身代わりの花は甘やかに溶かされる

天宮叶

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花の行方

①〜アデルバード視点〜

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「……特に変わった所は無いようですね」

ざっと半分程街を見て回ったあと、ルートヴィヒが呟く。

「リュカは今頃何をしているだろうな」
「きっと、はしゃいでいるのではないですか」
「ふっ、確かにな。息抜きになればいいが……」

そんなことを話していると、見覚えのある人物がこちらに向かって走ってくるのが見えた。

「なぜここに居る」
「陛下っ!!!」

駆け寄ってきたユンナが私の前に膝を着いて、涙を流しながら助けてくれと懇願してきた。

「なにがあった。リュカはどうした」

目の前でひたすら助けてくれと懇願してくる彼女は、リュカ付きのメイドの1人で今日はラナの代わりにもう1人のメイドと一緒に視察に同行していたはずだ。
しかし、肝心のリュカは居ないようで、そのことに酷く不安感を覚える。

「落ち着いてなにがあったか話せ」
「……リュカ様が……っ、リュカ様が攫われました……。護衛のラセット・バードも一緒です。リュカ様は、ロペス家の仕業だと……っ、陛下っ、リュカ様をお助け下さい…!!」

メイドの話しを聞き終えると、くらりと目眩がする様な感覚に襲われた。

「っ……陛下っ…リュカ様から伝言があります」

続けざまに彼女がそう言って1層涙を流す。

「……なんだ……」
「……『僕の一番星』と伝えるようにと……私には意味は理解できませんが陛下ならわかられるはずです」

リュカからの伝言を聞き終えると同時に、私は勢いよくその場を駆け出す。

「陛下っ!!お待ちください!」
「止めることは許さない」

人並みを掻き分けて進みながら、後ろから私を止めようとするルートヴィヒに答える。

「心配なのはわかりますが、闇雲に探しても見つけ出せる保証はありません!!」
「必ず探し出す」
「そう思うのでしたら、1度冷静になられてくださいっ!!」

ルートヴィヒが私の目の前に飛び出してきて、それに苛立ちが募る。

「黙れ!!」

つい出た怒鳴り声は思いのほか大通りに大きく響いて、それを耳にした人々やルートヴィヒも驚いた顔をしていた。
無意識に天人特有の覇気が漏れ出て、それを感じ取ったのかルートヴィヒ以外の人間はその場から履けていく。

「陛下……」

天人の覇気に充てられて苦しそうに顔を歪めながらも、私の前から動こうとしないルートヴィヒを睨みつける。

「退け。リュカが私に助けを求めているのだ」
「どうか冷静に」
「私の命令が聞けないというのか」
「そうです……首を切るなりお好きになさればいい。ですが、陛下を今は行かせるわけには参りません!まずはどうやってリュカ様を攫ったのか、どこにいるのかを探るべきです。手紙の件もありますから殺したり等はしないはず」

ルートヴィヒの言葉に苛立ちつつも、少しだけ冷静さを取り戻す。
リュカが攫われたと聞いて目の前が真っ暗になる感覚を味わった。

二人で決めた助けを求めるときの合言葉を、こんな形で聞くことになるなど思ってもいなかったのだ。
先程までは私の隣で微笑んでいたあの子が、今は心細い思いをしていると考えるだけで辛く、早く見つけだして抱きしめてやりたいと思う。
 
「ルートヴィヒ」
「はい」
「宮殿に戻ってこの件について調べる」
「承知しました」

直ぐに宮殿へと戻った私達はもっと詳しく話を聞くために先程のメイド、ユンナを執務室へと呼び出していた。

「リュカ様付きのメイドであるシシィ=オルコットが街の貧民街に私達を誘い出したのです」

ユンナの話を聞いて、ルートヴィヒにオルコット家とロペス家の繋がりを調べるように指示する。どうやらかなり周到に誘拐の計画が練られていたようだ。今回、視察があることもシシィから聞き出していたのだろう。
リュカから目を離すべきではなかった……。酷い後悔が襲ってくる。

「陛下……シシィにもなにか事情があるはずです。ですから……」
「裏切り者に情けは無用だ」
「っ……ですが……」
「……わかった。リュカを助けた後にあの子にもどうするか聞いてみよう」
「……っ、ありがとうございます」

ボロボロと涙を流すユンナを見つめながら、リュカも泣いていないだろうかと心配になった。
早く見つけてやりたい……。
もしも怪我をしていたら……。

「……ご苦労だった。ゆっくり休め」

追っ手から必死に逃げてきたのだろう彼女は服も汚れていて、酷く疲れた様子だ。
私の言葉に少しだけ戸惑う素振りをしたユンナは、まだ居させてくれと私の目を見て言ってきた。
私はそれに、小さくため息をつくと了承の返事をしてやる。

ユンナとの話しを終えるとタイミングを見計らったようにルートヴィヒが話しかけてきた。

「陛下、リュカ様が攫われたという場所まで遣いを出しました。そこにこれが」
「……ブローチ?」

ヒビの入った琥珀の嵌め込まれたブローチをルートヴィヒが手渡してくる。受け取ると、ブローチから微かにリュカの残り香を感じて、思わず撫でた。

「……リュカ様が陛下の瞳の色に似ているからと、買われていたものですっ……リュカ様っ……」

ユンナから教えられて、胸が痛む。軽かったブローチが一気に重みを増して、あの子の存在を私に主張してきているような気さえしてくる。
こんな物が見つかったとて、リュカが居なければ意味などないというのに……。

執務室の引き出しにブローチをしまうと小さく息を吐き出す。
しばらくして、ルートヴィヒが遣いに出していた者が数名戻ってきて報告を行い始める。

「なるほど……わかった」
「早く報告をしろ」

急かすと、ルートヴィヒが私の目の前に来て遣いから聞いた内容を話し始めた。

「オルコット子爵家の当主であるピーター=オルコットとロペス公爵家当主のメイソン=ロペスはどうやら古い知り合いだったようです。若い頃ロペス公爵がこの国に留学に来ていたときに仲良くしていたとか。それから、オルコット家は財政難で何度もロペス家に助けて貰っているようですね。もしかすれば今回のこともそれを理由に手伝うように言われたのかもしれません」
「オルコット子爵家の領地は毎年水害が酷いからな。復興するにしても多額の金がいる」
「ええ。オルコット家の当主と話をされますか?」
「……時間が無い。オルコット家に別荘かなにかはないのか。国から出るにしても1ヶ月はかかる。その間隠れられる場所が用意されているはずだ」
「探してみます」

眉間を指の腹で揉みながら椅子に背を預ける。
本当なら、今すぐにでも飛び出したいくらいなのだ。、
ロペス公爵家から手紙が来たとき、もっとしっかりと対応しておけばこんなことにはならなかった筈だ。
数ヶ月経って行動を起こすとは……。
私が浅はかだった。

リュカが傍に居ることに浮かれていたのかもしれない。

「……リュカ」

君は今どこにいるんだ……。

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