身代わりの花は甘やかに溶かされる

天宮叶

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隣国と離宮

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人生で初めて着る豪華な衣装に美しい装飾品。それらを身にまとった自分は、身体を丹念に洗われ、無造作に伸ばされていた長髪も整えられているおかげか、いつもよりも幾分マシな見た目になっていた。
それもこれも全て、僕を身代わりとして隣国に嫁がせるためなのだ。

こんな風に着飾ってみたいと思ったことは何度もあったけれど、いざそうしてみたところで全く喜ぶことは出来ない。

「……それでは……行ってまいります」
「いいか、せいぜい口を閉じてあちらの言うことを聞いておくことだ。そうすればお前のような出来損ないの花人でも夜伽の相手くらいにはしてくださるかもしれないからな」
「っ……はい……お父様」

父の言葉に怒りを覚えたけれど、唇をかみ締めて耐える。
アデレード兄さんの為に、隣国から寄越された豪華な馬車に乗るよう促されて、戸惑いながら乗り込んだ。

しきたりで、嫁ぐまでは顔を布で覆い他人に見せないことを定められているおかげか、誰も僕が天使の落とし子と呼ばれる程に美しいアデレード兄さんと入れ替わっているとは気づいていない。
窓から外を覗くと、屋敷から出たことのない僕には眩しいくらいの鮮やかな街並みが目に飛び込んできた。

行き交う人々の笑い声や息遣い。
僕の乗った馬車を物珍しそうに見つめる人々。
買い物をしている小さな子供に商人の活気のある声。
どれも目新しく、生きる活力のようなものを与えてくれる気がした。

途中何度もそういった街や村を通過して、隣国であるシュヴェエトに着いたのは2週間以上も経った頃だった。

シュヴィエトに着くと、気が抜けたのか、それとも長時間馬車に揺られて疲れてしまったのか、なんだか気分が悪く頭もクラクラとしてくる。
護衛騎士の方に水を貰おうと立ち上がろうとした時、ガクリと足の力が抜けて僕はその場に倒れてしまった。


***


なにか温かな物に触れられる感触とふわりと漂ってきた優しい香りに目を開けると、メイド服を着た女性が僕の腕をお湯で湿らせた布で拭いているのが目に入った。

「……あ……僕……ここは?」
「お目覚めですか。此処は城内にある離宮でございます」
「………城内?……そうだっ、僕倒れて、……っ皇帝陛下に挨拶を……!」

そこまで思い出して、自分の顔に布がないことに気がついた。思わず近くにあったシーツを手に取って顔を隠そうとしたら、女性から心配しなくてもいいと声をかけられて、手を止めた。

「……それはどういう意味ですか……」
「貴方様がアデレード=ロペス様の替え玉として送られてきたことは既に皇帝陛下はご存知ですから。騎士の一人がアデレード様のお顔を見たことがあったようなのです」
「……え……そんな……じゃあ、婚姻は……それに僕はどうなるのですか」
「婚姻は先延ばしになりました。貴方様の処遇は皇帝陛下の一存ですから私からはなんとも……」

困ったように目を伏せる彼女を見つめながら、足元がグラグラと揺れるような感覚を味わう。離宮にいるということは暗に皇帝陛下は僕に会いたくないと言っているということに他ならない。

それはそうだ。求婚した相手が全くの別人と入れ替わっていたのだから受け入れられるわけがない。

「……僕、これからどうしたら……」
「ひとまずはこの離宮が貴方様のお住いになります。私とあと数人、仕える者も居りますのでご不便はないかと」
「あ、あの……僕はここに来てどのくらい経ちますか」
「3日程かと」

3日……。
熱を出して寝込んでいた間にそんなにも時間が経っていたなんて……。
皇帝陛下に挨拶すら出来ず、身代わりだと早々にバレてしまった。

ずっと公爵家で奴隷の様な生活をしていたせいか、僕は文字を書くことが出来ないし、本を読むことも出来ない。だから、この国がどんな所で、どんな人が皇帝陛下なのかすらもわからない状態だ。
まるでずっとなんの目印もなく透明な道を進んでいるような感覚。

1歩踏み外せば下に落ちてしまうような、不安定で脆い、首の皮一枚すら繋がっていない状態のよう。

「……あの、使用人とか、そういう人たちは僕には必要ありません。出来れば毎日、粥を1杯。……いえっ、水1杯でいいので飲ませて頂ければそれで構いませんから………。あと、それから井戸の場所を教えて頂ければ自分で水も汲みますし、身体もそこで洗います。ご迷惑はおかけしませんから!」
「なにを……」
「掃除とか、雑用とかなんでもします……。皇帝陛下がお許しになるのならすぐに出ていきますから……どうか……どうかっ……皆さんを騙した僕を許してくださいっ」

平伏する勢いで頭を下げると、女性が慌てて、顔を上げるように言ってきた。
けれど頑なに頭を上げずに、ごめんなさいと何度も言い続ける。

頬から伝う涙はなにに対してなのだろう。
人を騙した罪悪感からか。
いよいよ頼れる人間の居なくなった自分へなのか。
あの家族から離れられたことに対してなのか。
とにかく心の中はぐちゃぐちゃで、どうしていいかも分からないままひたすら謝り続ける。

困り果てた彼女は、頭を上げさせることは諦めたのか、目の前に跪いて、下から僕の目をしっかりと見つめながら固く握られた手に自分の手をそっと添えてきた。

「怖がらないで。この国の皇帝陛下は悪い方ではないわ。事情を話せば分かってくれるはず。それに、貴方は替え玉とはいえ皇帝陛下の花嫁としてここに来たのだから、もっと堂々としていなくては駄目」

優しく諭すように、けれど少しの叱咤も織り交ぜたその言葉にまたボロボロと涙を流した。
自分を気遣ってくれるような優しい言葉を貰ったことがない僕には、その言葉はとても暖かい魔法の言葉のように感じられて、ただひたすらに有難いと思ったんだ。

「…あり、がとうっ…」
「いいんですよ。ほら泣かないでください。涙を拭いたら着替えをして、食事にしましょう。ずっと何も食べていなかったからお腹が空いていますよね?」
「…うんっ、うん、」

優しく涙を拭われて、その優しさに心の底から感謝した。
こんな来たばかりの余所者を、しかも皇帝陛下を騙そうとした僕にこんなに親切にしてくれることが有難くて、凄く申し訳なく感じた。
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