プティカリーノ

うしお

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41、コンプレックス

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俺のたくさんあるコンプレックスの中に、陥没乳頭というものがある。
読んで字の如く、乳頭、つまり乳首が、まわりの肉に埋もれてしまった状態になっていることを指す言葉だ。

いまよりもっと太っていた子ども時代、俺の生活は悲惨なものだった。
小さくてぽっちゃりとしていた俺は、いつも誰かにいじめられていたのだ。
その頃のあだ名は、『白子豚』だ。
運動が苦手で、色白だったことからそう呼ばれていた。
ぽちゃぽちゃした腹の肉をつままれるのは当たり前のことで、そのうち他のところまで触られるようになっていった。
特に、胸まわりについた肉は、友だちだけでなく通りすがりの男にまで『おっぱい』として触られたし、ひどい時は突然羽交い締めにされ、無理矢理揉まれることもあった。
中学にあがる頃には、俺にとって『おっぱい』を揉まれることは、すっかり日常茶飯事になっていた。
いつでもどこでも揉まれているうちに、窪んだままの乳首に気づかれ、おかしいと言われるようになった。
確かに、友だちの乳首は、みんな外に向かってつんと飛び出ている。
乳首が窪んだまま変わらないのは、クラスの中でも俺だけだった。
そのうち、その窪みに給食の残りのジャムやバターを詰めようとするやつがあらわれ、面白半分に舐めようとするものまで出てきた。
実際に、ジャムやバターを塗り込まれ、本当に舐められるようになると、いじめるメンバーは一部の限られた人間だけになっていった。
それもそうだろう。
おっぱいと言いながら触ったところで、それはちょっとぽっちゃりしただけの同性なのだし、触るだけならともかく、それを舐めようとするなんてまともな人間の考えることではないのだから。
それでも、一部の人間には、俺の胸についたただの脂肪が魅力的にうつるらしく、他の人から見えないところで舐められる日々が続いた。
そのうち、やつらはジャムやバターがなくても、当たり前のように俺の乳首を舐めてくるようになる。
俺は男だというのに、おっぱいがあるとからかわれることも、無理矢理とはいえ男に乳首を舐められてしまうことも、ずっとずっと嫌で嫌でたまらなかった。
誰かに相談すればよかったのかもしれないが、躊躇っているうちに、おっぱいを揉まれている最中や舐められている最中の写真を撮られてしまった。
こっそり家で現像したのだというその写真を見せられた時、俺はそれをばらまかれてしまうのではないかと怯え、誰にも相談することができなくなってしまったのだ。
休みの日に、わざわざ乳首を舐められるために呼び出されても、俺は嫌がることもできず、素直に行くことしかできない。
上着を脱げと言われれば脱ぎ、抵抗することもなく乳首を差し出す。
どう考えても異常な生活が続けられていく。
それでも、写真がある限り、俺には従うことしかできなかった。
そのせいで、いじめはどんどんエスカレートしていった。

放課後になると、必ず誰かの家に連れていかれるようになった。
誰ひとりとして彼女を作ることもなく、俺の体を弄ぶ異常者たちの集まりだ。
やつらは共犯として、家族のいない家に順番で俺を連れ込み、思うままに弄んだ。
第二次性徴期を迎える頃には、いじめはすっかり性的なものばかりになっていた。
手足を押さえつけられ、左右の乳首を二人の男が競うようにして舐めたり、窪んだ乳首に勃起するようなったペニスを擦り付けられるようになった。
無理矢理作らされた胸の谷間で、やはり勃起したペニスを扱かされたこともある。
何度か、乳首を舐められて気持ちいいんじゃないのか、と言われたことはあるが、そいつらに何をされても気持ち悪いだけで、嫌悪感しか感じたことはない。
勃起してるんだろうと触られた俺のペニスは、一度も硬くなることがなかった。
パイズリと称してペニスを扱かされたまま、顔に向かって射精されたこともある。
シャワーを使う間、誰かが入ってくるんじゃないかと怯えて過ごした。

ペニスを舐めさせられそうになったこともあるが、それだけは断固として拒否をした。
これを舐めろ、と勃起したペニスを差し出した男に、気持ち悪いから嫌だと俺が言った瞬間の相手の顔は、いまでも忘れることはないだろう。
加害者であるくせに、ものすごく傷付いたような顔をしていた。
何故、お前が傷付くのだ、と言ってやりたかったが、急に通夜のように静かになった部屋から逃げることの方が大事だった。
どこか、いまにも何かが爆発してしまいそうな、おかしな空気がそこにはあったのだ。
このところ、行為はかなりエスカレートしていて、数人がかりで俺のズボンを脱がそうとする動きがみられていた。
人より少し小柄だった俺には、力も強く大きな男たちの蛮行に抗うすべがない。
やつらが本気で脱がそうとすれば、俺はすぐにでも裸にされていたことだろう。
脱がされてしまったら、何をされるかわからない恐怖が、俺には常に付きまとっていたのだ。
最後の日となるその日の呼び出しを素直に受けたのは、親の転勤でここから離れられることが決まっていたからだ。
俺は、この日、もうずいぶんと前から友だちとは呼べなくなっていた男たちに、絶交を言い渡すつもりでいた。
俺が怯え続けていた写真は、顔まで写っていないものがほとんどで、これだけを見て俺だとわかるはずがないものばかりだったこともあり、ここですべての関係を断ち切ろうと思ったのだ。
脱がされた服を抱え、お前らの顔は二度と見たくないと言った俺が逃げ出しても、男たちは追いかけて来なかった。
簡単に着られるように選んだトレーナーとジャージを、連れ込まれたマンションの廊下で素肌の上に直接着こみ、引ったくってきたパンツをポケットに突っ込んで、俺はそのまま走って逃げ出した。
やっていた方は、ただの冗談のつもりだったようだが、やられていた方からすればとんでもないトラウマものの体験だった。

成長してからも、一定数の人間から『おっぱい』とからかわれる生活は続いていた。
そのことには、早々に諦めをつけていたが、陥没している乳首のことは引きずり続けていた。
変な病気なのではないかと、医学書の類いを読み漁り、陥没乳頭という名前を知った。
自分で触って、どの程度のものなのか確認もした。
少し強めの刺激を与え続ければ、乳首がちゃんと出てくるということがわかると、なんだか少しほっとした。
それから、男たちが舐めている最中に、俺の乳首が出てこなくてよかったと心の底から思った。
もし出てきていたら、今頃どんな目に合わされていたかわからないと思うと、想像したくもなかった。
それでも、温泉や銭湯など、人前で裸になるようなところはすべて避けてきた。
たぶん、ここにくるまで、人前で裸になるようなことはなかったと思う。
『おっぱい』と言われるのが嫌でダイエットにもはげんだことはあるが、俺は筋肉よりも脂肪がつきやすい体質らしく、なかなか効果はあらわれなかった。

そうこうしているうちに、俺はすっかりおっさんになり、『おっぱい』を狙われるような状況になることは減っていったのだ。
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