38 / 68
そんな時こそ
⑦
しおりを挟む
エレノアが心底怒った声で言っても、彼女はわからないって言うみたいに首を傾げるだけで、話を聞いてくれない。
男爵令嬢が公爵位の僕達にこんな風に気軽に声をかけること自体失礼なことなのに、エレノアと僕が嫌がらせをしてきたと事実無根なことを大勢の前で言いふらしている。
そんなこと普通ならしないだろうし、きっとなにも知らなかった頃の僕なら戸惑って焦って、どうしたらいいかわからなくなっていただろう。
けれど、今の僕は前の自分とは違う。
今更こんな言葉に傷ついたり、負けたりなんてしない。
今にも怒りに任せて彼女に文句を言いそうになっているエレノアの肩に手を置くと、守るように自分の後ろに移動させてやる。
ジュディと対峙しながら頭の中に思い浮かぶのはルート様に教えられたこと。
一度大きく深呼吸して、顔に薄く笑みを形作る。
こんなときこそ笑うんだ。
笑顔のままジュディを真っ直ぐに見据えた僕は、少し困った風なトーンで彼女に話しかけた。
「なにか誤解しているみたいだね。僕とエレノアは君に嫌がせをした覚えはないのだけれど」
僕の言葉にジュディが、嘘をつかないでって言ってくる。僕はその言葉にも、嘘ではないよってただ淡々と笑顔を貼り付けて答えた。
「そういえば、エレノア様は皇后候補にも名前が上がっていたとか。最近では、宮殿にあしげく通われていると聞きましたわ。もしかして、その方と仲良くしているのは陛下とお近付きになられるためでは?本当はその方にも嫉妬されておられるのでしょう」
何処からそんなことを聞いたのか、噂の内容をさも正しい事のように得意気に語る彼女に嫌悪感を抱いて眉を寄せそうになる。それを我慢して必死に笑顔を作り続けた。
ルート様からみっちりと叩き込まれた笑みは、そう簡単には崩れることはない。
「やはり誤解しているみたいだ。エレノアが宮殿に足を運ぶのは、義妹が可愛すぎて離れるのを寂しく思う僕が、無理を言って来て貰っているからなんだよ」
「……お義兄さま……」
僕の言葉にエレノアが表情を緩めて微笑んでくれる。僕も本当の微笑みで返して、またジュディに視線を戻す。
「嘘をつくなんてダメですわっ!皆様そう思うでしょう?私は被害者よ!」
彼女は迷惑そうにしている周りに同意を求めるように話しかけた。けれど、誰もそれに同意することはない。
それはそうだ。
公爵家と男爵家のどちらを敵に回すのが得策かなんて、天秤にかける必要すらない程にわかりきったことだから。
けれど、彼女はそれがわからない。
平民として育った彼女にはこの場所はきっと向かないのだと思う。
そのとき、騒ぎをかき消すように曲が流れ始めて、皆一様にパートナーと踊り始めた。
一気に僕たちの間にあった緊張感は飛散して、話を聞いてもらえず今にも泣き出しそうなジュディを置いてけぼりにして、周りは談笑したりダンスを楽しんだりし始める。
「エレノア、僕と踊って下さいますか?」
場の空気に乗るように、敢えて明るくそう言ってエレノアの前に手を差し出すと、彼女は一瞬ぽかんとした後にとても嬉しそうにキラキラと笑みを浮かべてくれた。
「もちろん!」
そして、僕の手に自分の手を重ねてくれた。
可愛らしい笑顔を見つめながら、やっぱりエレノアは笑っている方がいいって思う。
怒った顔や悲しい顔は似合わない。
今この瞬間、彼女のこの表情を守ることが出来たことにほっと胸をなで下ろした。
「とても楽しいわっ!お義兄様ったら、いつの間にダンスを習われたの?」
「とても厳しいけれど素敵な先生に教えて貰ったんだ」
ルート様からは笑顔とマナーの他に、ダンスも教えてもらった。知識は最後の2日ほどで軽いことだけ。
授業中はほとんどが、笑顔にダンスにマナー。
大変だったけれど、こうして無事にエレノアと踊れているのだから頑張ったかいはあったと思う。
帰ったらルート様にお礼を言わないと。
「ふふ、お義兄さまっ、大好きよっ!」
「僕も大好きだよ」
手をしっかりと握りしめて、リードしてあげる。
くるくると、花が咲いたみたいに笑いながら舞うエレノアは、本当に可憐で素敵な僕の自慢の義妹だ。
彼女と出会った日、この子を守れるくらい強くなりたいって願った。
それが今日少しだけ叶った気がする。
だから、僕はルート様に言われたように、心の中で自分のことを誇りに思った。
