20 / 33
宮廷編
5
しおりを挟む
次の日、いつも通りに仕事をしていると、宮女達の噂話が耳に入ってきて手を止める。
「黎家の若将軍様と姚燈蕾様の婚姻が決まったのですって!」
「燈蕾様は珠蘭様の従姉弟だもの。それは盛大な婚姻になるのでしょうね!素晴らしいわ!」
思わず持っていた洗濯桶を石畳へと落としてしまう。水が足元を濡らし、じわじわと黒が侵食する。はっ、と短い息を吐き出し、定まらない思考を無理矢理回転させた。
(静龍様が婚姻? そんなこと……)
ありえないと思いたい。それなのに、二人が仲睦まじく微笑み合う姿が容易に想像できてしまい、泣きたい気持ちになった。
珠蘭様が僕を虐げるのは、燈蕾様が従姉弟だからだったからなんだ。燈蕾様にとって僕は邪魔な存在でしかない……。
今すぐに静龍様に会いたい。抱きしめて欲しい……。自分の非力さに悔しさを覚える。納屋を飛び出して白樺の木の下で静龍様が来て下さるのを待ち続けたい。
でも、周りは見張りだらけで、屋敷の敷地内から出ることすら叶わなそうだ。
「はいこれ。あなたが仔空?」
「君は?」
洗濯桶を拾い上げようと手を伸ばすと、別の手が桶を拾い上げて手渡してくれた。女官の姿をした女の子は、返事を聞くと、僕の腕を掴み死角になる場所まで歩みを進める。
腕を話したその子は、懐から文を取り出して手渡してくれる。
「静龍様からよ。文字は読める?」
「……簡単なものなら」
「そう。文の内容は読むことを禁じられているから、貴方が読みなさい」
「あ、あのっ。君はどうしてこの文を?」
文を握りしめなが尋ねると、ふわりと笑みを返された。
「私は美雨。黎家の分家に当たる家の娘なの。黎家ほど裕福ではないけれどね。母が病にかかり、お金が必要なとき龍人様に助けていただいたのよ。これはその恩返しに過ぎないわ」
静龍様は本当にお優しい方だ。いつも、彼は周りのことばかり考えている気がする。今回もこうして僕に文を届けてくれた。
「愛されてるのね。静龍様は誰にでもお優しいけれど、特定の誰かに心を砕くことなんて今までなかったのよ」
「っ、僕はその愛に報いることが全然できていません」
「有名な詩人はこう言ったそうよ。『愛は平等ではない』平等ではなくとも均衡は取れる。貴方は貴方なりの真心を伝えればいいと思うわ」
「僕なりの……」
握りしめた文へと視線を向け、開いていく。美雨は微かに笑みを零すと、僕を置いてその場を離れていった。
意識を文へと集中させ、読める文字だけを繋ぎ合わせていく。
「満月……、夜、白樺……逃……」
何度も文を読みなおしながら、静龍様の伝えたいことを必死に考えた。静龍様、僕も貴方から頂いた真心に恩返ししたい。文字を教えてくれたのも、この世に美しい景色が存在するということを知ることが出来たのも、全部静龍様のおかげだから。
こうやって僕の身を案じ気にかけてくれる。それがどれ程、心を救ってくれたことか……。
「……満月の夜に白樺の木の下に来て欲しい。一緒に逃げよう」
書かれてある文字を読み解くと、文を胸に抱き寄せて涙を流す。
あと三日もすれば満月の夜になる。なんとしてでも抜け出そう。きっと機会は訪れるはずだ。
ばれないように文を懐へと仕舞うと、涙を拭いその場を離れた。
「黎家の若将軍様と姚燈蕾様の婚姻が決まったのですって!」
「燈蕾様は珠蘭様の従姉弟だもの。それは盛大な婚姻になるのでしょうね!素晴らしいわ!」
思わず持っていた洗濯桶を石畳へと落としてしまう。水が足元を濡らし、じわじわと黒が侵食する。はっ、と短い息を吐き出し、定まらない思考を無理矢理回転させた。
(静龍様が婚姻? そんなこと……)
ありえないと思いたい。それなのに、二人が仲睦まじく微笑み合う姿が容易に想像できてしまい、泣きたい気持ちになった。
珠蘭様が僕を虐げるのは、燈蕾様が従姉弟だからだったからなんだ。燈蕾様にとって僕は邪魔な存在でしかない……。
今すぐに静龍様に会いたい。抱きしめて欲しい……。自分の非力さに悔しさを覚える。納屋を飛び出して白樺の木の下で静龍様が来て下さるのを待ち続けたい。
でも、周りは見張りだらけで、屋敷の敷地内から出ることすら叶わなそうだ。
「はいこれ。あなたが仔空?」
「君は?」
洗濯桶を拾い上げようと手を伸ばすと、別の手が桶を拾い上げて手渡してくれた。女官の姿をした女の子は、返事を聞くと、僕の腕を掴み死角になる場所まで歩みを進める。
腕を話したその子は、懐から文を取り出して手渡してくれる。
「静龍様からよ。文字は読める?」
「……簡単なものなら」
「そう。文の内容は読むことを禁じられているから、貴方が読みなさい」
「あ、あのっ。君はどうしてこの文を?」
文を握りしめなが尋ねると、ふわりと笑みを返された。
「私は美雨。黎家の分家に当たる家の娘なの。黎家ほど裕福ではないけれどね。母が病にかかり、お金が必要なとき龍人様に助けていただいたのよ。これはその恩返しに過ぎないわ」
静龍様は本当にお優しい方だ。いつも、彼は周りのことばかり考えている気がする。今回もこうして僕に文を届けてくれた。
「愛されてるのね。静龍様は誰にでもお優しいけれど、特定の誰かに心を砕くことなんて今までなかったのよ」
「っ、僕はその愛に報いることが全然できていません」
