2 / 33
将軍家編
2
しおりを挟む
連れてこられたのは、黎家の御屋敷だった。黎家は将軍の家系であり、御当主は大将軍の称号を前皇帝から賜ったとても凄い人。現在は、戦中に負った怪我で足を悪くし、代わりに長子が任を請け負っていると聞いたことがある。
(もしかしてこの人が……)
屋敷の中に入ると、使用人達が彼に向かってお辞儀をする場面に出くわした。やっぱり静龍が若将軍なのだとわかり、一瞬で全身に緊張が走る。粗相をしたら怒られてしまうかもしれない。身分の高い方は貧乏人に優しくないのだと、両親は口癖のように言っていた。
「玪玪、新しく雇った子だ。彼にここでの過ごし方を教えてやって欲しい」
話しかけられた女の子が振り返ると、僕の全身をくまなく見てから頷く。
「そういえば名を聞いていなかったな」
「……仔空、向 仔空」
「仔空、彼女は玪玪だ。屋敷のことや働き方は彼女に聞くといい」
頷くと、静龍が繋いでいた手を離した。そのせいか、急に不安感と寂しさが襲ってきて怖くなる。思わず静龍の手を握り返すと、驚きに染まった瞳がこちらを見る。自分の行動は良くなかったかもしれないと思い、自ら手を離す。
「ふっ、様子を見に来るから心配するな」
不安に思っているとわかったのか、静龍は言いながら優しく頭を撫でてくれた。キュッと唇を噛み締めながら、手のひらの感覚をしっかりと味わう。静龍に触れられていると安心できる。まるで、静龍に守られるために産まれてきたような気になるんだ。
「行きましょう」
「……うん」
静龍が一頻り僕を撫でてからその場を立ち去ると、玪玪が声をかけてきた。黒髪に焦げ茶色のつぶらな瞳の可愛らしい顔をした女性だ。同い歳くらいに見える。十八、十九歳くらいだろうか。
屋敷の隅の方にある部屋に連れてこられると、玪玪が着ているものと似た衣装を手渡された。水浅葱色の上衣に胡粉色の下衣だ。よく見れば同色の糸で刺繍が施されていて、使用人が着るものだというのに、とても高価な物のように思える。
「まずは身体を清めて、それからこれに着替えなさい」
「……うん。あの……静龍は若将軍なの?」
「静龍様、ね。静龍様は若将軍で合っているわ。使用人の中には若と呼ぶ人もいる。けれど、決して馴れ馴れしくしては駄目よ。私達と静龍様では身分が違いすぎるもの」
「……わかったよ」
僕が生まれ育った場所には、身分の低い人しかいなかった。だから、大人も子供も関係なく同木口調を使っていた。でも、ここでは許されないことなんだ。
湯浴みをして着替え終えると、汚れた衣を洗うように指示された。男衆に混じっての力仕事は僕には無理だと判断されたみたいだ。たしかに、栄養が足りていないせいか、周りの男衆よりも背は低めだし、筋肉もあまりない。力仕事をしても邪魔になるだけだろうと自分でも思う。
日が傾くまで洗濯や屋敷の掃除を続け、疲れ果てた頃に玪玪と部屋へと戻った。着替えの衣を受け取り、再び湯浴みをして用意されていた飯を食べた。寝床に入ると一気に眠気が襲ってくる。たった一日で生活ががらりと変わってしまった。静龍様のおかげだ。僕を救い出してくれた、大きな手の感覚を思い出して笑みが浮かぶ。
(明日も撫でてもらえるかな)
心に温もりを感じながら、そっと目を閉じた。
(もしかしてこの人が……)
屋敷の中に入ると、使用人達が彼に向かってお辞儀をする場面に出くわした。やっぱり静龍が若将軍なのだとわかり、一瞬で全身に緊張が走る。粗相をしたら怒られてしまうかもしれない。身分の高い方は貧乏人に優しくないのだと、両親は口癖のように言っていた。
「玪玪、新しく雇った子だ。彼にここでの過ごし方を教えてやって欲しい」
話しかけられた女の子が振り返ると、僕の全身をくまなく見てから頷く。
「そういえば名を聞いていなかったな」
「……仔空、向 仔空」
「仔空、彼女は玪玪だ。屋敷のことや働き方は彼女に聞くといい」
頷くと、静龍が繋いでいた手を離した。そのせいか、急に不安感と寂しさが襲ってきて怖くなる。思わず静龍の手を握り返すと、驚きに染まった瞳がこちらを見る。自分の行動は良くなかったかもしれないと思い、自ら手を離す。
「ふっ、様子を見に来るから心配するな」
不安に思っているとわかったのか、静龍は言いながら優しく頭を撫でてくれた。キュッと唇を噛み締めながら、手のひらの感覚をしっかりと味わう。静龍に触れられていると安心できる。まるで、静龍に守られるために産まれてきたような気になるんだ。
「行きましょう」
