身代わりの花は甘やかに溶かされる

天宮叶

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まるでスポンジ

⑥〜アデルバード視点〜

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安心しきった様子で眠るリュカの髪を撫でてやる。先程の腕の傷を思い出し、つい顔が怒りで歪みそうになった。

リュカの前では、常に優しく慈悲深い皇帝陛下でありたいと思っているから、こんな顔を見られでもしたらそれが崩れてしまうかもしれない。
リュカの頬に1つキスを落とす。―起こさないように離れるとそのまま部屋を出て執務室へと向かった。

「ルートヴィッヒはいるか」
「此処に。フローレンス=ワトソンのことならこちらで処理しておきますが」

執務室で仕事をしていたルートヴィッヒが、言いたかったことを先回りして答える。

「彼女の父君が恩師だからこそ、信用してリュカを任せたのだがな」
「優秀とはいえ、彼女も人の子ということです」
「……それもそうだ」

ルートヴィッヒから調書を受け取って確認すると、フローレンス=ワトソンは自国愛が強すぎるのか、他国から来たリュカのことを受け入れられなかったと書かれてあった。資料をルートヴィッヒに返し、執務用の椅子に腰掛ける。

「どんな罰が妥当だと思う」
「解雇処分が妥当だと思いますが。宮殿から追い出されたとなれば、誰も彼女を雇いたがらないでしょうし」
「甘すぎるな」
「妥当です。これ以上厳しくすれば陛下の度量を疑われます。恋人を傷つけられたから罰を与えたと噂されたいですか」

お互いに厳しい視線を向け合いながら意見を交わす。数秒睨み合った末、小さく息を吐き出して、分かったと返した。

「お前だけだぞ。私にこんなにも意見してくるのは」
「怖いもの知らずですので」
「よくできた宰相だな。さて、そんなお前に頼みがある」
「お断りします」

まだなにも言っていないにも関わらず、内容が分かっているかのように即座に断りを入れてきたルートヴィッヒに苦笑いを向けてしまう。
目上の者にも物怖じしない態度が彼らしい部分でもあるのだとよく分かっているだけに、腹は立たない。

「まだなにも言っていないぞ」
「彼の教育係に私を、と言いたいのでしょう」
「理解っているなら話が早い。頼めるだろう?」
「ですから、お断りします。私は彼が皇后になれるとは思っておりませんし、貴方との婚姻も認めておりませんので」

はっきりと口にしたルートヴィッヒを数秒見つめてから、そうか、とだけ返事をする。私の返事が意外だったのか訝しげにこちらに視線を寄越してきた。
そんなルートヴィッヒに内心でほくそ笑みながら、引き出しに入れていた1冊の本を取り出すと手渡してやる。

「これはたしか、陛下がリュカ様に送ったものだったはずでは?」
「それは複製だ。中身は変わらないがな」

リュカに送った物と同じ星の図鑑の適当なページを開き、ルートヴィヒが眉間に皺を寄せ、怪訝な表情を浮かべた。それを頬杖を着きながら観察する。

「……これは、古代シュヴェエト語ですね。普通の人間がこれを読むとなると勉強しても数年はかかるのでは?何故こんなに難しい本を渡したのです」
「星の本がそれしかなくてな。そういえば、この間不思議なことがあってな」
「……なんですか」

ルートヴィッヒのはやく教えろと言いたげな表情が面白くて、つい微かに笑い声を漏らしてしまう。イラついたのかルートヴィッヒの眉間の皺が深くなった。

「この間、文字を少し読めるようになったからと、リュカが読み聞かせをしてくれてな。私は一般的な言語しか習わせていないつもりだったのだが、あの子はスラスラと古代語を読んでいた。ラナから、古代語についての本を持ち出して、独学で学んでいたと報告があった。だが、お前が言うには確かこれを読むには数年かかるのだったか?」
「……彼が優秀だと仰られたいのですか?」
「ああ、飲み込みが早い点で言えば天才だが、リュカは努力型だから秀才だな」
「そんなことを話して私が教育係を受け入れるとでも?」

口では否定しながらも、気になるのかルートヴィッヒはチラチラと星の図鑑に視線をやっては、本当に読んだのか?と小さく呟いている。
普段の冷静なルートヴィッヒからは考えられない姿に笑いを噛み殺しながら、会ってみればいいと声をかけてやった。

「会う前から否定するのは愚者と変わらないのではないか?会ってみればリュカのいい所が見えてくるはずだ。それに優秀な生徒を育ててみたいとは思わないか?」
「……一応言っておきますが私は厳しいですよ」
「鞭でたたくのか?それとも倒れるまで学ばせるか?」
「それこそ愚か者です」
「あの子を傷つけないのであれば嫌いだろうが好きだろうがかまわん。あの子といれば自然とお前の中でなにかが変わるはずだからな」
「……相当絆されてますね」
「絆されたのではない、狂わされたのだ」

天人ではないルートヴィッヒにはあまりピンと来ないのか、はぁ……?などと曖昧な返事を返してくる。それにまた笑みが零れた。
この男とこんなに笑って話をしたのは初めてかもしれないと気がついて、それにすらなんだか笑えてくる。

「ああ、そうだルートヴィッヒ、フローレンス=ワトソンはそのうち事故に遭うだろうな。腕を使えなくなるような事故に」
「………事故ならば仕方ないですね」

ルートヴィッヒはそれ以上はなにも言わずに、持っていた星の図鑑を卓に置いた。

「その本は持っていくといい。教材にでもしたらどうだ」
「必要ありません。それに、もしも使うとなれば彼に持ってこさせます」

教育係を承諾するような言葉にそうか、とだけ頷いて、笑いながら図鑑を引き出しの中に仕舞った。
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