身代わりの花は甘やかに溶かされる

天宮叶

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離したくない

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朝からいつもの日課でもある服選びをしていると、ラナが突然扉の方に向かってお辞儀をして、それに習って他のメイドさん達も次々にお辞儀をし始めた。

不思議に思って扉の方に顔を向けると、入口の縁に背を預けて立っているアデルバード様と目が合う。嬉しくて思わず顔が綻ぶ。

「会いたくなって早く来てしまった。服を選んでいるのかい」
「はいっ、いつも自分で選んでるんですけど、アデルバード様はどれがいいと思われますか?」
「そうだな、……1番好きな衣装はどれかな?」

1番好きな服って聞かれたら、やっぱり僕は、ここに来て初めて選んだ、あの銀地に金の刺繍の入った衣装が浮かんでくる。

僕には少し豪華すぎて、服に着られてるんじゃないかって不安になるけど、あれを着て歩くと元気を貰えるような、楽しくてふわふわした気分になれるから好き。

「これ、です」

僕が衣装を手に取ると、アデルバード様はしばらくの沈黙の後に耐えきれないみたいにじわじわと口角をあげて、それと同時に僕を服と一緒に力強く抱きしめてきた。

途端、香ってくる彼の匂いがいつもよりも濃く甘さを増しているように感じて、頭がすごくクラクラする。

「はぁ……俺は君から離れられそうにないな」

耳元で囁かれた言葉に微笑みを返しながら、離れないでって心の中で思った。

「僕も離れたくないです」

自分から彼の頬にキスをする。次の瞬間には恥ずかしくなって、驚いて固まってるアデルバード様からそっと離れた。

「さあ、固まっている陛下は従者の方に任せて着替えを致しましょう」

ラナがすごく冷静な声で話しかけてきて、他のメイドさん達もにこにこしながら衣装に合う装飾品等を用意し始める。そんな彼女たちとアデルバード様を交互に見ながら、今日も平和だなってつい思う。
前までは平和だと思う時間すらなかったから、こんな時間が大切で愛おしくて、ずっとずっと続けばいいのにって願った。

僕が使わせて貰っている部屋のソファーに、アデルバード様と二人で腰掛けていると、ふいに話があると言われて、首を傾げる。

「リュカは家族が欲しいとは思わないかい?」
「……家族?」
「ああ、私とも結婚して家族になるけれど、そうではなくて、リュカには両親や兄妹が必要じゃないかと思っているんだよ」

両親や、兄弟……。

浮かんだのは僕のことを嫌っていた公爵家の父やアデレード兄さん、義母の顔だった。
思わず自分の両肩を手で抱きしめて身震いする。
家族にはいい思い出がない…。
家族の必要性も、まったく理解できないんだ。
今の僕には離宮に居る皆が家族で、それじゃダメなんだろうか?

「家族を作らないとアデルバード様は困りますか?」

思わずそんな疑問が飛び出ていた。
もしも、彼が困ると言うなら僕は彼の言うとおりに家族を作ろうと思う……。
アデルバード様を困らせたくないって思うから。

「それは心配いらない。それよりもリュカの気持ちが大事だ」

肩にあった僕の手の片方をアデルバード様が両手で包み込んで、気持ちに寄り添うように微笑んでくれた。

いつもはアデルバード様の熱を感じれば不安なことも何処かに吹っ飛んでしまうのに、今は少ししか気持ちが晴れない。家族のことは僕にとってそれくらいトラウマみたいなものなんだって自覚した。

「……考える時間が欲しいです……」

弱々しくお願いすると、アデルバード様は分かったって返事をしてくれる。その優しさについ甘えて、問題を先延ばしにしてしまう。
それでも今は、家族について考えることが怖くて、公爵家のことを思い出してしまうと身体が震えてどうしようもなく辛いんだ。

いつか……いつかきっと、皆が僕のことを受け入れてくれる。血が繋がっているんだから、きっと諦めなければって何度も自分に言い聞かせては裏切られてきた日々。

それは僕に血の繋がりの無意味さを嫌という程に突き付けてきた。

家族ってなんなんだろう……。
愛ってなんだろう。
未だ、欠けてしまったパズルのピースを探すように、その疑問を持ち続けている。

「……アデルバード様は、僕のこと捨てないで……」

口から飛び出た本音はいとも簡単に彼に届いて、それを受け取ったアデルバード様がそっと抱きしめてくれた。安心させるように背を撫でられ、ただ寄り添ってくれる。

それが、今はなによりも僕の心を安心させてくれるんだ。

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