男爵令嬢が公爵位の僕達にこんな風に気軽に声をかけること自体失礼なことなのに、エレノアと僕が嫌がらせをしてきたと事実無根なことを大勢の前で言いふらしている。
そんなこと普通ならしないだろうし、きっとなにも知らなかった頃の僕なら戸惑って焦って、どうしたらいいかわからなくなっていただろう。
けれど、今の僕は前の自分とは違う。
今更こんな言葉に傷ついたり、負けたりなんてしない。
今にも怒りに任せて彼女に文句を言いそうになっているエレノアの肩に手を置くと、守るように自分の後ろに移動させてやる。
ジュディと対峙しながら頭の中に思い浮かぶのはルート様に教えられたこと。
一度大きく深呼吸して、顔に薄く笑みを形作る。
こんなときこそ笑うんだ。
笑顔のままジュディを真っ直ぐに見据えた僕は、少し困った風なトーンで彼女に話しかけた。
「なにか誤解しているみたいだね。僕とエレノアは君に嫌がせをした覚えはないのだけれど」
僕の言葉にジュディが、嘘をつかないでって言ってくる。僕はその言葉にも、嘘ではないよってただ淡々と笑顔を貼り付けて答えた。
「そういえば、エレノア様は皇后候補にも名前が上がっていたとか。最近では、宮殿にあしげく通われていると聞きましたわ。もしかして、その方と仲良くしているのは陛下とお近付きになられるためでは?本当はその方にも嫉妬されておられるのでしょう」
何処からそんなことを聞いたのか、噂の内容をさも正しい事のように得意気に語る彼女に嫌悪感を抱いて眉を寄せそうになる。それを我慢して必死に笑顔を作り続けた。
ルート様からみっちりと叩き込まれた笑みは、そう簡単には崩れることはない。
「やはり誤解しているみたいだ。エレノアが宮殿に足を運ぶのは、義妹が可愛すぎて離れるのを寂しく思う僕が、無理を言って来て貰っているからなんだよ」
「……お義兄さま……」
僕の言葉にエレノアが表情を緩めて微笑んでくれる。僕も本当の微笑みで返して、またジュディに視線を戻す。
「嘘をつくなんてダメですわっ!皆様そう思うでしょう?私は被害者よ!」
彼女は迷惑そうにしている周りに同意を求めるように話しかけた。けれど、誰もそれに同意することはない。
それはそうだ。
公爵家と男爵家のどちらを敵に回すのが得策かなんて、天秤にかける必要すらない程にわかりきったことだから。
けれど、彼女はそれがわからない。
平民として育った彼女にはこの場所はきっと向かないのだと思う。
そのとき、騒ぎをかき消すように曲が流れ始めて、皆一様にパートナーと踊り始めた。
一気に僕たちの間にあった緊張感は飛散して、話を聞いてもらえず今にも泣き出しそうなジュディを置いてけぼりにして、周りは談笑したりダンスを楽しんだりし始める。
「エレノア、僕と踊って下さいますか?」
場の空気に乗るように、敢えて明るくそう言ってエレノアの前に手を差し出すと、彼女は一瞬ぽかんとした後にとても嬉しそうにキラキラと笑みを浮かべてくれた。
「もちろん!」
そして、僕の手に自分の手を重ねてくれた。
可愛らしい笑顔を見つめながら、やっぱりエレノアは笑っている方がいいって思う。
怒った顔や悲しい顔は似合わない。
今この瞬間、彼女のこの表情を守ることが出来たことにほっと胸をなで下ろした。
「とても楽しいわっ!お義兄様ったら、いつの間にダンスを習われたの?」
「とても厳しいけれど素敵な先生に教えて貰ったんだ」
ルート様からは笑顔とマナーの他に、ダンスも教えてもらった。知識は最後の2日ほどで軽いことだけ。
授業中はほとんどが、笑顔にダンスにマナー。
大変だったけれど、こうして無事にエレノアと踊れているのだから頑張ったかいはあったと思う。
帰ったらルート様にお礼を言わないと。
「ふふ、お義兄さまっ、大好きよっ!」
「僕も大好きだよ」
手をしっかりと握りしめて、リードしてあげる。
くるくると、花が咲いたみたいに笑いながら舞うエレノアは、本当に可憐で素敵な僕の自慢の義妹だ。
彼女と出会った日、この子を守れるくらい強くなりたいって願った。
それが今日少しだけ叶った気がする。
だから、僕はルート様に言われたように、心の中で自分のことを誇りに思った。
169
お気に入りに追加
3,359
あなたにおすすめの小説
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
推しの為なら悪役令息になるのは大歓迎です!
