身代わりの花は甘やかに溶かされる

天宮叶

文字の大きさ
上 下
5 / 68
身代わりの花

しおりを挟む
僕は目の前の彼の足元を見つめながら、震える自分の体に手を添えた。
なぜだか酷くこの人のことが怖く感じるんだ。
いや……怖いとは少し違うかもしれない。この人の金色の瞳と目を合わせると、身体の奥が疼くような不思議な感覚に陥ってしまって、自分が自分では無くなる気がする。

それが僕に不安を与えてくるんだ。

「僕は……星が好きです……。あんな風に輝ける人間になりたい……」
「そうなんだね。けれど、そんなに震えていては折角の君の輝きも失われてしまうよ」

彼はそう言って僕肩に優しく手を置いてきた。
その時ピリッとした感覚がして、それに反応して顔を上げる。先程とは何処か違う優しげな色を宿した瞳と目が合った。
ドキリと胸の鼓動が一際大きく波打つ。

「名前を教えて欲しいな」
「…ぼ、僕は……」

自分の名前を言おうとして、戸惑う。
どうしてだか自分の名前を彼に知られることが酷く恥ずかしく思えたんだ。
こんなみすぼらしい格好で、震えている姿を彼に覚えられることが悲しく思えて、僕は嘘をついた。

「……アデレード……アデレード=ロペス……です」
「……君がロペス公爵家の一人息子?確か花人の……」

1人息子という言葉に胸が痛んだけれど、それには気付かないふりをして頷いた。

「そうか君が……。私は今、この屋敷に来たばかりなのだけれど迷ってしまってね。今日は君に会いに来たんだよ」
「……僕に?」

つまり彼はアデレード兄さんに会いに来たということだろうか?
本日のパーティーは兄さんの婚約者を探すためのものでもあると、お父様達が話していたのを思い出した。

だから彼は僕に会いに来たと言ったのだろうか……。

今の僕は美しい兄さんとは比べ物にならないほどに汚らしいけれど、衣装だけは兄さんのお下がりだからそれなりに見えるのかもしれない。だから、今この瞬間だけは僕がアデレードではないとバレることはない気がした。

「私はそろそろ帰らなければならない。君にも会えたことだし、従者が探しているかもしれないからね」
「……お気を、付けて」
「ありがとう」

微笑みを返されて胸が高鳴る。
先程の作られた笑みではなくて、慈しむような作られていない自然体な笑みをむけられたからだ。
それが嬉しくて僕も彼に小さく笑顔を向けると、一瞬驚いた表情をした彼がおもむろに僕の片手を取って、目の前に片膝を着くと、その手の甲に1つキスを落としてきた。

まるでおとぎ話に出てくる王子様のように、僕の目の前に跪き、月明かりに照らされながら微笑む彼は美しくてかっこいい。

触れられたところからじわじわと例えようもない熱が溢れてきて、全身にその熱が伝染していくような感じがした。
酷く火照った身体のせいか潤んでいるだろう瞳で、見上げてくる彼の顔を見つめる。

「私の大輪の花に心からの祝福を」

聞き心地のいい柔らかな声が全身に染み渡る。
そっと離された手から、彼の熱が消えることが切なく感じて思わず自分の手をきつく握りしめた。

「また会おう」

立ち上がった彼は僕の頬を1度だけそっと撫でてから、笑ってそう告げると、僕に背を向けて元来た方に戻り始める。

「あっ、まって!」

呼び止めるけれど、小さな僕の声は彼には届かなくて、どんどんと来た通路の奥へと進んでいく。
その後ろ姿を見つめながら、名前すら聞けなかったと後悔した。
初めてあったはずなのに、酷く心を揺さぶられる感覚。

あんなにも素敵な人には一生会うことは出来ないだろうこともわかっていた。
それに彼は、アデレード兄さんに会いに来たのだ。
本当ならアデレード兄さんが貰うはずだった祝福も笑顔も僕が奪ってしまった。
それに罪悪感を感じて唇を噛み締めた。
しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

推しの為なら悪役令息になるのは大歓迎です!

こうらい ゆあ
BL
「モブレッド・アテウーマ、貴様との婚約を破棄する!」王太子の宣言で始まった待ちに待った断罪イベント!悪役令息であるモブレッドはこの日を心待ちにしていた。すべては推しである主人公ユレイユの幸せのため!推しの幸せを願い、日夜フラグを必死に回収していくモブレッド。ところが、予想外の展開が待っていて…?

完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました

美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!

国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!

古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます! 7/15よりレンタル切り替えとなります。 紙書籍版もよろしくお願いします! 妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。 成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた! これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。 「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」 「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」 「んもおおおっ!」 どうなる、俺の一人暮らし! いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど! ※読み直しナッシング書き溜め。 ※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。  

出来損ないのオメガは貴公子アルファに愛され尽くす エデンの王子様

冬之ゆたんぽ
BL
旧題:エデンの王子様~ぼろぼろアルファを救ったら、貴公子に成長して求愛してくる~ 二次性徴が始まり、オメガと判定されたら収容される、全寮制学園型施設『エデン』。そこで全校のオメガたちを虜にした〝王子様〟キャラクターであるレオンは、卒業後のダンスパーティーで至上のアルファに見初められる。「踊ってください、私の王子様」と言って跪くアルファに、レオンは全てを悟る。〝この美丈夫は立派な見た目と違い、王子様を求めるお姫様志望なのだ〟と。それが、初恋の女の子――誤認識であり実際は少年――の成長した姿だと知らずに。 ■受けが誤解したまま進んでいきますが、攻めの中身は普通にアルファです。 ■表情の薄い黒騎士アルファ(攻め)×ハンサム王子様オメガ(受け)

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

処理中です...