までの道を急ぐ。
出口となる門が見えてきて、安堵の息を吐き出しかけたときだった。門の外から、灯篭の灯りがこちらへと近づいて来るのに気がついて足を止める。隠れようとしたが、ぬかるみに足を取られて、尻もちを着いてしまい音が響いた。
「誰だ!」
従者らしき男がこちらへと近づいてくる。宦官だろうか……。それも、かなり高位の宦官だと服装でわかった。
「こんな夜更けになにをしていた」
「ぼ、僕は……」
鼓動が嫌な音を立てて鳴り響く。雨が全身を濡らし、酷く寒い。あと少しで、静龍様に会えるのに……。
「なにをしている」
「陛下。なにやら怪しいものが屋敷を彷徨いておりました」
陛下という言葉が耳に入り、驚きに目を見開いた。目の前に足先が止まり、息をのむ。
皆が色めき立っていたのは、今夜陛下が来ると知っていたからなのだと、今理解した。
「顔を上げろ」
低く、底冷えのするような声が頭上から降ってきて、肩を跳ねさせた。ゆっくりと顔を上げると、灯篭の灯りに照らされて朱色に輝く鋭い瞳と目が合う。
その刹那、今までに感じたことのない激しい動悸が全身を襲い、思わず胸へと手をやる。
「っ……」
なんで……なんで突然香期が来たんだっ。
陛下と呼ばれた、目の前の男性から目が逸らせない。なにか糸のようなものが強制的に繋げられ、引き寄せられているような感覚。
酷く甘ったるい香りが自身から溢れ、大雨が降っているというのに、誘うように男性の周りを浮遊する。
「陛下、なかなか顔をお見せにならないのでお迎えに上がりましたわ。こんな大雨の中、なにをしておられるのですか?」
騒ぎを聞きつけたのか、珠蘭様が来てしまった。荒い息を吐き出す僕と、ピクリともその場を動かない陛下を見て、状況を察したのか僕を陛下から引き離すように女官へと指示を出したのが聞こえてきた。
「陛下を誑かすとは!仕置部屋へ連れていきなさい」
「っ……はぁ……やめっ……」
僕は静龍様に会いに行かないといけないんだ……。抵抗を試みるけれど、身体に力が入らず弱々しく身じろぐことしか出来ない。熱を帯びた全身が、強い快楽を求めて疼いている。
「待て」
陛下の一声に、全員が動きを停めた。ゆっくりと僕へと近づいてきた陛下は、女官を引き離すと、僕を横向きに抱きかかえ、濡れることも厭わずにその場から離れる。
「陛下お待ちになって!陛下!!」
珠蘭様の声が屋敷内に響くけれど、陛下は立ち止まることはなかった。
今日は朝から、女官も下女も色めき立っている。けれど、僕には関係のないことだと思い、無心になって床の拭き掃除をしていた。
「仔空、貴方今夜は見張り番をしなさい」
「……見張り……わかりました」
見張り番は屋敷の入口で、侵入者が来ないか見張るだけの仕事だ。一人きりでやる仕事で、夜中は皆寝静まっていて僕を見張る人はいない。抜け出すには絶好の機会だった。
なるべく顔に出さないように冷静に返事を返すと、拭き掃除を再開する。
今までは、僕が抜け出さないように見張り番を任されることはなかった。それに違和感を感じつつも、機会は逃す手はないと頭を動かす。
屋敷の見取り図はほぼ頭の中に入っている。人通りの少ない場所も三日の間に調べたため、抜け出すことは容易な気がする。
はやく夜になれ!と心が急く。けれど、ここで焦っては失敗してしまう。深呼吸をして心を落ち着かせると、桶と雑巾を持って場所を移した。
夜、降りしきる大雨を見つめながらため息をこぼした。どうやら今夜は大雨のようで、空を見上げても満月は見えない。
もうすぐ子時。今夜の珠蘭様のお世話係を取り合い騒いでいた女官と下女も皆部屋へと戻ってしまった。
今なら抜け出せるはずだ。月は見えなくとも、静龍様は待ってくれていると信じよう。
辺りを見渡し、忍び足で持ち場を離れる。見張りの衛兵が通りにくい場所を選び、濡れるのもお構い無しにひたすら出口までの道を急ぐ。
出口となる門が見えてきて、安堵の息を吐き出しかけたときだった。門の外から、灯篭の灯りがこちらへと近づいて来るのに気がついて足を止める。隠れようとしたが、ぬかるみに足を取られて、尻もちを着いてしまい音が響いた。
「誰だ!」
従者らしき男がこちらへと近づいてくる。宦官だろうか……。それも、かなり高位の宦官だと服装でわかった。
「こんな夜更けになにをしていた」
「ぼ、僕は……」
鼓動が嫌な音を立てて鳴り響く。雨が全身を濡らし、酷く寒い。あと少しで、静龍様に会えるのに……。
「なにをしている」
「陛下。なにやら怪しいものが屋敷を彷徨いておりました」
陛下という言葉が耳に入り、驚きに目を見開いた。目の前に足先が止まり、息をのむ。
皆が色めき立っていたのは、今夜陛下が来ると知っていたからなのだと、今理解した。
「顔を上げろ」
低く、底冷えのするような声が頭上から降ってきて、肩を跳ねさせた。ゆっくりと顔を上げると、灯篭の灯りに照らされて朱色に輝く鋭い瞳と目が合う。
その刹那、今までに感じたことのない激しい動悸が全身を襲い、思わず胸へと手をやる。
「っ……」
なんで……なんで突然香期が来たんだっ。
陛下と呼ばれた、目の前の男性から目が逸らせない。なにか糸のようなものが強制的に繋げられ、引き寄せられているような感覚。
酷く甘ったるい香りが自身から溢れ、大雨が降っているというのに、誘うように男性の周りを浮遊する。
「陛下、なかなか顔をお見せにならないのでお迎えに上がりましたわ。こんな大雨の中、なにをしておられるのですか?」
騒ぎを聞きつけたのか、珠蘭様が来てしまった。荒い息を吐き出す僕と、ピクリともその場を動かない陛下を見て、状況を察したのか僕を陛下から引き離すように女官へと指示を出したのが聞こえてきた。
「陛下を誑かすとは!仕置部屋へ連れていきなさい」
「っ……はぁ……やめっ……」
僕は静龍様に会いに行かないといけないんだ……。抵抗を試みるけれど、身体に力が入らず弱々しく身じろぐことしか出来ない。熱を帯びた全身が、強い快楽を求めて疼いている。
「待て」
陛下の一声に、全員が動きを停めた。ゆっくりと僕へと近づいてきた陛下は、女官を引き離すと、僕を横向きに抱きかかえ、濡れることも厭わずにその場から離れる。
「陛下お待ちになって!陛下!!」
珠蘭様の声が屋敷内に響くけれど、陛下は立ち止まることはなかった。
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