身代わりの花は甘やかに溶かされる

天宮叶

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僕の一番星

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しばらく歩いて、少しずつ閑散としてくる街並を眺めながら、あんなに賑やかな街にもこんな所があるんだと、まるで別の場所に迷い込んだような錯覚を覚える。
かなり奥まで歩いてきたけれど、道は迷路のように入り組んでいて、案内なしでは帰ることもままならない気がして不安になってくる。

「シシィ、まだつかないの?」
「……リュカ様……ごめんなさいっ!」

シシィの声と、手が離れるのは同時だった。

「え……」

立ち止まると、彼女は涙を撒き散らしながら前の方に駆けていく。そしたら、急に街の角から大勢の男の人達が現れて、僕達3人はあっという間に囲まれてしまった。
なにが起こったのか、混乱する頭でなんとか状況を把握しようと試みる。

男達の奥で祈るように手を組んで涙を流しながらこちらを見ているシシィと目が合った。

「……シシィ……これはどういうこと?」
「……ごめんなさいっ……こうしないと……私っ」

悪い冗談かなにかだろうか……。
そのとき、狭い通路の中に無理矢理馬車が割り込んできて、僕は見覚えのある紋様に眉をひそめた。
どうして……。

「ラセットさん、ユンナ……相手の狙いは多分僕だと思う」
「リュカ様、それは一体どういう」

ラセットさんの質問に、僕も内心でどうしてだろうって思ってしまうけれど、僕を狙ってるってこと以外考えられなくてため息を吐き出しそうになった。

「……ロペス家の差し金だと思う」

馬車にはロペス家の紋様が描かれていて、それを見つめながら、今更僕になんの用なんだろうって苛立ちが募っていく。

ざっと周りを見渡して、武器を構えている男の人たちを見つめた。
こんな状況なのに頭の中はどんどんと冷静になってきていて、今は慌てたらダメだって自分に言い聞かせる。

「……ユンナ、武術の嗜みがあると聞いたけど」
「っ、はい。命を賭して全力でお守りします」
「ううん……君にお願いがあるんだ」
「リュカ、様?」

3人背中合わせになりながら、小さな声で2人に話しかける。

「ラセットさん、ユンナが逃げれる道を確保できるかな」
「……なんとかやってみます」
「リュカ様!?」
「ユンナ、なんとかアデルバード様にこのことを伝えて欲しい」
「……でもっ……」

渋るユンナの手をそっと握って、お願いって言うと、ユンナはわかりましたって不安げな表情で応えてくれた。
女の子のユンナを危険に晒す訳にもいかないし、なにかあったとき男手がある方が助かる場合もあるから。

「……アデルバード様にある言葉を伝えて欲しい」
「……はい」

僕は真っ直ぐに前を見据えながら、ユンナに言葉を託した。

「僕の一番星……そう伝えて欲しい」

きっとそれで、アデルバード様には伝わるはずだ。

「わかりました」

ユンナの言葉に、微笑みを浮かべて、ありがとうって伝える。彼女が駆け出したことでその笑みを引っ込めて前へと視線を戻した。

「リュカ様俺の後ろへ!」
「ラセットさんっ、ユンナを」
「わかってますよー!!」

僕を護りながらラセットさんがなんとかユンナの通る道を切り開いてくれる。
ユンナも男たちの反撃をギリギリの所で交わしながら少しずつ前へと進んでいた。

「……ラセットさんっ」
「っ、くそっ!!」

ユンナの背後から一人の男が襲いかかって、それをラセットさんがなんとか食い止めると、ユンナは男たちの波を切り抜けて全力で駆け出した。

それを数人の男達が追いかけるけれど、ユンナの背中はどんどんと遠くなって行って追いつけそうにもないことに安堵する。

「ラセットさん、ありがとう」
「リュカ様は逃げないんですか」
「君が怪我するよりは抵抗しない方がいいと思ってる」
「……俺は陛下に殺されますよ」
「……それは…きっと大丈夫だよ」

周りの男たちが僕たちをぐるっと囲って武器を突きつけてくる。
冷静に振舞っているけれど、本当は物凄く怖くて手が微かに震えているのが自分でもわかった。

「お前は逃げなくていいの?」

男たちと睨み合いをしていた僕達に馬車の中から声がかけられて、そちらに視線を向けると、見覚えのある人が出てきて思いっきり眉間に皺を寄せる。

「……アデレード兄さん、どうしてここに」
「久しぶりだねリュカ。ここまで来るのは大変だったんだよ?」

久しぶりに姿を見たアデレード兄さんは、昔の美しさの面影があまりなく、肌もボロボロでやつれてしまっている。服だけが綺麗なせいで逆にみすぼらしくさえ見えてしまう。

数ヶ月の間にどうしてこうも彼が変わってしまったのかわからないけれど、やはりロペス家の差し金だったのだと知って苛立ちが増した。

「今更なんの用?」
「お前にはやってもらわないといけないことがあるからね」
「……なに言ってるの」
「また、僕の変わりに嫁いでもらわないと。僕はあの忌まわしいクソ女のせいでジュダ様と契れなかった上に、領地まで没収されてどんどんお金もなくなっていくし大変なんだよ。だから、お前にはオールド家に嫁いでもらわないとね。そうしたら僕がお前の代わりに皇帝に嫁いであげる」
「……っ、そんなの僕が言うことをきくとでも?!!」
「聞くさあ。皆男を捕らえて」

アデレード兄さんの指示を聞いた男たちがラセットさんを複数人で取り押さえて地面へと跪かせた。僕が慌ててラセットさんに近づこうとすると、僕も抑えられて腕を後ろで組まされ動けなくなってしまった。

「リュカ様!」
「……ラセットさん…」

名前を呼びあっても、助けることもどうすることも出来なくて歯痒さが増すだけだ。

「ねえ、リュカ。あの男がどうなってもいいの?」

僕の目の前に来たアデレード兄さんが顔を覗き込んでくる。僕は悔しさで胸をいっぱいにさせながら、ついて行くよ…って答えるしかなかった。

「リュカ様っ!俺のことはいいからっ……」
「ラセットさん大丈夫だよ」

歯を食いしばって僕のことを辛そうに見ているラセットさんに、何度も大丈夫だと声に出して伝えてあげる。
彼が自分のせいだって思ってしまうことは嫌だった。

「それじゃあ、話し合いも済んだし行こうか」

無邪気な顔で微笑みながら言ったアデレード兄さんに寒気を覚えて、微かに体を震わせる。
それを見ていたアデレード兄さんが楽しげに微笑んだのが視界に入って、まるでロペス家にいる頃に戻ったみたいだと思った。
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