「有名な詩人はこう言ったそうよ。『愛は平等ではない』平等ではなくとも均衡は取れる。貴方は貴方なりの真心を伝えればいいと思うわ」
「僕なりの……」
握りしめた文へと視線を向け、開いていく。美雨は微かに笑みを零すと、僕を置いてその場を離れていった。
意識を文へと集中させ、読める文字だけを繋ぎ合わせていく。
「満月……、夜、白樺……逃……」
何度も文を読みなおしながら、静龍様の伝えたいことを必死に考えた。静龍様、僕も貴方から頂いた真心に恩返ししたい。文字を教えてくれたのも、この世に美しい景色が存在するということを知ることが出来たのも、全部静龍様のおかげだから。
こうやって僕の身を案じ気にかけてくれる。それがどれ程、心を救ってくれたことか……。
「……満月の夜に白樺の木の下に来て欲しい。一緒に逃げよう」
書かれてある文字を読み解くと、文を胸に抱き寄せて涙を流す。
あと三日もすれば満月の夜になる。なんとしてでも抜け出そう。きっと機会は訪れるはずだ。
ばれないように文を懐へと仕舞うと、涙を拭いその場を離れた。
2
お気に入りに追加
276
あなたにおすすめの小説
【完結】華の女神は冥王に溺愛される
液体猫(299)
BL
冥界を統べる王、全 思風(チュアン スーファン)は、ひとりの大切な存在と出会う。
冥界の王になって三百年ほどがたったある日、人間界でひとりの少年に遭遇した。その少年こそが、彼がずっと探し求めていた者と知る。
そしてあろうことか、少年から感じる香りに惹かれ、冥界へと連れ去ってしまった。
やがて明かされる少年の正体。
全 思風(チュアン スーファン)が注ぐ愛。
これらが交わった時、ふたりは次第に惹かれ合っていく。
独占欲の塊なイケメン王×小動物系美少年の、ぎこちないけれど触れ合い、徐々に心が近づいていくふたりを描く、儚くて甘々で耽美な古代中華BLです。
※印はエッなシーンありです。物語自体はエッなシーン主体ではありません。
ふたりの視点で物語は動きます。
アルファポリス限定公開作品です。
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
雇われ側妃は邪魔者のいなくなった後宮で高らかに笑う
ちゃっぷ
キャラ文芸
多少嫁ぎ遅れてはいるものの、宰相をしている父親のもとで平和に暮らしていた女性。
煌(ファン)国の皇帝は大変な女好きで、政治は宰相と皇弟に丸投げして後宮に入り浸り、お気に入りの側妃/上級妃たちに囲まれて過ごしていたが……彼女には関係ないこと。
そう思っていたのに父親から「皇帝に上級妃を排除したいと相談された。お前に後宮に入って邪魔者を排除してもらいたい」と頼まれる。
彼女は『上級妃を排除した後の後宮を自分にくれること』を条件に、雇われ側妃として後宮に入る。
そして、皇帝から自分を楽しませる女/遊姫(ヨウチェン)という名を与えられる。
しかし突然上級妃として後宮に入る遊姫のことを上級妃たちが良く思うはずもなく、彼女に幼稚な嫌がらせをしてきた。
自分を害する人間が大嫌いで、やられたらやり返す主義の遊姫は……必ず邪魔者を惨めに、後宮から追放することを決意する。
【完結】別れ……ますよね?
325号室の住人
BL
☆全3話、完結済
僕の恋人は、テレビドラマに数多く出演する俳優を生業としている。
ある朝、テレビから流れてきたニュースに、僕は恋人との別れを決意した。
もう人気者とは付き合っていられません
花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。
モテるのは当然だ。でも――。
『たまには二人だけで過ごしたい』
そう願うのは、贅沢なのだろうか。
いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。
「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。
ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。
生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。
※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中
氷の姫は戦場の悪魔に恋をする。
米田薫
恋愛
皇女エマはその美しさと誰にもなびかない性格で「氷の姫」として恐れられていた。そんなエマに異母兄のニカはある命令を下す。それは戦場の悪魔として恐れられる天才将軍ゼンの世話係をしろというものである。そしてエマとゼンは互いの生き方に共感し次第に恋に落ちていくのだった。
孤高だが実は激情を秘めているエマと圧倒的な才能の裏に繊細さを隠すゼンとの甘々な恋物語です。一日2章ずつ更新していく予定です。
学院のモブ役だったはずの青年溺愛物語
紅林
BL
『桜田門学院高等学校』
日本中の超金持ちの子息子女が通うこの学校は東京都内に位置する野球ドーム五個分の土地が学院としてなる巨大学園だ
しかし生徒数は300人程の少人数の学院だ
そんな学院でモブとして役割を果たすはずだった青年の物語である
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる