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離したくない
①
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離宮の中にあるサンルームで暖かな日差しに包まれながら、自分の膝の上に置かれたアデルバード様の顔を見つめていた。恥ずかしさから気を紛らわすように、美しい銀の髪をひたすら撫で続ける。
薔薇庭園で顔を合わせた日から、彼は一日と開けず僕に会いに離宮へと足を運んでくれていた。
サンルームの大きなソファーにゆったりと長い足を投げ出して、アデルバード様は僕の膝を枕替わりに仮眠を取っている。まだアデルバード様に触れられることに慣れなくて、体温と微かな重みにすらドキドキとしてしまう。心臓の音がバレてしまわないか不安で仕方ない。
固く閉ざされているせいで、美しい琥珀色の瞳が見えないことに少し寂しさを覚えてしまう。
こうして至近距離で顔を見て、初めて長いまつ毛まで美しい銀色だと分かる。本当に寸分の狂いもない程に整った顔はこうして眠っているととても美しい蝋人形のようだと思う。
そっと彼の頬に手を添えると、薄く形のいい唇に目が止まった。
この唇が僕に触れる度に、ドキドキは増していき心臓の痛みも連動するように強くなっていく。心がふわふわして、幸せな気持ちになるのに、なんだか深みに嵌っていくようで怖くもなることもある。この感情は一体なんなんだろう。
頬に添えていた手を動かして、唇を人差し指でそっとなぞってみた。
(吸い込まれてしまいそう……)
「ふっ、私を襲う気か?」
「へっ!?」
唇をなぞっていた手を掴まれて前のめりになると、アデルバード様の顔に自分の顔がぐっと近づいた。ばっちりと彼の金色の瞳と目が合って、一気に顔が赤くなる。
「お、起きておられたのですか…」
「あまりにも可愛いことをしてくるものだから目が覚めてしまった」
言いながら、軽く唇にキスをしてくるアデルバード様。体を起こすと僕を自分の方に引き寄せて頬にもキスをしてきた。
アデルバード様はキスが好きなんだと思う。
僕は恥ずかしくてどうしたらいいかわからなくなるのに、彼はそんな僕の反応を見るのも好きみたい。弄ばれているなってわかって、悔しい気持ちか湧く。でも、圧倒的に嬉しいと思う気持ちの方が大きいんだ。
「……恥ずかしいです」
「すぐ慣れる」
絶対慣れることなんてないと思う。なのに、アデルバード様はそんなことお構い無しに頭とか首とかに容赦なくキスの雨を降らせてくる。
「真っ赤だな。可愛い」
「……ん……っ……」
ねっとりと味わうように深くて甘いキスをされて、お互いの唾液を混じり合わせる。距離が近いせいかアデルバード様のいい匂いが僕を包み込むみたいに香って、その香りに誘われるように自分から彼に舌を差し出した。
アデルバード様が僕から顔を離すと、そっと覗き込むように視線を合わせてくる。
「そろそろ離宮から宮殿に移動してはどうだ?」
「…ぇ…」
アデルバード様に言われた言葉を頭の中で復唱して、思わず小さく声を漏らした。
ここに住むようになってどのくらい経っただろうか。1週間か、2週間くらい……。
その期間にこの離宮は僕の本当の家みたいに思えるようになっていて、移動という言葉に心の中で嫌だなって思ってしまう。
この場所は温かくて、ここに居る人たちは皆優しいし、今居るサンルームでこうしてゆったりとするのも好きなんだ。
だから、ここから離れるのは気が引ける。
「……その……」
「どうしたんだい?」
「本当に移動しないと行けませんか……」
アデルバード様の顔が見れなくてうつむきがちに尋ねると、微かに息を飲んだ音が聞こえてきた。
「……嫌なのかい?」
悲しそうな声に胸がズキリと痛む。