「……うん」
静龍が一頻り僕を撫でてからその場を立ち去ると、玪玪が声をかけてきた。黒髪に焦げ茶色のつぶらな瞳の可愛らしい顔をした女性だ。同い歳くらいに見える。十八、十九歳くらいだろうか。
屋敷の隅の方にある部屋に連れてこられると、玪玪が着ているものと似た衣装を手渡された。水浅葱色の上衣に胡粉色の下衣だ。よく見れば同色の糸で刺繍が施されていて、使用人が着るものだというのに、とても高価な物のように思える。
「まずは身体を清めて、それからこれに着替えなさい」
「……うん。あの……静龍は若将軍なの?」
「静龍様、ね。静龍様は若将軍で合っているわ。使用人の中には若と呼ぶ人もいる。けれど、決して馴れ馴れしくしては駄目よ。私達と静龍様では身分が違いすぎるもの」
「……わかったよ」
僕が生まれ育った場所には、身分の低い人しかいなかった。だから、大人も子供も関係なく同木口調を使っていた。でも、ここでは許されないことなんだ。
湯浴みをして着替え終えると、汚れた衣を洗うように指示された。男衆に混じっての力仕事は僕には無理だと判断されたみたいだ。たしかに、栄養が足りていないせいか、周りの男衆よりも背は低めだし、筋肉もあまりない。力仕事をしても邪魔になるだけだろうと自分でも思う。
日が傾くまで洗濯や屋敷の掃除を続け、疲れ果てた頃に玪玪と部屋へと戻った。着替えの衣を受け取り、再び湯浴みをして用意されていた飯を食べた。寝床に入ると一気に眠気が襲ってくる。たった一日で生活ががらりと変わってしまった。静龍様のおかげだ。僕を救い出してくれた、大きな手の感覚を思い出して笑みが浮かぶ。
(明日も撫でてもらえるかな)
心に温もりを感じながら、そっと目を閉じた。
13
お気に入りに追加
278
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた
翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」
そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。
チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
キンモクセイは夏の記憶とともに
広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。
小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。
田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。
そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。
純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。
しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。
「俺になんてもったいない!」
素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。
性描写のある話は【※】をつけていきます。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
思い出して欲しい二人
春色悠
BL
喫茶店でアルバイトをしている鷹木翠(たかぎ みどり)。ある日、喫茶店に初恋の人、白河朱鳥(しらかわ あすか)が女性を伴って入ってきた。しかも朱鳥は翠の事を覚えていない様で、幼い頃の約束をずっと覚えていた翠はショックを受ける。
そして恋心を忘れようと努力するが、昔と変わったのに変わっていない朱鳥に寧ろ、どんどん惚れてしまう。
一方朱鳥は、バッチリと翠の事を覚えていた。まさか取引先との昼食を食べに行った先で、再会すると思わず、緩む頬を引き締めて翠にかっこいい所を見せようと頑張ったが、翠は朱鳥の事を覚えていない様。それでも全く愛が冷めず、今度は本当に結婚するために翠を落としにかかる。
そんな二人の、もだもだ、じれったい、さっさとくっつけ!と、言いたくなるようなラブロマンス。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる