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そんな時こそ

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エレノアが心底怒った声で言っても、彼女はわからないって言うみたいに首を傾げるだけで、話を聞いてくれない。
男爵令嬢が公爵位の僕達にこんな風に気軽に声をかけること自体失礼なことなのに、エレノアと僕が嫌がらせをしてきたと事実無根なことを大勢の前で言いふらしている。

そんなこと普通ならしないだろうし、きっとなにも知らなかった頃の僕なら戸惑って焦って、どうしたらいいかわからなくなっていただろう。

けれど、今の僕は前の自分とは違う。
今更こんな言葉に傷ついたり、負けたりなんてしない。
今にも怒りに任せて彼女に文句を言いそうになっているエレノアの肩に手を置くと、守るように自分の後ろに移動させてやる。

ジュディと対峙しながら頭の中に思い浮かぶのはルート様に教えられたこと。
一度大きく深呼吸して、顔に薄く笑みを形作る。
こんなときこそ笑うんだ。

笑顔のままジュディを真っ直ぐに見据えた僕は、少し困った風なトーンで彼女に話しかけた。

「なにか誤解しているみたいだね。僕とエレノアは君に嫌がせをした覚えはないのだけれど」

僕の言葉にジュディが、嘘をつかないでって言ってくる。僕はその言葉にも、嘘ではないよってただ淡々と笑顔を貼り付けて答えた。

「そういえば、エレノア様は皇后候補にも名前が上がっていたとか。最近では、宮殿にあしげく通われていると聞きましたわ。もしかして、その方と仲良くしているのは陛下とお近付きになられるためでは?本当はその方にも嫉妬されておられるのでしょう」

何処からそんなことを聞いたのか、噂の内容をさも正しい事のように得意気に語る彼女に嫌悪感を抱いて眉を寄せそうになる。それを我慢して必死に笑顔を作り続けた。
ルート様からみっちりと叩き込まれた笑みは、そう簡単には崩れることはない。

「やはり誤解しているみたいだ。エレノアが宮殿に足を運ぶのは、義妹が可愛すぎて離れるのを寂しく思う僕が、無理を言って来て貰っているからなんだよ」
「……お義兄さま……」

僕の言葉にエレノアが表情を緩めて微笑んでくれる。僕も本当の微笑みで返して、またジュディに視線を戻す。

「嘘をつくなんてダメですわっ!皆様そう思うでしょう?私は被害者よ!」

彼女は迷惑そうにしている周りに同意を求めるように話しかけた。けれど、誰もそれに同意することはない。
それはそうだ。

公爵家と男爵家のどちらを敵に回すのが得策かなんて、天秤にかける必要すらない程にわかりきったことだから。
けれど、彼女はそれがわからない。
平民として育った彼女にはこの場所はきっと向かないのだと思う。

そのとき、騒ぎをかき消すように曲が流れ始めて、皆一様にパートナーと踊り始めた。
一気に僕たちの間にあった緊張感は飛散して、話を聞いてもらえず今にも泣き出しそうなジュディを置いてけぼりにして、周りは談笑したりダンスを楽しんだりし始める。

「エレノア、僕と踊って下さいますか?」

場の空気に乗るように、敢えて明るくそう言ってエレノアの前に手を差し出すと、彼女は一瞬ぽかんとした後にとても嬉しそうにキラキラと笑みを浮かべてくれた。

「もちろん!」

そして、僕の手に自分の手を重ねてくれた。
可愛らしい笑顔を見つめながら、やっぱりエレノアは笑っている方がいいって思う。
怒った顔や悲しい顔は似合わない。

今この瞬間、彼女のこの表情を守ることが出来たことにほっと胸をなで下ろした。

「とても楽しいわっ!お義兄様ったら、いつの間にダンスを習われたの?」
「とても厳しいけれど素敵な先生に教えて貰ったんだ」

ルート様からは笑顔とマナーの他に、ダンスも教えてもらった。知識は最後の2日ほどで軽いことだけ。
授業中はほとんどが、笑顔にダンスにマナー。
大変だったけれど、こうして無事にエレノアと踊れているのだから頑張ったかいはあったと思う。
帰ったらルート様にお礼を言わないと。

「ふふ、お義兄さまっ、大好きよっ!」
「僕も大好きだよ」

手をしっかりと握りしめて、リードしてあげる。
くるくると、花が咲いたみたいに笑いながら舞うエレノアは、本当に可憐で素敵な僕の自慢の義妹だ。

彼女と出会った日、この子を守れるくらい強くなりたいって願った。
それが今日少しだけ叶った気がする。
だから、僕はルート様に言われたように、心の中で自分のことを誇りに思った。

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