身代わりの花は甘やかに溶かされる

天宮叶

文字の大きさ
上 下
12 / 68
対面

しおりを挟む
自分のことを嫌っている人に好きになってもらうことの難しさと、そんな努力をすることの意味のなさ。それはあの広いようで狭い、監獄のような公爵家で学んだ唯一のことのようにも思えた。

僕の返答に彼は綺麗な形の眉を寄せて、悲しそうな、複雑な表情を浮かべた。
その表情を見て、やっぱり不味いことを言ってしまったと反省する。

「……ご、ごめんなさい……。皇帝陛下には言わないでください……どうせ、その内、ここから追い出されるから。それまでは……」
「……え……ここを出ていく気なのか?」
「……僕はそんなこと自分では決められません。ただ、皇帝陛下が、僕のことをお嫌いならそうなるかなって」

無理に笑顔を作って言えば、彼はやっぱり複雑そうな顔をして僕のことを見つめてくる。まるで、困り果ててどうしたらいいのか分からないって感じだ。
困らせてしまっただろうか……。

トパーズやアンバーを閉じ込めたかのように輝く彼の瞳を見つめ返して、ただじっとお互いに視線を絡め合う。

互いが互いの思いを探り当てるように、ひたすらに視線を交換して、ただ僕達は黙ったまま数秒、いや数分にも感じる長い時間見つめ合っていた。

「仮に皇帝陛下が君のことを嫌っていたとして、君は皇帝陛下のことが嫌いなのかな」

先に沈黙を破ったのは彼だった。
視線はそのままに、彼の口から紡がれた問に緩く首を横に振った。
会ったこともない皇帝陛下のことを嫌いになれるはずもなく、ましてや好きかと言われればそうは思わない。

けれど、皇帝陛下は僕を見たくないと突っぱねはしても、出て行けと寒空の下に追いやることはしなかった。

暖かな食事と寝床を与えてくれたし、優しい使用人の人達と出会うことも出来た。
素敵な薔薇の庭園でお菓子を食べて、上等な服を着ることを許してくれている。

だから、嫌いかと問われれば嫌いではない。
好きかと問われればやっぱりそれも違うと思う。
ただ、感謝していた。
恩は一生かかっても返せないだろうと思う程には、本当にただひたすら感謝の念しかなかった。

「嫌いでも、好きでもないです……ただ、感謝の意を伝えたいとは思います。こんな僕を今生かしてくれていることに本当になんとお礼を言っていいかも分からない程に感謝しています」
「そうか」

彼は僕の言葉を聞いて、ただ微笑んだだけだった。
笑顔の彼に僕も微かに微笑み返すと、しばらくなにか考える素振りをした後に、彼は少しだけ椅子ごと僕の方に体を寄せてきた。

そして、なにを思ったのか、彼は突然僕の腰あたりを掴むと座っている自分の膝に僕を持ち上げて座らせた。

驚きすぎて固まる僕のお腹辺りに彼が手を回してきて固定されると、至近距離で感じるいい匂いに鼓動がありえないくらい早鐘を打つ。

「鼓動が早いね」
「……そ、それは貴方が突然こんなことをするからっ……」

耳元で囁かれると、恥ずかしくて涙もどこかに吹っ飛んでしまう。
慌てる僕を見て彼が笑って、そのせいで更に顔を赤くしてしまう。どうしてこんなことになっているのかも分からず、助けを求めるように周りを見たけれど、先程皆席を外しなのだと思い出し、助けてくれる人がいなくなったことに絶望した。

「ほら、暴れたら危ない」
「……な、なら離してください…」
「嫌いじゃないならかまわないだろう」
「……それは皇帝陛下のことでっ……え……?」

言われた言葉に、思考が停止して身体が固まる。
そういえば皆なんでなにも言わないんだろう。
僕は一応皇帝陛下の花嫁としてここに居るのに…。

彼が僕に触れても、誰もなにも言ってこなかったことに首を傾げる。それから、自分の着ている銀の生地に金刺繍の入った服を視界に入れてから、ラナが言っていた言葉を思い出した。
確か皇帝陛下も彼と同じ銀と金の色を持っているって……。

そこまで考えて、背後でくつくつと喉を鳴らして笑っている彼の方に無理矢理顔を向けた。

「……皇帝陛下…?」
「あぁ、私が君を嫌っていることになっている皇帝陛下だ」

楽しげに口角を上げて彼が僕を見ながら答えた。
彼の言葉にサーっと血の気が引いていく。慌ててなんとか彼の膝の上から逃げ出そうと必死に抵抗を始める。皇帝陛下の膝の上に座っているなんて、恐れ多すぎて命がいくつあっても足りない気がしたんだ。

「……まるで懐かない猫のようだな」

先程よりも荒い言葉遣いで彼が囁いて、ひょいっと持ち上げられた僕は対面する形でまた彼の膝の上に乗せられた。至近距離に彼の綺麗な顔があって、そのせいなのかどんどんとまた身体中が熱くなってくる。

「そんなに匂いをばらまいて悪い子だ」
「な、なんのことか分からない、です」

頬にキスを落とされて、ぎゅっと目を閉じると、次はこめかみにキスをされた。目を閉じているせいでダイレクトに感じる唇の感触に、わけも分からないままぐるぐると目が回る感覚を味わう。
自分を嫌っているはずの皇帝陛下が今まさに目の前にいて、僕を膝に乗せて顔や首の至る所にキスをしてくる現状に僕の頭の中は軽くパニックを起こしかけていた。

「嫌ってなどいない」
「……え……、っん、」

彼の言葉に思わず目を開けると、突然顎を掴まれて彼が僕の唇に自分のそれを押し当ててきた。優しく食むように下唇を甘噛みされて、ちゅっとわざとなのか音を鳴らしながら彼の唇が僕から離れていく。
なにが起こったのかも分からずに惚けたまま彼の顔を凝視すると、彼は困ったように小さく笑って頬に片手を添えてきた。

「君のことをアデレードだと思っていたからアデレード=ロペスに婚姻を申し込んだんだ」
「……それはつまり……僕と結婚したかったってこと、ですか?」
「そうだ」

まっすぐ射抜くように見つめられながら言われた言葉に胸が大きく鳴った。
本当に?
信じられなくて、もう一度尋ねたいのに、唇が震えて上手く声は出てこない。

「君が目覚めたと聞いて離宮まで足を運んだら、ここにいると言われて駆けつけた。そしたら、泣いているから何事かと思ったよ」

優しく頬を撫でられて、気持ちよさに目を細める。甘えたくなって、つい彼の手に擦り寄ってしまう。
それに応えるようにまた撫でられて、なんだか胸がいっぱいになり、止まったはずの涙がまた1つ流れ落ちた。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

推しの為なら悪役令息になるのは大歓迎です!

こうらい ゆあ
BL
「モブレッド・アテウーマ、貴様との婚約を破棄する!」王太子の宣言で始まった待ちに待った断罪イベント!悪役令息であるモブレッドはこの日を心待ちにしていた。すべては推しである主人公ユレイユの幸せのため!推しの幸せを願い、日夜フラグを必死に回収していくモブレッド。ところが、予想外の展開が待っていて…?

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

出来損ないのオメガは貴公子アルファに愛され尽くす エデンの王子様

冬之ゆたんぽ
BL
旧題:エデンの王子様~ぼろぼろアルファを救ったら、貴公子に成長して求愛してくる~ 二次性徴が始まり、オメガと判定されたら収容される、全寮制学園型施設『エデン』。そこで全校のオメガたちを虜にした〝王子様〟キャラクターであるレオンは、卒業後のダンスパーティーで至上のアルファに見初められる。「踊ってください、私の王子様」と言って跪くアルファに、レオンは全てを悟る。〝この美丈夫は立派な見た目と違い、王子様を求めるお姫様志望なのだ〟と。それが、初恋の女の子――誤認識であり実際は少年――の成長した姿だと知らずに。 ■受けが誤解したまま進んでいきますが、攻めの中身は普通にアルファです。 ■表情の薄い黒騎士アルファ(攻め)×ハンサム王子様オメガ(受け)

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

悪役令息上等です。悪の華は可憐に咲き誇る

竜鳴躍
BL
異性間でも子どもが産まれにくくなった世界。 子どもは魔法の力を借りて同性間でも産めるようになったため、性別に関係なく結婚するようになった世界。 ファーマ王国のアレン=ファーメット公爵令息は、白銀に近い髪に真っ赤な瞳、真っ白な肌を持つ。 神秘的で美しい姿に王子に見初められた彼は公爵家の長男でありながら唯一の王子の婚約者に選ばれてしまった。どこに行くにも欠かせない大きな日傘。日に焼けると爛れてしまいかねない皮膚。 公爵家は両親とも黒髪黒目であるが、彼一人が色が違う。 それは彼が全てアルビノだったからなのに、成長した教養のない王子は、アレンを魔女扱いした上、聖女らしき男爵令嬢に現を抜かして婚約破棄の上スラム街に追放してしまう。 だが、王子は知らない。 アレンにも王位継承権があることを。 従者を一人連れてスラムに行ったアレンは、イケメンでスパダリな従者に溺愛されながらスラムを改革していって……!? *誤字報告ありがとうございます! *カエサル=プレート 修正しました。

処理中です...