身代わりの花は甘やかに溶かされる

天宮叶

文字の大きさ
上 下
52 / 68
決別

しおりを挟む
まだ僕が10歳の頃、彼が僕に不細工だと言った日のことを今でも鮮明に覚えている。その言葉に酷く傷ついた。それと同時に、初めて会ったあの日のアデレードがあまりにも可愛くて綺麗で、こんな風になりたいとその瞬間、憧れを抱いたんだ。

ずっと、彼と仲良くなりたいと思っていた。

美しくて誰からも愛される自慢の兄。
性格は歪んでいるけれど、それでも、毎日綺麗だねって彼に笑いかけて、今みたいに抱きしめあったりなんかして、仲良く勉強をしたり、そんな日常を夢見ていた。
だから、そんな彼が死を選ぶことを僕は許せなかった。

「僕のこと嫌い?」
「っ、大っ嫌い!!お前なんか、不細工でグズで、なにもできなくて、僕の弟でもなんでもない!!お前なんか……本当に大嫌いなんだから……」

涙で僕の肩を濡らしながら、アデレードが鼻声で叫ぶ。
それにうんうんって頷きながら彼の背中を撫でてあげた。

「僕もアデレードのこと嫌い」
「……っ……」
「嫌がらせするし、すぐ不細工って言ってくる。何度も痛いことされたし、酷いこともいっぱい言われた。だから、僕もアデレードのこと嫌いだよ」
「……な、なんだよっ……結局お前もみんなと一緒じゃないかっ!!僕のことあっさり捨てたジュダ様や周りのヤツらと一緒だ!!!だったら、嫌いなら、どうして助けたんだよっ!!!」

アデレードの悲痛な叫びを聞きながら、なんでだろうって小さく呟いていた。
よく分からない。

嫌いなはずだ。それに、誘拐されて、ラセットさんは殺されそうになった。
それでも、死んで欲しくないって思ったんだ。

「ただ、勝手に身体が動いてただけ。理由なんてないよ」

そう、理由なんてない。
僕は優しい人間でもないし、きっと一生アデレードのことは嫌いだし許せない。
けれど、何度同じことが起きても僕は彼を助けるって確信していた。

「わけわかんない!」

涙を流しながらアデレードがつぶやく。僕もそれに、そうだよねって相槌を打つ。

「僕達は仲のいい兄弟にも、愛する家族にもなれなかったけれど、あの日アデレードが僕をこの国に嫁がせてくれたことは本当に感謝しているんだ」
「なにそれっ、嫌味のつもり?!」
「そう捉えてくれてもかまわないよ。でも、僕は嘘は吐かない。本当に感謝してる。君のおかげで僕は今幸せだよ」
「……っ……本当にずるいっ!お前だけ!僕は……僕だって……っ、」

泣きじゃくるアデレードの背中をひたすら撫でてあげる。ふと、屋敷の入口の方が騒がしいことに気がついて耳を澄ませてみた。

「……カ!」

聞き覚えのある声が僕のことを呼んでいる気がした。遠くからでも感じる彼の香りに、泣きたいような、心を揺さぶられる感覚を覚えて、ゆっくりとアデレードから身体を離した。

「アデレード」
「……っ、なんだよっ、まだなにかあるわけっ!」
「アデレードもきっと幸せになれるよ」
「なに、言ってんの」

彼がこの先どんな未来を辿るのかも、どうして行くのかも僕にはわからないけれど、きっと幸せになってくれるって信じてる。

どんなに悪いことをした人にだって、もう一度だけでも幸せになる機会が与えられても良いはずだって思うから。

「君の一番星を見つけて」
「……え……」
「きっと、見つかるから。いつだって君を見守って、大切にしてくれて、支えてくれる、自分だけの希望の星を探して」

ありったけの笑顔でアデレードにそう伝えた。
なんでもいい。人でも物でも、なんでもいいから……。
君だけのたった一つの星を見つけて欲しい。
そうすればきっとどんなに辛いときでも立ち上がることが出来るから。

「僕は見つけたよ」

少しずつ近づいてくる足音を聴きながら、嬉しくて泣きそうになるのを必死に堪えた。
甘やかで優しい香りが漂ってきて、ゆっくりとその香りのする方に身体ごと視線を向ける。綺麗な銀の髪を靡かせながら彼が僕に駆け寄ってきた。そうして、強くつよく抱きしめられる。

「リュカっ!」
「アデルバード様……」

荒い息を吐き出すアデルバード様を見て、必死に探してくれていたんだとわかる。申し訳なさと感謝の気持ちが溢れてきた。それと同時にすごく安心してポロリと1つ涙を流すと、彼が僕を抱きしめながら、無事でよかったって呟いた。

アデルバード様は僕の存在を確かめるように顔をぺたぺたと触って、額に自分の額を当てると、安堵したように薄く笑みを浮かべる。

「心配させてごめんなさい……。伝言聞いてくれたんですね」
「リュカが攫われたと聞いて心臓が止まるかと思ったよ。本当に無事でよかったっ」
「ラセットさんが護ってくれたから」
「……そうか……だが、髪が……それに怪我もしている……」

アデルバード様が僕の切れた髪を見て眉を寄せた。
ラセットさんを助けた時にまとめていた髪が切られてしまって不揃いに髪が短くなってしまっている。それに、殴られた所も今更痛みが出てきて、眉を寄せる僕をアデルバード様が心配げに見つめてきた。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

推しの為なら悪役令息になるのは大歓迎です!

こうらい ゆあ
BL
「モブレッド・アテウーマ、貴様との婚約を破棄する!」王太子の宣言で始まった待ちに待った断罪イベント!悪役令息であるモブレッドはこの日を心待ちにしていた。すべては推しである主人公ユレイユの幸せのため!推しの幸せを願い、日夜フラグを必死に回収していくモブレッド。ところが、予想外の展開が待っていて…?

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

悪役令息上等です。悪の華は可憐に咲き誇る

竜鳴躍
BL
異性間でも子どもが産まれにくくなった世界。 子どもは魔法の力を借りて同性間でも産めるようになったため、性別に関係なく結婚するようになった世界。 ファーマ王国のアレン=ファーメット公爵令息は、白銀に近い髪に真っ赤な瞳、真っ白な肌を持つ。 神秘的で美しい姿に王子に見初められた彼は公爵家の長男でありながら唯一の王子の婚約者に選ばれてしまった。どこに行くにも欠かせない大きな日傘。日に焼けると爛れてしまいかねない皮膚。 公爵家は両親とも黒髪黒目であるが、彼一人が色が違う。 それは彼が全てアルビノだったからなのに、成長した教養のない王子は、アレンを魔女扱いした上、聖女らしき男爵令嬢に現を抜かして婚約破棄の上スラム街に追放してしまう。 だが、王子は知らない。 アレンにも王位継承権があることを。 従者を一人連れてスラムに行ったアレンは、イケメンでスパダリな従者に溺愛されながらスラムを改革していって……!? *誤字報告ありがとうございます! *カエサル=プレート 修正しました。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。 表紙絵 ⇨元素 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。

処理中です...