こうらい ゆあ
BL
「モブレッド・アテウーマ、貴様との婚約を破棄する!」王太子の宣言で始まった待ちに待った断罪イベント!悪役令息であるモブレッドはこの日を心待ちにしていた。すべては推しである主人公ユレイユの幸せのため!推しの幸せを願い、日夜フラグを必死に回収していくモブレッド。ところが、予想外の展開が待っていて…?
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!
古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます!
7/15よりレンタル切り替えとなります。
紙書籍版もよろしくお願いします!
妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。
成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた!
これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。
「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」
「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」
「んもおおおっ!」
どうなる、俺の一人暮らし!
いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど!
※読み直しナッシング書き溜め。
※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。
出来損ないのオメガは貴公子アルファに愛され尽くす エデンの王子様
冬之ゆたんぽ
BL
旧題:エデンの王子様~ぼろぼろアルファを救ったら、貴公子に成長して求愛してくる~
二次性徴が始まり、オメガと判定されたら収容される、全寮制学園型施設『エデン』。そこで全校のオメガたちを虜にした〝王子様〟キャラクターであるレオンは、卒業後のダンスパーティーで至上のアルファに見初められる。「踊ってください、私の王子様」と言って跪くアルファに、レオンは全てを悟る。〝この美丈夫は立派な見た目と違い、王子様を求めるお姫様志望なのだ〟と。それが、初恋の女の子――誤認識であり実際は少年――の成長した姿だと知らずに。
■受けが誤解したまま進んでいきますが、攻めの中身は普通にアルファです。
■表情の薄い黒騎士アルファ(攻め)×ハンサム王子様オメガ(受け)
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました
楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。
ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。
喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。
「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」
契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。
エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

悪役令息上等です。悪の華は可憐に咲き誇る
竜鳴躍
BL
異性間でも子どもが産まれにくくなった世界。
子どもは魔法の力を借りて同性間でも産めるようになったため、性別に関係なく結婚するようになった世界。
ファーマ王国のアレン=ファーメット公爵令息は、白銀に近い髪に真っ赤な瞳、真っ白な肌を持つ。
神秘的で美しい姿に王子に見初められた彼は公爵家の長男でありながら唯一の王子の婚約者に選ばれてしまった。どこに行くにも欠かせない大きな日傘。日に焼けると爛れてしまいかねない皮膚。
公爵家は両親とも黒髪黒目であるが、彼一人が色が違う。
それは彼が全てアルビノだったからなのに、成長した教養のない王子は、アレンを魔女扱いした上、聖女らしき男爵令嬢に現を抜かして婚約破棄の上スラム街に追放してしまう。
だが、王子は知らない。
アレンにも王位継承権があることを。
従者を一人連れてスラムに行ったアレンは、イケメンでスパダリな従者に溺愛されながらスラムを改革していって……!?
*誤字報告ありがとうございます!
*カエサル=プレート 修正しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる