緑宝は優しさに包まれる〜癒しの王太子様が醜い僕を溺愛してきます〜

天宮叶

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何も無い

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1本しかない蝋燭は溶け切り、部屋の中は闇に包み込まれていた。魔法で小さな火を灯すとその灯りだけを心の拠り所にして身体を丸めた。

もう治りきっていて感じるはずのない痛みを顔の右側から感じて、その痛みに呻きながら喉元にそっと手を添える。きっとこれは痛みの記憶なんだろう。

あぁ、誰か僕の息を止めて……。

ただ、愛して欲しいだけなんだ。もう一度幼い頃に手にしていた愛を取り返したいだけなんだよ。

誰か僕を愛してよ……。
誰か僕を見てよ……。

僕の右側は醜いけれど、それでもいいって笑って抱きしめてくれる人をずっと探し求めている。

狭い部屋に閉じ込められてもいい、縛られたっていい。

だから、誰か欠片でいいから愛を頂戴。

「フェリクス様……」

今1番会いたい人の名前を呼んでみるけれど、この思いも声も彼には届かない。それに、もう彼には会えないかもしれない。

顔の左側に触れると触れた場所が腫れているのがわかった。きっと今鏡を見たら両側が醜くなった自分の姿が写るのだろう。

お父様に殴られるとは思っていなかったけれど、きっとあれがお父様の答えなんだと思う。

もう、あの人からの愛は期待出来ないんだ。

コーラルは僕のことを嫌っているし、お父様は僕を殴る。お母様もお父様の言いなりだから、僕のことを愛してくれる家族はもう居ない。

左頬に触れていた手を右側へと移動させた。

いつの間にか右側の顔を触ることが癖になっている。

気持ちの悪いザラりとした感触も、浅黒く変色した肌も、引き連れて上手く動かない口元も、何もかも今の僕にとっては当たり前にあるモノで、その当たり前の中心でキラキラと輝いている金色の瞳だけが異端に思える。

フェリクス様に治してもらった瞳だけが醜い右側の中で唯一美しいと感じられるんだ。

灯した火がゆらゆらと揺れていて、その火を見つめながらフェリクス様に会いたいともう一度思った。

その瞬間右目に熱を感じて、目の前を蝶の鱗粉の様なキラキラとした光が舞った。そうして灯した火の中に見たいと思っていたフェリクス様の顔が現れる。

驚いて目を見開くと、ゆっくりと僕に視線を向けた彼が微笑んでくれた。

「フェリクス様……ですか?」

目の前に映し出された彼はただ微笑むだけで言葉を返してくれることは無かった。その笑顔をじっと見つめていると、数秒後に彼の顔が歪みだして、ぱっと火が消えた。

「……なんだったの?」

訳が分からなくて眉を寄せる。

「……っ」

ゴクリと喉を鳴らして、もう一度火を灯すと僕はまたフェリクス様の顔を思い浮かべて会いたいと強く念じてみた。

彼の笑った顔が見たい。彼に名前を呼んで欲しい。

そうしたらまた鱗粉が舞って、火の中にフェリクス様の姿が映し出される。

熱を持つ右目に何かが流れている感じがして、もしかしたらこれは魔法なんじゃないかって思った。

フェリクス様の魔力が流れて色の変わった瞳。
もしかしたらそのフェリクス様の魔力と僕の魔力が混ざりあって新しい魔法を使えるようになったのかもしれない。

僕が頭に思い描いた物を幻影として見せる魔法……。

だから、今1番に、会いたいと強く思っているフェリクス様の顔が映し出されたのかな。

歪んで消えていくフェリクス様を見つめながら、この魔法さえあれば僕はまだ大丈夫だと思える気がした。

幻影でもいい。
彼に会えるだけで僕はまだ生きていたいと思えるから。
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