身代わりの花は甘やかに溶かされる

天宮叶

文字の大きさ
上 下
3 / 68
身代わりの花

しおりを挟む
相変わらずの日常の繰り返し。
そんな日々でも、時々違う出来事が起きることもある。

今日は公爵家主催のパーティが行われる一大イベントの日だ。アデレード兄さんも朝から大勢の使用人を連れ回して身支度に精を費やしている。
遠目からでも分かる程に高価な服と豪奢な装飾品は、アデレード兄さんの美貌をこれでもかという程に引き立てており、悔しいけれど彼はやはり美しいと思った。

僕はといえば、相変わらず奴隷のような格好で床掃除に窓磨き。人目に触れる場所には行かないよう言いつけられているから、こそこそと広い邸内を掃除して回る。

本当は僕もパーティーに参加したい。
けれど、父も義母も僕を人前に出す気はないようで、きっと一生このままここで奴隷として生きていくのだと思っている。

「相変わらず汚らしいこと」

たまたま通りがかかった義母が僕を見て顔を顰めた。隣にいたアデレード兄さんがそれを聞いてなにがおかしいのかクスクスと笑っているのが見える。

「僕は今日機嫌がいいからこれでもあげるよ。まあ、なにを着ても不細工は不細工なままだと思うけれどね」

そう言ってアデレード兄さんが手に持っていた服を僕に投げ渡してきた。
受け取ると、僕の服に着いていた汚れで、白い生地が微かに汚れてしまう。
思わず悲しげに眉をひそめた。

アデレード兄さんはたまにこうやって要らなくなった服を与えてくることがある。
大体が穴が空いていたり汚れているものだったりするけれど、どれもきちんと直してあげれば着れるものばかりだから、地下室にある自分の部屋の物置に、直し終わった物はしまってあるのだ。

使えばいいのかもしれない。
けれど、使うのが勿体なく感じてしまうんだ。
それに自分には似合わないと思ってしまうから、結局服は溜まっていく一方。
服を握りしめる僕を見て、義母とアデレード兄さんが嘲笑う。悔しさがじわじわと胸を覆うけれど、感情を押し殺して必死に耐える。

「まるで乞食ね。卑しいこと」
「母様ったら、ふふ、さあ、もう行かないと遅れてしまいます」
「あら、そうね」

ふふふって楽しそうな笑い声を響かせながら2人は通路を進んでいく。
広い屋敷内に響く楽しげな声は、僕の心を暗くはさせても明るくはさせてくれない。
昔は、いつかあの楽しげな輪の中に混ざれる日が来るのだと信じていた。

けれど、この歳になった今それはもう儚い夢物語に過ぎないことは理解している。
服を握りしめたまま、自分の部屋へと一目散に駆け出す。

掃除の途中だとか、さぼったのがバレたら怒られるだとか、そんなことは二の次で、この悲しみを何処に向ければいいのかも分からないままひたすらに部屋へと向かう。

部屋の中に着くと、貰った服をベッドに投げ捨てた。そうして、物置の中を引っ掻き回すとパーティーに着ていけそうな服を1着取り出して手に取る。
ボロきれのような服を脱ぎ捨てて、ずっと勇気が出なくて袖の通せなかったそれを身につけてみた。
割れた姿見鏡で自分の姿を確認すると、僕はぺたりとその場に座り込んで涙を流した。

鏡に映った自分があまりにも醜く見えたから。
アデレード兄さんは僕よりも小柄で美しい装飾が良く似合う人だ。だから、この服が自分に似合わないことくらい分かっている。

丈の合わない裾に、なんだか無理をしているようにも見える装飾品とフリル。真珠が縫われた真っ白なドレープ生地だけが眩しく光り輝き、まるで惨めな僕を嘲笑っているかのようにも感じられる。
髪はボサボサで、化粧すら施されていない顔は涙に濡れて目も当てられなかった。

(馬鹿だな……)

自分だって着飾れば美しくなれるかもしれないって期待してた。悔しさにやけを起こして着てみたけれど、結局は現実を突きつけられただけ。
アデレード兄さんは僕にこの服が似合わないことなんて百も承知で渡してきたに違いない。
彼は嫌がらせをして、僕が悲しげに泣くのを見るのが好きなのだ。

暗い地下の部屋はロウソクの心許ない灯りしかなく、その火がまるで僕の命の灯火のようにも感じられる。
いつか僕は彼らに殺されるのかもしれない。
いや、その前に生きる気力が無くなり自ら命を捨てるのかも……。

そう思ったとき、ふと空が見たくなった。
あの広大な空間を目にすると、まるで鳥にでもなったかのように自由を感じられるのだ。
服もそのままにこそこそと外に出る。
外はすっかり暗くなっており、空には満天の星が広がっていた。

しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

推しの為なら悪役令息になるのは大歓迎です!

こうらい ゆあ
BL
「モブレッド・アテウーマ、貴様との婚約を破棄する!」王太子の宣言で始まった待ちに待った断罪イベント!悪役令息であるモブレッドはこの日を心待ちにしていた。すべては推しである主人公ユレイユの幸せのため!推しの幸せを願い、日夜フラグを必死に回収していくモブレッド。ところが、予想外の展開が待っていて…?

僕がハーブティーを淹れたら、筆頭魔術師様(♂)にプロポーズされました

楠結衣
BL
貴族学園の中庭で、婚約破棄を告げられたエリオット伯爵令息。可愛らしい見た目に加え、ハーブと刺繍を愛する彼は、女よりも女の子らしいと言われていた。女騎士を目指す婚約者に「妹みたい」とバッサリ切り捨てられ、婚約解消されてしまう。 ショックのあまり実家のハーブガーデンに引きこもっていたところ、王宮魔術塔で働く兄から助手に誘われる。 喜ぶ家族を見たら断れなくなったエリオットは筆頭魔術師のジェラール様の執務室へ向かう。そこでエリオットがいつものようにハーブティーを淹れたところ、なぜかプロポーズされてしまい……。   「エリオット・ハワード――俺と結婚しよう」 契約結婚の打診からはじまる男同士の恋模様。 エリオットのハーブティーと刺繍に特別な力があることは、まだ秘密──。

【BL】こんな恋、したくなかった

のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】  人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。  ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。 ※ご都合主義、ハッピーエンド

悪役令息上等です。悪の華は可憐に咲き誇る

竜鳴躍
BL
異性間でも子どもが産まれにくくなった世界。 子どもは魔法の力を借りて同性間でも産めるようになったため、性別に関係なく結婚するようになった世界。 ファーマ王国のアレン=ファーメット公爵令息は、白銀に近い髪に真っ赤な瞳、真っ白な肌を持つ。 神秘的で美しい姿に王子に見初められた彼は公爵家の長男でありながら唯一の王子の婚約者に選ばれてしまった。どこに行くにも欠かせない大きな日傘。日に焼けると爛れてしまいかねない皮膚。 公爵家は両親とも黒髪黒目であるが、彼一人が色が違う。 それは彼が全てアルビノだったからなのに、成長した教養のない王子は、アレンを魔女扱いした上、聖女らしき男爵令嬢に現を抜かして婚約破棄の上スラム街に追放してしまう。 だが、王子は知らない。 アレンにも王位継承権があることを。 従者を一人連れてスラムに行ったアレンは、イケメンでスパダリな従者に溺愛されながらスラムを改革していって……!? *誤字報告ありがとうございます! *カエサル=プレート 修正しました。

幽閉王子は最強皇子に包まれる

皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。 表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。

【奨励賞】恋愛感情抹消魔法で元夫への恋を消去する

SKYTRICK
BL
☆11/28完結しました。 ☆第11回BL小説大賞奨励賞受賞しました。ありがとうございます! 冷酷大元帥×元娼夫の忘れられた夫 ——「また俺を好きになるって言ったのに、嘘つき」 元娼夫で現魔術師であるエディことサラは五年ぶりに祖国・ファルンに帰国した。しかし暫しの帰郷を味わう間も無く、直後、ファルン王国軍の大元帥であるロイ・オークランスの使者が元帥命令を掲げてサラの元へやってくる。 ロイ・オークランスの名を知らぬ者は世界でもそうそういない。魔族の血を引くロイは人間から畏怖を大いに集めながらも、大将として国防戦争に打ち勝ち、たった二十九歳で大元帥として全軍のトップに立っている。 その元帥命令の内容というのは、五年前に最愛の妻を亡くしたロイを、魔族への本能的な恐怖を感じないサラが慰めろというものだった。 ロイは妻であるリネ・オークランスを亡くし、悲しみに苛まれている。あまりの辛さで『奥様』に関する記憶すら忘却してしまったらしい。半ば強引にロイの元へ連れていかれるサラは、彼に己を『サラ』と名乗る。だが、 ——「失せろ。お前のような娼夫など必要としていない」 噂通り冷酷なロイの口からは罵詈雑言が放たれた。ロイは穢らわしい娼夫を睨みつけ去ってしまう。使者らは最愛の妻を亡くしたロイを憐れむばかりで、まるでサラの様子を気にしていない。 誰も、サラこそが五年前に亡くなった『奥様』であり、最愛のその人であるとは気付いていないようだった。 しかし、最大の問題は元夫に存在を忘れられていることではない。 サラが未だにロイを愛しているという事実だ。 仕方なく、『恋愛感情抹消魔法』を己にかけることにするサラだが——…… ☆描写はありませんが、受けがモブに抱かれている示唆はあります(男娼なので) ☆お読みくださりありがとうございます。良ければ感想などいただけるとパワーになります!

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。 表紙絵 ⇨元素 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。

処理中です...