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地味な格好は楽だ。学校では誰も僕に関心を抱かない。
身体を売って生きることも、お金を稼ぐ一番楽な方法だった。
僕はいつだって楽な道を選んでいる。でも、それが一番危険なやり方だとも理解していた。
放課後、フラフラと学校内を歩いていると教頭と鉢合わせた。

「最近相手をしてくれないね」
「そういうのやめたんだ」
「……それは困ったな。いいのかい?そんなことを言って」

ポケットからスマホを取りだした教頭が画面をこちらに向けてなにかを流し始める。
耳障りなほど甘い喘ぎ声が耳に届いて、目を伏せた。
動画なんていつ撮っていたんだろう。もしかしたら初めて関係を持ったときかもしれない。こうなるかもしれない可能性はいくらでもあった。けれど、構わないと思っていたんだ。
僕には体を売ることしか方法がなかったから。
でも、今は……。

愛夏の笑顔が頭をかすめる。
約束を守らないと……。そうしないと彼の隣には居られない。
なのに、僕の足は教頭の方へと進んでいく。結局、選択肢なんてないんだ。
空き教室に入る。邪魔されないように鍵をかけた。これで逃げ道はない。鍵の閉まる音が苦痛の始まりの合図。

「はやくしなさい」
「……」

やらないと……。学校を辞めるわけにはいかないんだ。
なのに身体が動かない。

「君がしないなら私からしてあげようね」

手が伸びてきて、シャツを無理矢理剥ぎ取られた。
こんなの慣れてる。何度も経験したことだ。それなのに……

「嫌だっ!やめろっ」

拒否の言葉が口からこぼれ落ちた。
愛夏、あんたは最低なヤツだ。あの温もりに触れさえしなければ、平気なままでいられたのに……。
あの純粋さや、美しさに惹かれてしまった瞬間から、もう後戻りなんて出来なくなってしまっていた。

(一生恨んでやる)

悪態付きながら、気持ち悪さに耐えるために固く目を閉じた。
刹那、ものすごい破壊音が鳴り響き、驚きに肩を跳ねさせる。恐る恐る目を開けると、怒りに染まった顔をこちらへと向けながら、入口の前に立っている愛夏の姿が見えた。
あの音は愛夏が扉を壊した音だったみたいだ。
いつもの柔らかな雰囲気はなりを潜めている。
まるで本当に噂通り人を殺してしまいそうな程の迫力だ。

「棗から離れろ」

近づいてきた愛夏が教頭の身体を僕から引き離してくれる。勢いよく尻もちを着いた教頭が、身体を震わしながら後ずさった。

「こ、こここ、こんなことをしていいと思っているのか!退学だぞ!」
「あ゛?」
「ひいいいいぃぃ」

愛夏に凄まれて教頭が悲鳴をあげる。

「お前が棗を襲おうとした証拠は撮ってある。覚悟しとけよ」

スマホの画面には、バッチリと教頭が僕に馬乗りになっている写真が撮られていた。丁度抵抗している場面だったのか、誰が見ても嫌がる生徒に暴行を加えようとしているようにしか見えない。
これが流出したら教頭は終わりだろう。

「行くわよ」
「っ……」

愛夏が僕のことを横向きに抱き上げて、教室から出てくれる。心地のいい体温が包み込んでくれて、なんだか泣きそうになった。


いったん愛夏の家に二人で向かう。
ぐちゃぐちゃの制服のままでは家に帰れないからだ。

「シャワーを浴びてきなさい」
「……ありがとう」

指先で愛夏のシャツを掴みながらお礼を伝える。
うつむく僕の頭に手を置いた愛夏が、子供をあやすみたいに「怖かったわね。もう大丈夫よ」って言ってくれるから、本当に涙が溢れてきた。

「っ……」
「たまたまあなたと教頭が一緒にいるところを見つけたの。間に合って良かったわ」
「僕の自業自得だ……。ほっといてくれて良かったのにっ」
「素直じゃないのね。嫌なら嫌って言えばいいのよ」

それは、ひねくれ者の僕には凄く難しい言葉のように感じる。

「言ったら、なにかくれる訳?」
 
だから、こんなことを言って困らせてしまう。
微かに笑を零した愛夏が、優しく包み込むように抱きしめてくれた。

「沢山甘やかしてあげるわ。だから、私にあなたの気持ちを教えてちょうだい」

噛んでいた唇を緩める。
広く逞しい胸元に額を押し当てて、震える声帯を無理矢理動かす。

「っ、愛夏以外に触れられるのは嫌だ……怖かった……苦しかったよ……」

ずっと、傷ついた自分の心に蓋をして見ないふりをしてきた。そうしなければ生きていけなかったから。

「よく言えました」

顔を上げると、おでこにキスが降ってくる。

「あなたのことは、私がずっと守ってあげるわ」
「……約束だからな」
「ええ、約束よ」

誓い合うように唇同士を合わせると、喜びが胸いっぱいに溢れてくる。僕は愛夏のことが好きだ。愛夏もきっと同じ気持ちでいてくれている。
目尻を赤く染め上げた愛夏を至近距離に見つめながら、幸せだなって思った。


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