3 / 67
身代わりの花
③
しおりを挟む
相変わらずの日常の繰り返し。
そんな日々でも、時々違う出来事が起きることもある。
今日は公爵家主催のパーティが行われる一大イベントの日だ。アデレード兄さんも朝から大勢の使用人を連れ回して身支度に精を費やしている。
遠目からでも分かる程に高価な服と豪奢な装飾品は、アデレード兄さんの美貌をこれでもかという程に引き立てており、悔しいけれど彼はやはり美しいと思った。
僕はといえば、相変わらず奴隷のような格好で床掃除に窓磨き。人目に触れる場所には行かないよう言いつけられているから、こそこそと広い邸内を掃除して回る。
本当は僕もパーティーに参加したい。
けれど、父も義母も僕を人前に出す気はないようで、きっと一生このままここで奴隷として生きていくのだと思っている。
「相変わらず汚らしいこと」
たまたま通りがかかった義母が僕を見て顔を顰めた。隣にいたアデレード兄さんがそれを聞いてなにがおかしいのかクスクスと笑っているのが見える。
「僕は今日機嫌がいいからこれでもあげるよ。まあ、なにを着ても不細工は不細工なままだと思うけれどね」
そう言ってアデレード兄さんが手に持っていた服を僕に投げ渡してきた。
受け取ると、僕の服に着いていた汚れで、白い生地が微かに汚れてしまう。
思わず悲しげに眉をひそめた。
アデレード兄さんはたまにこうやって要らなくなった服を与えてくることがある。
大体が穴が空いていたり汚れているものだったりするけれど、どれもきちんと直してあげれば着れるものばかりだから、地下室にある自分の部屋の物置に、直し終わった物はしまってあるのだ。
使えばいいのかもしれない。
けれど、使うのが勿体なく感じてしまうんだ。
それに自分には似合わないと思ってしまうから、結局服は溜まっていく一方。
服を握りしめる僕を見て、義母とアデレード兄さんが嘲笑う。悔しさがじわじわと胸を覆うけれど、感情を押し殺して必死に耐える。
「まるで乞食ね。卑しいこと」
「母様ったら、ふふ、さあ、もう行かないと遅れてしまいます」
「あら、そうね」
ふふふって楽しそうな笑い声を響かせながら2人は通路を進んでいく。
広い屋敷内に響く楽しげな声は、僕の心を暗くはさせても明るくはさせてくれない。
昔は、いつかあの楽しげな輪の中に混ざれる日が来るのだと信じていた。
けれど、この歳になった今それはもう儚い夢物語に過ぎないことは理解している。
服を握りしめたまま、自分の部屋へと一目散に駆け出す。
掃除の途中だとか、さぼったのがバレたら怒られるだとか、そんなことは二の次で、この悲しみを何処に向ければいいのかも分からないままひたすらに部屋へと向かう。
部屋の中に着くと、貰った服をベッドに投げ捨てた。そうして、物置の中を引っ掻き回すとパーティーに着ていけそうな服を1着取り出して手に取る。
ボロきれのような服を脱ぎ捨てて、ずっと勇気が出なくて袖の通せなかったそれを身につけてみた。
割れた姿見鏡で自分の姿を確認すると、僕はぺたりとその場に座り込んで涙を流した。
鏡に映った自分があまりにも醜く見えたから。
アデレード兄さんは僕よりも小柄で美しい装飾が良く似合う人だ。だから、この服が自分に似合わないことくらい分かっている。
丈の合わない裾に、なんだか無理をしているようにも見える装飾品とフリル。真珠が縫われた真っ白なドレープ生地だけが眩しく光り輝き、まるで惨めな僕を嘲笑っているかのようにも感じられる。
髪はボサボサで、化粧すら施されていない顔は涙に濡れて目も当てられなかった。
(馬鹿だな……)
自分だって着飾れば美しくなれるかもしれないって期待してた。悔しさにやけを起こして着てみたけれど、結局は現実を突きつけられただけ。
アデレード兄さんは僕にこの服が似合わないことなんて百も承知で渡してきたに違いない。
彼は嫌がらせをして、僕が悲しげに泣くのを見るのが好きなのだ。
暗い地下の部屋はロウソクの心許ない灯りしかなく、その火がまるで僕の命の灯火のようにも感じられる。
いつか僕は彼らに殺されるのかもしれない。
いや、その前に生きる気力が無くなり自ら命を捨てるのかも……。
そう思ったとき、ふと空が見たくなった。
あの広大な空間を目にすると、まるで鳥にでもなったかのように自由を感じられるのだ。
服もそのままにこそこそと外に出る。
外はすっかり暗くなっており、空には満天の星が広がっていた。
そんな日々でも、時々違う出来事が起きることもある。
今日は公爵家主催のパーティが行われる一大イベントの日だ。アデレード兄さんも朝から大勢の使用人を連れ回して身支度に精を費やしている。
遠目からでも分かる程に高価な服と豪奢な装飾品は、アデレード兄さんの美貌をこれでもかという程に引き立てており、悔しいけれど彼はやはり美しいと思った。
僕はといえば、相変わらず奴隷のような格好で床掃除に窓磨き。人目に触れる場所には行かないよう言いつけられているから、こそこそと広い邸内を掃除して回る。
本当は僕もパーティーに参加したい。
けれど、父も義母も僕を人前に出す気はないようで、きっと一生このままここで奴隷として生きていくのだと思っている。
「相変わらず汚らしいこと」
たまたま通りがかかった義母が僕を見て顔を顰めた。隣にいたアデレード兄さんがそれを聞いてなにがおかしいのかクスクスと笑っているのが見える。
「僕は今日機嫌がいいからこれでもあげるよ。まあ、なにを着ても不細工は不細工なままだと思うけれどね」
そう言ってアデレード兄さんが手に持っていた服を僕に投げ渡してきた。
受け取ると、僕の服に着いていた汚れで、白い生地が微かに汚れてしまう。
思わず悲しげに眉をひそめた。
アデレード兄さんはたまにこうやって要らなくなった服を与えてくることがある。
大体が穴が空いていたり汚れているものだったりするけれど、どれもきちんと直してあげれば着れるものばかりだから、地下室にある自分の部屋の物置に、直し終わった物はしまってあるのだ。
使えばいいのかもしれない。
けれど、使うのが勿体なく感じてしまうんだ。
それに自分には似合わないと思ってしまうから、結局服は溜まっていく一方。
服を握りしめる僕を見て、義母とアデレード兄さんが嘲笑う。悔しさがじわじわと胸を覆うけれど、感情を押し殺して必死に耐える。
「まるで乞食ね。卑しいこと」
「母様ったら、ふふ、さあ、もう行かないと遅れてしまいます」
「あら、そうね」
ふふふって楽しそうな笑い声を響かせながら2人は通路を進んでいく。
広い屋敷内に響く楽しげな声は、僕の心を暗くはさせても明るくはさせてくれない。
昔は、いつかあの楽しげな輪の中に混ざれる日が来るのだと信じていた。
けれど、この歳になった今それはもう儚い夢物語に過ぎないことは理解している。
服を握りしめたまま、自分の部屋へと一目散に駆け出す。
掃除の途中だとか、さぼったのがバレたら怒られるだとか、そんなことは二の次で、この悲しみを何処に向ければいいのかも分からないままひたすらに部屋へと向かう。
部屋の中に着くと、貰った服をベッドに投げ捨てた。そうして、物置の中を引っ掻き回すとパーティーに着ていけそうな服を1着取り出して手に取る。
ボロきれのような服を脱ぎ捨てて、ずっと勇気が出なくて袖の通せなかったそれを身につけてみた。
割れた姿見鏡で自分の姿を確認すると、僕はぺたりとその場に座り込んで涙を流した。
鏡に映った自分があまりにも醜く見えたから。
アデレード兄さんは僕よりも小柄で美しい装飾が良く似合う人だ。だから、この服が自分に似合わないことくらい分かっている。
丈の合わない裾に、なんだか無理をしているようにも見える装飾品とフリル。真珠が縫われた真っ白なドレープ生地だけが眩しく光り輝き、まるで惨めな僕を嘲笑っているかのようにも感じられる。
髪はボサボサで、化粧すら施されていない顔は涙に濡れて目も当てられなかった。
(馬鹿だな……)
自分だって着飾れば美しくなれるかもしれないって期待してた。悔しさにやけを起こして着てみたけれど、結局は現実を突きつけられただけ。
アデレード兄さんは僕にこの服が似合わないことなんて百も承知で渡してきたに違いない。
彼は嫌がらせをして、僕が悲しげに泣くのを見るのが好きなのだ。
暗い地下の部屋はロウソクの心許ない灯りしかなく、その火がまるで僕の命の灯火のようにも感じられる。
いつか僕は彼らに殺されるのかもしれない。
いや、その前に生きる気力が無くなり自ら命を捨てるのかも……。
そう思ったとき、ふと空が見たくなった。
あの広大な空間を目にすると、まるで鳥にでもなったかのように自由を感じられるのだ。
服もそのままにこそこそと外に出る。
外はすっかり暗くなっており、空には満天の星が広がっていた。
応援ありがとうございます!
16
お気に入りに追加
3,208
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる