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再会
②
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彼を好きになったきっかけは些細なことだった。
中学3年の時、親と喧嘩して家を飛び出して、もうあんな家帰らないって反抗期真っ只中だった俺はただ宛もなく夜道を歩いていた。
商店街の賑やかな雰囲気が嫌で、少し外れた場所に向かって歩きながら、ぎゅるるっと音の鳴る腹を押えて、ボソリと腹減ったって呟く。
喧嘩の理由なんて覚えちゃいないくらい小さなことだった。靴下を表にして洗濯に出さなかったとか、鞄を床に置きっぱにしてたとか、そんなこと。ただ、何もかもに腹が立っている時期で、ちょっと注意されてムカついて家を飛び出した。学校から帰ってきて何も食べてなくて腹も減っていて財布とかも置きっぱにしてきたから本当にどうしようもない。
目に付いたお店の壁に背を預けて屈んで、胃になにか入れろと鳴き続ける腹を押える。
「そんな所でなにしてんの?」
そんな時に声をかけてきたのが小野田さんだった。その時はチャラそうな人に声をかけられたなくらいの感じで、おっさんが話しかけてくるな!ぐらいにしか思っていなかった。我ながらやさぐれていたと思う。
「……関係なくね」
「ここ、家の店だから関係あるんだよ」
「あ……そうなんだ。じゃあすぐどくから」
『純喫茶なごみ』と書かれたプレートが目に止まって慌てて立ち上がった。学生が居ると通報されても困るから。でも、空気の読めない腹の虫が立ち上がろうとした瞬間に盛大に鳴いた。
それを聞いていたおっさんが、眉を垂れさせて腹減ったなら中に入りなって言ってくれる。
「……金持ってないから」
「サービスするよ。いいからおいで」
見た目に反して優しい人だと思った。まだ家にも帰りたくなくて、腹も減っていた俺は彼の言葉を信じてほいほいと喫茶店の中へと足を踏み入れた。
優しい雰囲気のレトロなお店。老舗感があって、街に溢れてるカフェとか気取った所よりも落ち着くなって思った。
「何処でも好きな所に座ってていいから。少し待ってて」
「……うん」
たまたま客も居なくて、適当に目に付いた隅っこの席に腰掛けた。その席は後に兎のぬいぐるみと予約席のプレートで占領されることになるあの席だった。
「コーヒーは飲める?」
「……えーと……」
苦くて飲めないなんて言うのは恥ずかしくて、ちっぽけなプライドが邪魔して口篭ると、彼は何かを察してくれたのか何も言わずにカップを1つ棚から取り出した。
流れるような所作で飲み物と料理を作っていく彼をぼーっと見つめながら、かっこいいなって自然と思う。
自分の恋愛対象が同性だと気がついたのは小学生の時で、そのことは親にも隠さずに話している。だからなのか、自然と彼に見惚れている自分を受け入れていた。
「簡単なものしか作れなかったけど」
そう言って出されたのはふわふわの卵が乗ったオムライスと先程のカップに入った真っ白な液体。
「……いただきます」
スプーンを手に取っておそるおそるそれを口へと運ぶ。口の中で卵が蕩けて、次にケチャップライスの甘みと酸味が口内で弾けてオムライスを掬う手が止まらなくなった。
世の中にこんなに美味しいものがあるのかって本気で思った。それは多分ものすごく腹が減っていた事も理由だったんだろうけど、ただその時は本気でこのオムライスは世界一だと思えたんだ。
馬鹿な俺はがっつきすぎてむせてしまって、慌てて用意されていた白い液体を口へと運んだ。
柔らかなミルクの甘さが口内と喉を洗い流してくれる。すごく美味しくて、まるで優しさを詰め込んだみたいなその飲み物に意識が一瞬で奪われた。
「なにこれ。めっちゃ美味い」
「ホットミルクだよ。気に入って貰えたんなら良かった」
「うん!なんか、俺、嫌なことあって落ち込んでたけどオムライスとこれ飲んだらそんなの何処かに吹っ飛んだ気がする!」
俺の言葉を聞き終えたおっさんがふわりと笑って、それなら良かったって言ってくれた。その笑顔に胸がドキリと跳ねて、その瞬間俺は恋に落ちたんだ。
中学3年の時、親と喧嘩して家を飛び出して、もうあんな家帰らないって反抗期真っ只中だった俺はただ宛もなく夜道を歩いていた。
商店街の賑やかな雰囲気が嫌で、少し外れた場所に向かって歩きながら、ぎゅるるっと音の鳴る腹を押えて、ボソリと腹減ったって呟く。
喧嘩の理由なんて覚えちゃいないくらい小さなことだった。靴下を表にして洗濯に出さなかったとか、鞄を床に置きっぱにしてたとか、そんなこと。ただ、何もかもに腹が立っている時期で、ちょっと注意されてムカついて家を飛び出した。学校から帰ってきて何も食べてなくて腹も減っていて財布とかも置きっぱにしてきたから本当にどうしようもない。
目に付いたお店の壁に背を預けて屈んで、胃になにか入れろと鳴き続ける腹を押える。
「そんな所でなにしてんの?」
そんな時に声をかけてきたのが小野田さんだった。その時はチャラそうな人に声をかけられたなくらいの感じで、おっさんが話しかけてくるな!ぐらいにしか思っていなかった。我ながらやさぐれていたと思う。
「……関係なくね」
「ここ、家の店だから関係あるんだよ」
「あ……そうなんだ。じゃあすぐどくから」
『純喫茶なごみ』と書かれたプレートが目に止まって慌てて立ち上がった。学生が居ると通報されても困るから。でも、空気の読めない腹の虫が立ち上がろうとした瞬間に盛大に鳴いた。
それを聞いていたおっさんが、眉を垂れさせて腹減ったなら中に入りなって言ってくれる。
「……金持ってないから」
「サービスするよ。いいからおいで」
見た目に反して優しい人だと思った。まだ家にも帰りたくなくて、腹も減っていた俺は彼の言葉を信じてほいほいと喫茶店の中へと足を踏み入れた。
優しい雰囲気のレトロなお店。老舗感があって、街に溢れてるカフェとか気取った所よりも落ち着くなって思った。
「何処でも好きな所に座ってていいから。少し待ってて」
「……うん」
たまたま客も居なくて、適当に目に付いた隅っこの席に腰掛けた。その席は後に兎のぬいぐるみと予約席のプレートで占領されることになるあの席だった。
「コーヒーは飲める?」
「……えーと……」
苦くて飲めないなんて言うのは恥ずかしくて、ちっぽけなプライドが邪魔して口篭ると、彼は何かを察してくれたのか何も言わずにカップを1つ棚から取り出した。
流れるような所作で飲み物と料理を作っていく彼をぼーっと見つめながら、かっこいいなって自然と思う。
自分の恋愛対象が同性だと気がついたのは小学生の時で、そのことは親にも隠さずに話している。だからなのか、自然と彼に見惚れている自分を受け入れていた。
「簡単なものしか作れなかったけど」
そう言って出されたのはふわふわの卵が乗ったオムライスと先程のカップに入った真っ白な液体。
「……いただきます」
スプーンを手に取っておそるおそるそれを口へと運ぶ。口の中で卵が蕩けて、次にケチャップライスの甘みと酸味が口内で弾けてオムライスを掬う手が止まらなくなった。
世の中にこんなに美味しいものがあるのかって本気で思った。それは多分ものすごく腹が減っていた事も理由だったんだろうけど、ただその時は本気でこのオムライスは世界一だと思えたんだ。
馬鹿な俺はがっつきすぎてむせてしまって、慌てて用意されていた白い液体を口へと運んだ。
柔らかなミルクの甘さが口内と喉を洗い流してくれる。すごく美味しくて、まるで優しさを詰め込んだみたいなその飲み物に意識が一瞬で奪われた。
「なにこれ。めっちゃ美味い」
「ホットミルクだよ。気に入って貰えたんなら良かった」
「うん!なんか、俺、嫌なことあって落ち込んでたけどオムライスとこれ飲んだらそんなの何処かに吹っ飛んだ気がする!」
俺の言葉を聞き終えたおっさんがふわりと笑って、それなら良かったって言ってくれた。その笑顔に胸がドキリと跳ねて、その瞬間俺は恋に落ちたんだ。
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