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将軍家編
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連れてこられたのは、黎家の御屋敷だった。黎家は将軍の家系であり、御当主は大将軍の称号を前皇帝から賜ったとても凄い人。現在は、戦中に負った怪我で足を悪くし、代わりに長子が任を請け負っていると聞いたことがある。
(もしかしてこの人が……)
屋敷の中に入ると、使用人達が彼に向かってお辞儀をする場面に出くわした。やっぱり静龍が若将軍なのだとわかり、一瞬で全身に緊張が走る。粗相をしたら怒られてしまうかもしれない。身分の高い方は貧乏人に優しくないのだと、両親は口癖のように言っていた。
「玪玪、新しく雇った子だ。彼にここでの過ごし方を教えてやって欲しい」
話しかけられた女の子が振り返ると、僕の全身をくまなく見てから頷く。
「そういえば名を聞いていなかったな」
「……仔空、向 仔空」
「仔空、彼女は玪玪だ。屋敷のことや働き方は彼女に聞くといい」
頷くと、静龍が繋いでいた手を離した。そのせいか、急に不安感と寂しさが襲ってきて怖くなる。思わず静龍の手を握り返すと、驚きに染まった瞳がこちらを見る。自分の行動は良くなかったかもしれないと思い、自ら手を離す。
「ふっ、様子を見に来るから心配するな」
不安に思っているとわかったのか、静龍は言いながら優しく頭を撫でてくれた。キュッと唇を噛み締めながら、手のひらの感覚をしっかりと味わう。静龍に触れられていると安心できる。まるで、静龍に守られるために産まれてきたような気になるんだ。
「行きましょう」
「……うん」
静龍が一頻り僕を撫でてからその場を立ち去ると、玪玪が声をかけてきた。黒髪に焦げ茶色のつぶらな瞳の可愛らしい顔をした女性だ。同い歳くらいに見える。十八、十九歳くらいだろうか。
屋敷の隅の方にある部屋に連れてこられると、玪玪が着ているものと似た衣装を手渡された。水浅葱色の上衣に胡粉色の下衣だ。よく見れば同色の糸で刺繍が施されていて、使用人が着るものだというのに、とても高価な物のように思える。
「まずは身体を清めて、それからこれに着替えなさい」
「……うん。あの……静龍は若将軍なの?」
「静龍様、ね。静龍様は若将軍で合っているわ。使用人の中には若と呼ぶ人もいる。けれど、決して馴れ馴れしくしては駄目よ。私達と静龍様では身分が違いすぎるもの」
「……わかったよ」
僕が生まれ育った場所には、身分の低い人しかいなかった。だから、大人も子供も関係なく同木口調を使っていた。でも、ここでは許されないことなんだ。
湯浴みをして着替え終えると、汚れた衣を洗うように指示された。男衆に混じっての力仕事は僕には無理だと判断されたみたいだ。たしかに、栄養が足りていないせいか、周りの男衆よりも背は低めだし、筋肉もあまりない。力仕事をしても邪魔になるだけだろうと自分でも思う。
日が傾くまで洗濯や屋敷の掃除を続け、疲れ果てた頃に玪玪と部屋へと戻った。着替えの衣を受け取り、再び湯浴みをして用意されていた飯を食べた。寝床に入ると一気に眠気が襲ってくる。たった一日で生活ががらりと変わってしまった。静龍様のおかげだ。僕を救い出してくれた、大きな手の感覚を思い出して笑みが浮かぶ。
(明日も撫でてもらえるかな)
心に温もりを感じながら、そっと目を閉じた。
(もしかしてこの人が……)
屋敷の中に入ると、使用人達が彼に向かってお辞儀をする場面に出くわした。やっぱり静龍が若将軍なのだとわかり、一瞬で全身に緊張が走る。粗相をしたら怒られてしまうかもしれない。身分の高い方は貧乏人に優しくないのだと、両親は口癖のように言っていた。
「玪玪、新しく雇った子だ。彼にここでの過ごし方を教えてやって欲しい」
話しかけられた女の子が振り返ると、僕の全身をくまなく見てから頷く。
「そういえば名を聞いていなかったな」
「……仔空、向 仔空」
「仔空、彼女は玪玪だ。屋敷のことや働き方は彼女に聞くといい」
頷くと、静龍が繋いでいた手を離した。そのせいか、急に不安感と寂しさが襲ってきて怖くなる。思わず静龍の手を握り返すと、驚きに染まった瞳がこちらを見る。自分の行動は良くなかったかもしれないと思い、自ら手を離す。
「ふっ、様子を見に来るから心配するな」
不安に思っているとわかったのか、静龍は言いながら優しく頭を撫でてくれた。キュッと唇を噛み締めながら、手のひらの感覚をしっかりと味わう。静龍に触れられていると安心できる。まるで、静龍に守られるために産まれてきたような気になるんだ。
「行きましょう」
「……うん」
静龍が一頻り僕を撫でてからその場を立ち去ると、玪玪が声をかけてきた。黒髪に焦げ茶色のつぶらな瞳の可愛らしい顔をした女性だ。同い歳くらいに見える。十八、十九歳くらいだろうか。
屋敷の隅の方にある部屋に連れてこられると、玪玪が着ているものと似た衣装を手渡された。水浅葱色の上衣に胡粉色の下衣だ。よく見れば同色の糸で刺繍が施されていて、使用人が着るものだというのに、とても高価な物のように思える。
「まずは身体を清めて、それからこれに着替えなさい」
「……うん。あの……静龍は若将軍なの?」
「静龍様、ね。静龍様は若将軍で合っているわ。使用人の中には若と呼ぶ人もいる。けれど、決して馴れ馴れしくしては駄目よ。私達と静龍様では身分が違いすぎるもの」
「……わかったよ」
僕が生まれ育った場所には、身分の低い人しかいなかった。だから、大人も子供も関係なく同木口調を使っていた。でも、ここでは許されないことなんだ。
湯浴みをして着替え終えると、汚れた衣を洗うように指示された。男衆に混じっての力仕事は僕には無理だと判断されたみたいだ。たしかに、栄養が足りていないせいか、周りの男衆よりも背は低めだし、筋肉もあまりない。力仕事をしても邪魔になるだけだろうと自分でも思う。
日が傾くまで洗濯や屋敷の掃除を続け、疲れ果てた頃に玪玪と部屋へと戻った。着替えの衣を受け取り、再び湯浴みをして用意されていた飯を食べた。寝床に入ると一気に眠気が襲ってくる。たった一日で生活ががらりと変わってしまった。静龍様のおかげだ。僕を救い出してくれた、大きな手の感覚を思い出して笑みが浮かぶ。
(明日も撫でてもらえるかな)
心に温もりを感じながら、そっと目を閉じた。
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