こんなこと聞かなきゃ良かったって後悔した。自分がいかに我儘なことを言っているかって気がついて反省する。
意見を言うなんて許されるわけないって、公爵家にいた頃から知っていたはずなのに、この場所で皆に優しくされるうちにそれを忘れてしまうところだった。
「嫌、じゃないです……僕も、移動したいって思ってました」
誰も僕の意見なんて聞いちゃいないんだ。どうだい、とか、どうかな、とかって言葉はただ同意を求める言葉であって、思っていることを尋ねているわけじゃないんだ。
公爵家を出るときにお父様に言われた言葉が脳裏を過ぎる。
意見なんてせずに、言うことを聞いておかないと……。そうしないと、嫌われてしまうかもしれない。
「リュカ、こっちを向いて」
そっとアデルバード様が僕の顔を自分の方に向かせると、嘘つきって笑って、むにって僕の頬を抓った。全然痛くも痒くもないのに、なぜだが彼の嘘つきって言葉と優しげな表情に涙が零れてきて、くしゃりと顔を歪めた。
「リュカがしたいようにしていいんだ。ここに居たいなら居てもいい。私が会いに来ればいい話だ。あぁ、それともいっそのことここに移り住んでしまおうか」
あやすように抱きしめられて、背中を撫でられると、苦しくて痛くて詰まっていた呼吸が正常に戻って行くような気がした。
どうして僕の気持ちがわかるんだろう。
どうしてアデルバード様はいつも僕にこんなに良くしてくれるんだろう。
「私はね、リュカのことを大切にしたいんだよ。どろどろに甘やかして君が笑う姿を見れるのが1番の幸せだ」
「……でもっ……我儘だって思われたら……」
嫌われたくなんてないよ……。
「逆に沢山我儘を言って欲しい」
言い聞かせるように、耳元で優しく言われて僕はそれに何度も頷いた。
ずっと、誰も僕の言葉なんて聞いてはくれなかった。だけどここでは我儘を言っていいんだ。
思わずアデルバード様の首元に額をくっつけて擦り寄り、ありがとうございますって泣きながらお礼を口にする。そしたらポンポンって僕の頭を優しく撫でてくれた。
薔薇庭園で顔を合わせた日から、彼は一日と開けず僕に会いに離宮へと足を運んでくれていた。
サンルームの大きなソファーにゆったりと長い足を投げ出して、アデルバード様は僕の膝を枕替わりに仮眠を取っている。まだアデルバード様に触れられることに慣れなくて、体温と微かな重みにすらドキドキとしてしまう。心臓の音がバレてしまわないか不安で仕方ない。
固く閉ざされているせいで、美しい琥珀色の瞳が見えないことに少し寂しさを覚えてしまう。
こうして至近距離で顔を見て、初めて長いまつ毛まで美しい銀色だと分かる。本当に寸分の狂いもない程に整った顔はこうして眠っているととても美しい蝋人形のようだと思う。
そっと彼の頬に手を添えると、薄く形のいい唇に目が止まった。
この唇が僕に触れる度に、ドキドキは増していき心臓の痛みも連動するように強くなっていく。心がふわふわして、幸せな気持ちになるのに、なんだか深みに嵌っていくようで怖くもなることもある。この感情は一体なんなんだろう。
頬に添えていた手を動かして、唇を人差し指でそっとなぞってみた。
(吸い込まれてしまいそう……)
「ふっ、私を襲う気か?」
「へっ!?」
唇をなぞっていた手を掴まれて前のめりになると、アデルバード様の顔に自分の顔がぐっと近づいた。ばっちりと彼の金色の瞳と目が合って、一気に顔が赤くなる。
「お、起きておられたのですか…」
「あまりにも可愛いことをしてくるものだから目が覚めてしまった」
言いながら、軽く唇にキスをしてくるアデルバード様。体を起こすと僕を自分の方に引き寄せて頬にもキスをしてきた。
アデルバード様はキスが好きなんだと思う。
