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対面
①
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約束通り、今日は薔薇庭園へとラナが案内してくれた。護衛騎士のラセットさんも一緒だ。
少し歩くからフリルが少なめの動きやすい服装に着替えさせられている。
メイドのシシィとユンナは僕の着せ替えをするのが好きみたい。特にシシィは、幼い弟と妹がいるから、お世話好きなんだって教えてもらった。でも、今日も着替えのときにどの服を着せるかで揉めていて結局、僕が選ぶことになった。
今日も銀色に金刺繍の入った衣装を選んでしまって、みんなに微笑ましい目で見られてしまって、少し恥ずかしい。
襟に細やかな蔓の刺繍の施された銀色のジャケットを、シャツの上から羽織って下は歩きやすいようにショート丈の同色のパンツと膝下までのソックスとブーツを履いている。
ここに来てからずっと、美味しい食事や温かくて美しい衣装を与えてもらっていることに申し訳なさを感じていた。自分なんかにっていう勿体なさも相まって、なんだか後ろめたいような気持ちになるけれど、それを口にするとラナに自信を持ってと怒られてしまうから言わないように気をつけている。
「綺麗だねっ」
薔薇庭園の中はどこもかしこも色とりどりの大輪の薔薇が咲き誇っていてとても綺麗だ。
公爵家にも薔薇はあったけれど、ここまで見事な物は見たことがなくてとても驚いている。
「リュカ様こちらをどうぞ」
ラセットさんが何束か薔薇を摘んで手渡してくれる。
それを受け取ると、ふわりと漂う花の香りを確かめてみた。
「柔らかくていい香り……それに本当に綺麗だ」
定番の赤からピンク、白、薄い緑色の物まであって、こうして花束にするととても豪華で美しい。
「部屋に飾ってもいいかな?」
ラナに尋ねると、頷いてくれて花束を潰さないように優しく受け取ってから、他のメイドさんに生けるように指示してくれた。
「あちらにガゼボがありますから、そちらで休憩に致しましょう。甘いお茶菓子を用意しております」
「………いいの?」
「ええ、もちろですよ。リュカ様はまだ病み上がりなのですから休憩も取らなければ体が持ちませんよ」
「……うんっ」
ガゼボまで来ると、備え付けの椅子に腰掛けて、目を輝かせる。
テーブルには既に美味しそうな香りのするお菓子が用意してあって、ラナが紅茶を入れて目の前に置いてくれた。
贅沢に砂糖でコーティングされた茶菓子は太陽の光を浴びてキラキラと輝いていて、食べるのが勿体ないくらい可愛くて綺麗だ。
まるで宝石みたいだなって思ったら、中々手が出せない。
こんなに素敵なものを僕なんかが口に入れていいのかな……。
「お気に召しませんでしたか?それともお加減でも悪いのですか?」
なかなか手を付けようとしない僕に、ラナが心配そうに声をかけてくれる。慌てて首を振って違うと答えた。
「では、どうされたのですか?」
「……僕なんかが食べていいのか分からなくて……」
つい本音を打ち明けると、ラナは大きく目を見開いて眉を寄せたまま黙り込んでしまった。
まるでなんと声をかけていいのか迷っているみたいにも見える。
「……こんなこと言ってごめんなさい……。あの、頂きます……」
そっと、ルビィのように美しい光沢のあるジャムが乗ったクッキーを手に取って口に入れた。
ゆっくりと味わうように口を動かして、数秒後それを飲み込む。今まで味わう機会のなかった砂糖のたっぷりと使われたお菓子はとても美味しいはずなのに、なぜだか甘すぎて僕には耐えられないと思ってしまう。
ぽろりと涙がこぼれて、昨日から泣いてばかりだと自分を叱責する。
こんなに泣き虫じゃなかったはずなのに…。
甘く口の中でほろりと崩れるクッキーを、泣きながら食べる僕の背中をラナが心配してさすってくれる。
「無理をして食べてはいけません。食べたくなければ申し付けて頂いて構いませんよ」
「ちがうっ……美味しくて……僕……っ、こんなに幸せを沢山もらっていいのかなって……こんなに甘やかされていいのかなって思って……だって僕は……嘘をついてここにいるのに……っ」
「リュカ様……」
ラナがハンカチで僕の涙を拭いてくれるけど、涙は一向に止まってくれない。
地獄から急に天国へと行ったような、激しい環境の変化に心が追いつけていないように感じた。
ずっと孤独だったと思う。
母親の顔さえ知らず、血の繋がった家族にすら虐げられていた僕は、きっと、ずっとこのまま孤独だと思っていた。
アデレード兄さんの身代わりとして公爵家を出るときに、シュヴェエトに行ったとしてもなにも変わらないと期待すらしていなかったんだ。
実際に皇帝陛下には嫌われてしまっているし、僕だって嘘をついてこの国に来たのだからそれが当たり前の反応だって納得している。
それなのに、ラナや他のメイドさん達、ラセットさんや料理長、たったほんの少しの間に沢山の人が僕を温かく迎え入れてくれたから、一人で生きていくと覚悟していた心が揺らいでしまった。
「……ラナっ、僕は……怖い……」
お菓子を持つ手が震えて、ラナがそっと手からクッキーを受け取り皿に置いてくれた。
「なにが怖いのですか?」
「……っ、皆が優しくしてくれるから……もしも嫌われてしまったらどうしようって怖いんだ……」
「心配しなくても誰もリュカ様を嫌ったりなどしません」
「でもっ……皇帝陛下は僕のこと嫌ってる……だからそのうちここを出てどこか遠くに行かないと行けなくなるかもしれないでしょ……」
「それは……」
顔をぐちゃぐちゃにして半ば悲鳴のように言葉を吐き出せば、その言葉に自分自身が深く傷ついて苦しくなった。
ただ、誰かに愛して欲しいと願っていた。
夜空の星のようにキラキラと光り輝いて、誰かの一番星になれたならどんなに素敵なことだろうって思っていたんだ。
寝ていた期間も含めて4日と少しをこの離宮で過ごすうちに、皆にもっと好かれたいって欲が出た。けれど、このぬるま湯のように心地のいい場所が与えてくれる全ては、本当はアデレード兄さんが貰うはずだったもので、いつかそれら全て僕の手からこぼれ落ちてしまうような気がする。
それがこんなにも辛いと思ってしまう。
こんなことなら、最初からなにも要らないと突っぱねてしまえばよかったんだ。
「なんの騒ぎだ?」
苦しくて苦しくて、窒息してしまいそうな僕の心の中にふと、甘くて柔らかな風が吹いた気がした。
聞き覚えのある声が耳に届いて、僕はゆっくりと濡れた瞳を声のした方へと向けたんだ。
風に揺れる、銀糸を溶かしたような美しい髪と金色の瞳が目に止まった。
少し歩くからフリルが少なめの動きやすい服装に着替えさせられている。
メイドのシシィとユンナは僕の着せ替えをするのが好きみたい。特にシシィは、幼い弟と妹がいるから、お世話好きなんだって教えてもらった。でも、今日も着替えのときにどの服を着せるかで揉めていて結局、僕が選ぶことになった。
今日も銀色に金刺繍の入った衣装を選んでしまって、みんなに微笑ましい目で見られてしまって、少し恥ずかしい。
襟に細やかな蔓の刺繍の施された銀色のジャケットを、シャツの上から羽織って下は歩きやすいようにショート丈の同色のパンツと膝下までのソックスとブーツを履いている。
ここに来てからずっと、美味しい食事や温かくて美しい衣装を与えてもらっていることに申し訳なさを感じていた。自分なんかにっていう勿体なさも相まって、なんだか後ろめたいような気持ちになるけれど、それを口にするとラナに自信を持ってと怒られてしまうから言わないように気をつけている。
「綺麗だねっ」
薔薇庭園の中はどこもかしこも色とりどりの大輪の薔薇が咲き誇っていてとても綺麗だ。
公爵家にも薔薇はあったけれど、ここまで見事な物は見たことがなくてとても驚いている。
「リュカ様こちらをどうぞ」
ラセットさんが何束か薔薇を摘んで手渡してくれる。
それを受け取ると、ふわりと漂う花の香りを確かめてみた。
「柔らかくていい香り……それに本当に綺麗だ」
定番の赤からピンク、白、薄い緑色の物まであって、こうして花束にするととても豪華で美しい。
「部屋に飾ってもいいかな?」
ラナに尋ねると、頷いてくれて花束を潰さないように優しく受け取ってから、他のメイドさんに生けるように指示してくれた。
「あちらにガゼボがありますから、そちらで休憩に致しましょう。甘いお茶菓子を用意しております」
「………いいの?」
「ええ、もちろですよ。リュカ様はまだ病み上がりなのですから休憩も取らなければ体が持ちませんよ」
「……うんっ」
ガゼボまで来ると、備え付けの椅子に腰掛けて、目を輝かせる。
テーブルには既に美味しそうな香りのするお菓子が用意してあって、ラナが紅茶を入れて目の前に置いてくれた。
贅沢に砂糖でコーティングされた茶菓子は太陽の光を浴びてキラキラと輝いていて、食べるのが勿体ないくらい可愛くて綺麗だ。
まるで宝石みたいだなって思ったら、中々手が出せない。
こんなに素敵なものを僕なんかが口に入れていいのかな……。
「お気に召しませんでしたか?それともお加減でも悪いのですか?」
なかなか手を付けようとしない僕に、ラナが心配そうに声をかけてくれる。慌てて首を振って違うと答えた。
「では、どうされたのですか?」
「……僕なんかが食べていいのか分からなくて……」
つい本音を打ち明けると、ラナは大きく目を見開いて眉を寄せたまま黙り込んでしまった。
まるでなんと声をかけていいのか迷っているみたいにも見える。
「……こんなこと言ってごめんなさい……。あの、頂きます……」
そっと、ルビィのように美しい光沢のあるジャムが乗ったクッキーを手に取って口に入れた。
ゆっくりと味わうように口を動かして、数秒後それを飲み込む。今まで味わう機会のなかった砂糖のたっぷりと使われたお菓子はとても美味しいはずなのに、なぜだか甘すぎて僕には耐えられないと思ってしまう。
ぽろりと涙がこぼれて、昨日から泣いてばかりだと自分を叱責する。
こんなに泣き虫じゃなかったはずなのに…。
甘く口の中でほろりと崩れるクッキーを、泣きながら食べる僕の背中をラナが心配してさすってくれる。
「無理をして食べてはいけません。食べたくなければ申し付けて頂いて構いませんよ」
「ちがうっ……美味しくて……僕……っ、こんなに幸せを沢山もらっていいのかなって……こんなに甘やかされていいのかなって思って……だって僕は……嘘をついてここにいるのに……っ」
「リュカ様……」
ラナがハンカチで僕の涙を拭いてくれるけど、涙は一向に止まってくれない。
地獄から急に天国へと行ったような、激しい環境の変化に心が追いつけていないように感じた。
ずっと孤独だったと思う。
母親の顔さえ知らず、血の繋がった家族にすら虐げられていた僕は、きっと、ずっとこのまま孤独だと思っていた。
アデレード兄さんの身代わりとして公爵家を出るときに、シュヴェエトに行ったとしてもなにも変わらないと期待すらしていなかったんだ。
実際に皇帝陛下には嫌われてしまっているし、僕だって嘘をついてこの国に来たのだからそれが当たり前の反応だって納得している。
それなのに、ラナや他のメイドさん達、ラセットさんや料理長、たったほんの少しの間に沢山の人が僕を温かく迎え入れてくれたから、一人で生きていくと覚悟していた心が揺らいでしまった。
「……ラナっ、僕は……怖い……」
お菓子を持つ手が震えて、ラナがそっと手からクッキーを受け取り皿に置いてくれた。
「なにが怖いのですか?」
「……っ、皆が優しくしてくれるから……もしも嫌われてしまったらどうしようって怖いんだ……」
「心配しなくても誰もリュカ様を嫌ったりなどしません」
「でもっ……皇帝陛下は僕のこと嫌ってる……だからそのうちここを出てどこか遠くに行かないと行けなくなるかもしれないでしょ……」
「それは……」
顔をぐちゃぐちゃにして半ば悲鳴のように言葉を吐き出せば、その言葉に自分自身が深く傷ついて苦しくなった。
ただ、誰かに愛して欲しいと願っていた。
夜空の星のようにキラキラと光り輝いて、誰かの一番星になれたならどんなに素敵なことだろうって思っていたんだ。
寝ていた期間も含めて4日と少しをこの離宮で過ごすうちに、皆にもっと好かれたいって欲が出た。けれど、このぬるま湯のように心地のいい場所が与えてくれる全ては、本当はアデレード兄さんが貰うはずだったもので、いつかそれら全て僕の手からこぼれ落ちてしまうような気がする。
それがこんなにも辛いと思ってしまう。
こんなことなら、最初からなにも要らないと突っぱねてしまえばよかったんだ。
「なんの騒ぎだ?」
苦しくて苦しくて、窒息してしまいそうな僕の心の中にふと、甘くて柔らかな風が吹いた気がした。
聞き覚えのある声が耳に届いて、僕はゆっくりと濡れた瞳を声のした方へと向けたんだ。
風に揺れる、銀糸を溶かしたような美しい髪と金色の瞳が目に止まった。
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