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将軍家編

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「ち、近いです……」
「ああ、そうだな。この距離なら、柔らかな栗毛や、星天を閉じ込めたかのように輝く黒色の瞳が良く見える」

頬に薄く柔らかな感触が走り、離れていく。口付けをされたのだと気がつくと、咄嗟に空いている手の平を頬にあてがった。急激に熱を帯びていく顔を俯かせる。どうして静龍様はこんなことをするのだろう。

あまり近づきすぎては駄目だ……。離れなければいけないと思うのに、行動に移すことは出来ない。

「馬に乗ったことは?」
「ないです……」
「乗り方を教えてやろう。明日の午時十一時頃に馬屋に来るといい」
「……はい」
 
僕は愚か者だ。断らなければいけないとわかっているくせに、頷いてしまう。身を離した静龍様が、戻りなさいと声をかけてくれた。名残惜しさを感じつつ、部屋を出る。
 
先程の出来事が思い出されて、また顔が熱くなった。洗濯桶を持った使用人仲間に声をかけ仕事がないかと尋ねてみる。洗濯桶を渡されて洗うように言われた。仕事を押し付けられたのは明白だったけれど、今はとにかく何かしていたいからむしろありがたい気さえする。

「押し付けられたのね」
 
衣を桶に入れていると、玪玪に声をかけられて手を止めた。

「もうすぐ静龍様の誕辰誕生日祝いがあるから、皆その準備で忙しいのよ。毎年使用人からも祝いの品を用意しているわ。貴方は使用人になって日が浅いからわからないと思って仕事を押し付けられたのよ」
「教えてくれてありがとう。でも、僕は気にしていないから」
「……その態度が気に食わないのよ」
 
つぶやかれた言葉に驚いたけれど、あえてなにも言い返すことはしなかった。立ち去っていく後ろ姿を見つめながら、彼女なりに気づかってくれたのかもしれないとも思う。

(誕辰か……)

静龍様が喜びそうなものを想像してみるけれど、これといって浮かばずため息がこぼれた。明日直接探りを入れてみよう。命を助けて貰ったお礼もまだできていないから、感謝の意を伝えるいい機会だと思う。
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