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宮廷編

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次の日、いつも通りに仕事をしていると、宮女達の噂話が耳に入ってきて手を止める。

「黎家の若将軍様とよう燈蕾様の婚姻が決まったのですって!」
「燈蕾様は珠蘭様の従姉弟だもの。それは盛大な婚姻になるのでしょうね!素晴らしいわ!」
 
思わず持っていた洗濯桶を石畳へと落としてしまう。水が足元を濡らし、じわじわと黒が侵食する。はっ、と短い息を吐き出し、定まらない思考を無理矢理回転させた。

(静龍様が婚姻? そんなこと……)

ありえないと思いたい。それなのに、二人が仲睦まじく微笑み合う姿が容易に想像できてしまい、泣きたい気持ちになった。
珠蘭様が僕を虐げるのは、燈蕾様が従姉弟だからだったからなんだ。燈蕾様にとって僕は邪魔な存在でしかない……。

今すぐに静龍様に会いたい。抱きしめて欲しい……。自分の非力さに悔しさを覚える。納屋を飛び出して白樺の木の下で静龍様が来て下さるのを待ち続けたい。
でも、周りは見張りだらけで、屋敷の敷地内から出ることすら叶わなそうだ。

「はいこれ。あなたが仔空?」
「君は?」
 
洗濯桶を拾い上げようと手を伸ばすと、別の手が桶を拾い上げて手渡してくれた。女官の姿をした女の子は、返事を聞くと、僕の腕を掴み死角になる場所まで歩みを進める。
腕を話したその子は、懐から文を取り出して手渡してくれる。

「静龍様からよ。文字は読める?」
「……簡単なものなら」
「そう。文の内容は読むことを禁じられているから、貴方が読みなさい」
「あ、あのっ。君はどうしてこの文を?」
 
文を握りしめなが尋ねると、ふわりと笑みを返された。

「私は美雨メイユイ。黎家の分家に当たる家の娘なの。黎家ほど裕福ではないけれどね。母が病にかかり、お金が必要なとき龍人様に助けていただいたのよ。これはその恩返しに過ぎないわ」

静龍様は本当にお優しい方だ。いつも、彼は周りのことばかり考えている気がする。今回もこうして僕に文を届けてくれた。

「愛されてるのね。静龍様は誰にでもお優しいけれど、特定の誰かに心を砕くことなんて今までなかったのよ」
「っ、僕はその愛に報いることが全然できていません」
「有名な詩人はこう言ったそうよ。『愛は平等ではない』平等ではなくとも均衡は取れる。貴方は貴方なりの真心を伝えればいいと思うわ」
「僕なりの……」

握りしめた文へと視線を向け、開いていく。美雨は微かに笑みを零すと、僕を置いてその場を離れていった。
意識を文へと集中させ、読める文字だけを繋ぎ合わせていく。

「満月……、夜、白樺……逃……」

何度も文を読みなおしながら、静龍様の伝えたいことを必死に考えた。静龍様、僕も貴方から頂いた真心に恩返ししたい。文字を教えてくれたのも、この世に美しい景色が存在するということを知ることが出来たのも、全部静龍様のおかげだから。

こうやって僕の身を案じ気にかけてくれる。それがどれ程、心を救ってくれたことか……。

「……満月の夜に白樺の木の下に来て欲しい。一緒に逃げよう」

書かれてある文字を読み解くと、文を胸に抱き寄せて涙を流す。

あと三日もすれば満月の夜になる。なんとしてでも抜け出そう。きっと機会は訪れるはずだ。
ばれないように文を懐へと仕舞うと、涙を拭いその場を離れた。
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