僕は恥ずかしくてどうしたらいいかわからなくなるのに、彼はそんな僕の反応を見るのも好きみたい。弄ばれているなってわかって、悔しい気持ちか湧く。でも、圧倒的に嬉しいと思う気持ちの方が大きいんだ。
「……恥ずかしいです」
「すぐ慣れる」
絶対慣れることなんてないと思う。なのに、アデルバード様はそんなことお構い無しに頭とか首とかに容赦なくキスの雨を降らせてくる。
「真っ赤だな。可愛い」
「……ん……っ……」
ねっとりと味わうように深くて甘いキスをされて、お互いの唾液を混じり合わせる。距離が近いせいかアデルバード様のいい匂いが僕を包み込むみたいに香って、その香りに誘われるように自分から彼に舌を差し出した。
アデルバード様が僕から顔を離すと、そっと覗き込むように視線を合わせてくる。
「そろそろ離宮から宮殿に移動してはどうだ?」
「…ぇ…」
アデルバード様に言われた言葉を頭の中で復唱して、思わず小さく声を漏らした。
ここに住むようになってどのくらい経っただろうか。1週間か、2週間くらい……。
その期間にこの離宮は僕の本当の家みたいに思えるようになっていて、移動という言葉に心の中で嫌だなって思ってしまう。
この場所は温かくて、ここに居る人たちは皆優しいし、今居るサンルームでこうしてゆったりとするのも好きなんだ。
だから、ここから離れるのは気が引ける。
「……その……」
「どうしたんだい?」
「本当に移動しないと行けませんか……」
アデルバード様の顔が見れなくてうつむきがちに尋ねると、微かに息を飲んだ音が聞こえてきた。
「……嫌なのかい?」
悲しそうな声に胸がズキリと痛む。
こんなこと聞かなきゃ良かったって後悔した。自分がいかに我儘なことを言っているかって気がついて反省する。
意見を言うなんて許されるわけないって、公爵家にいた頃から知っていたはずなのに、この場所で皆に優しくされるうちにそれを忘れてしまうところだった。
「嫌、じゃないです……僕も、移動したいって思ってました」
誰も僕の意見なんて聞いちゃいないんだ。どうだい、とか、どうかな、とかって言葉はただ同意を求める言葉であって、思っていることを尋ねているわけじゃないんだ。
公爵家を出るときにお父様に言われた言葉が脳裏を過ぎる。
意見なんてせずに、言うことを聞いておかないと……。そうしないと、嫌われてしまうかもしれない。
「リュカ、こっちを向いて」
そっとアデルバード様が僕の顔を自分の方に向かせると、嘘つきって笑って、むにって僕の頬を抓った。全然痛くも痒くもないのに、なぜだが彼の嘘つきって言葉と優しげな表情に涙が零れてきて、くしゃりと顔を歪めた。
「リュカがしたいようにしていいんだ。ここに居たいなら居てもいい。私が会いに来ればいい話だ。あぁ、それともいっそのことここに移り住んでしまおうか」
あやすように抱きしめられて、背中を撫でられると、苦しくて痛くて詰まっていた呼吸が正常に戻って行くような気がした。
どうして僕の気持ちがわかるんだろう。
どうしてアデルバード様はいつも僕にこんなに良くしてくれるんだろう。
「私はね、リュカのことを大切にしたいんだよ。どろどろに甘やかして君が笑う姿を見れるのが1番の幸せだ」
「……でもっ……我儘だって思われたら……」
嫌われたくなんてないよ……。
「逆に沢山我儘を言って欲しい」
言い聞かせるように、耳元で優しく言われて僕はそれに何度も頷いた。
ずっと、誰も僕の言葉なんて聞いてはくれなかった。だけどここでは我儘を言っていいんだ。
思わずアデルバード様の首元に額をくっつけて擦り寄り、ありがとうございますって泣きながらお礼を口にする。そしたらポンポンって僕の頭を優しく撫でてくれた。
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