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身代わりの花

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震える指先を口から吐いた息で温めながら、冷たく硬い床を雑巾で丁寧に拭いていく。春先とはいえ、井戸から汲み上げた水は冷たく、素手での拭き掃除に加え、薄い布切れのような服を着ているだけの状態では寒さを凌ぐことなど到底無理だ。
あかぎれだらけの自分の手を見つめながら、まるで奴隷のようだと心の中で思った。

「こんな所で何をしているの」
「アデレード兄さん……」

細やかな刺繍に、煌びやかなフリルがこれでもかとあしらわれた華美な衣装を身に纏う、美しい天使のような美貌を持つ青年が、こちらにゆったりと歩み寄ってくる。それに気がつくと、手足の冷えが増した気がした。

目の前まで来た天使は、僕の腹違いの兄であり、ロペス公爵家自慢の花人かじんだ。
花人とは、二ヶ月に一度程、定期的に開花期と呼ばれる甘い花のような香りを纏うという特異体質を持つ者のこと。ほとんどの花人が容姿に優れ小柄で中性的な見た目をしているといわれている。また、花人は男でも子供を産むことが出来るのだ。

花人の出生率は少なく、国では子宝を授かれる貴重な存在として大事にされている。そのため高位貴族の花人は、王族や自分よりも位の高い貴族の元へと嫁ぐことが多い。
歴代の王妃様にも数人ほど花人がいる。肖像画を見たことがあるけれど、全員が美しい容姿をしていたと記憶している。

「相変わらずブサイクな顔。花人の面汚しだよ」

綺麗に手入れされた、陶器のように白い指が僕の顎を掴んで、爪が肌に微かにくい込む。痛みに顔を歪めると、アデレード兄さんが楽しげに笑みを浮かべる。

「僕の部屋がホコリだらけなんだけど、掃除もまともに出来ないの? 本当にグズなんだから」

言いながらわざと水の入った桶を蹴り倒した彼は、涙を流す僕を見て心底楽しそうに笑みを深め、食堂の方へと歩き去っていった。
後ろ姿を見つめながら、悔しさが胸の奥をじわじわと支配していく。

僕の母はこの公爵家のメイド長をしていた人だった。庶民の出だったけれど、努力を重ねて周りから認められメイド長まで昇進した努力の人。そんな彼女は公爵家当主と禁断の逢瀬を重ね、その結果、産まれてきたのが僕だった。僕が生まれたのと同時に母は命を落とし、僕は10歳になるまで離の別邸でメイド達や他の使用人たちの手を借りて生活をしていた。

状況が変わったのは10歳を超えてから。
突然、本邸へ呼び戻された僕は、自分の腹違いの兄だというアデレード兄さんと顔を合わせることになった。
初めて顔を合わせた時、彼が言った一言を今も覚えている。
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