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99、うっかりにもほどがある
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研究室についてからは、いつものルーティンだ。
席につくなり本日の授業の準備をはじめた御前崎教授のためにコーヒーを用意して、部屋の外に置いてあるポスト代わりのレターケースから郵便物を回収する。
とりあえず、宛名に間違いがないのを確認してから、送り主をざっと見て、すぐに開けるべきものがないかだけをチェックしていく。
一日不在にしていたが、雑用係がいないからといって、問題が起きるようなことはなかったらしい。
まあ、御前崎教授は、普通に仕事のできる人なのだから当たり前とも言えるだろう。
特に急ぎのものはないようなので、次の仕事に取りかかる。
念のため、今朝までに届いているメールチェックを軽く済ませ、もう一度スケジュールに変更がないか確認する。
こちらも特に増えている予定はないようなので、御前崎教授にそのことを伝え、空っぽになったカップを回収しておく。
「ありがとう」
「いえ」
ほんの一瞬、見ていた書類から顔を上げ、にこりと笑った御前崎教授の顔にどきりとする。
いつも俺を悩ませていたパワハラ染みた発言や行動がなくなると、御前崎教授は本当にただただ顔がいい紳士的なイケおじ教授でしかなかった。
そう言われて見れば、学会の集まりで他の大学の職員にも会うことがあったが、御前崎教授からパワハラを受けた話など、一切でてきたことはなかった。
誰もが口にできないだけで、みんなひどい目にあってきたのだろうと思っていたのに、出会う人出会う人、聞かせてくれるのは、御前崎教授をべた褒めするような言葉ばかりで、ずっと腑に落ちない思いをしていたのだ。
学会の集まりの最中に、ひそかに担当教授の愚痴を言い合うのは、下僕のようにこき使われている助手や職員たちの特権だと思っていたのに、俺は言えたことがなかった。
お前はいいよな、と先に言われてしまうと、いやいやそんなことはないなんて愚痴は、言いづらくなるものなのだ。
それに、他の人から聞かされる担当教授への愚痴は、なるほど、御前崎教授の方がマシだな、と思えてしまうくらいひどかった。
この研究室に配属されてからずっと、悩まされていたあれこれが、本当に俺と出会った瞬間からはじまったものであったのだと思い知らされる。
御前崎教授が、俺みたいななんの取り柄もない男に一目惚れしたなんて、到底信じられないことだが、そう考えるとすべての辻褄があってしまうかも?と思ってしまうのだ。
でも、本当に俺のことが好きなのか?
「まだ何かあるのかね?」
「い、いえ、何もないデス……」
カップを回収したくせに、いつまで経ってもいなくならない俺を不思議に思ったのか、御前崎教授が書類からほんの少しだけ目をそらしてこちらを見ていた。
いつもと変わらない整った顔だ。
思わず見てしまった御前崎教授は、やはり仕事のできるただのイケおじ教授にしか見えなかった。
「……ところで、彼はいまどこに?」
目を通し終わったのか、手にしていた書類を机の上にばさりと置いた御前崎教授が、ゆっくりと立ち上がる。
「……か、かれ、ですか……?」
すらりとした長い足のせいなのか、俺がまばたきを数回する間に御前崎教授は、俺のすぐ隣に立っていた。
その顔は、少しだけ不機嫌そうに見える、気がする。
俺は、何かしてしまっただろうか。
「本当に、わからないのかね……? はぁ……不埒なところに隠れている君の使い魔のことだよ」
御前崎教授の整った顔に、縦じまのような眉間のしわがくっきりと刻まれる。
そのしわを、眩暈でも起こしそうなのかと思うくらい指先でぐっと強く摘まんだまま、御前崎教授がため息と共に答えを教えてくれた。
もちろんその視線は、俺のスラックスに向けられている。
「ぅわっ、そうだった……!」
あまりにも穿き心地がよく自然すぎて、俺のパンツと化していたスライムのことをすっかり忘れていた。
こんな衝撃的なこと、気にしないでいられるわけがないと思っていたのに、なんということだろう。
「まさか、君は……本当に、忘れていたのかね……?」
「え、えっと……あの……そ、その通りのようです……」
いいわけすら思いつかず、ただただ恥ずかしくてたまらない。
あまりの恥ずかしさに、俺は本気でどこかの穴に埋まってしまいたいと思った。
顔から火が出ているのではないかと思うくらい熱くて、全身から嫌な汗が滝のように流れている。
「…………そうか、それなら仕方がないな。私が授業に出たら、この部屋の鍵をかけてから彼を出してあげるといい。ただし、くれぐれも見つからないように気をつけること。約束できるね?」
眉間のしわをぐりくりと揉みほぐした教授は、苦笑いといった顔になり、それから、本当に仕方がないな、という表情で笑う。
しかめっ面から苦笑に変わる表情の変化を見て、俺は思わず可愛いな、と思ってしまった。
席につくなり本日の授業の準備をはじめた御前崎教授のためにコーヒーを用意して、部屋の外に置いてあるポスト代わりのレターケースから郵便物を回収する。
とりあえず、宛名に間違いがないのを確認してから、送り主をざっと見て、すぐに開けるべきものがないかだけをチェックしていく。
一日不在にしていたが、雑用係がいないからといって、問題が起きるようなことはなかったらしい。
まあ、御前崎教授は、普通に仕事のできる人なのだから当たり前とも言えるだろう。
特に急ぎのものはないようなので、次の仕事に取りかかる。
念のため、今朝までに届いているメールチェックを軽く済ませ、もう一度スケジュールに変更がないか確認する。
こちらも特に増えている予定はないようなので、御前崎教授にそのことを伝え、空っぽになったカップを回収しておく。
「ありがとう」
「いえ」
ほんの一瞬、見ていた書類から顔を上げ、にこりと笑った御前崎教授の顔にどきりとする。
いつも俺を悩ませていたパワハラ染みた発言や行動がなくなると、御前崎教授は本当にただただ顔がいい紳士的なイケおじ教授でしかなかった。
そう言われて見れば、学会の集まりで他の大学の職員にも会うことがあったが、御前崎教授からパワハラを受けた話など、一切でてきたことはなかった。
誰もが口にできないだけで、みんなひどい目にあってきたのだろうと思っていたのに、出会う人出会う人、聞かせてくれるのは、御前崎教授をべた褒めするような言葉ばかりで、ずっと腑に落ちない思いをしていたのだ。
学会の集まりの最中に、ひそかに担当教授の愚痴を言い合うのは、下僕のようにこき使われている助手や職員たちの特権だと思っていたのに、俺は言えたことがなかった。
お前はいいよな、と先に言われてしまうと、いやいやそんなことはないなんて愚痴は、言いづらくなるものなのだ。
それに、他の人から聞かされる担当教授への愚痴は、なるほど、御前崎教授の方がマシだな、と思えてしまうくらいひどかった。
この研究室に配属されてからずっと、悩まされていたあれこれが、本当に俺と出会った瞬間からはじまったものであったのだと思い知らされる。
御前崎教授が、俺みたいななんの取り柄もない男に一目惚れしたなんて、到底信じられないことだが、そう考えるとすべての辻褄があってしまうかも?と思ってしまうのだ。
でも、本当に俺のことが好きなのか?
「まだ何かあるのかね?」
「い、いえ、何もないデス……」
カップを回収したくせに、いつまで経ってもいなくならない俺を不思議に思ったのか、御前崎教授が書類からほんの少しだけ目をそらしてこちらを見ていた。
いつもと変わらない整った顔だ。
思わず見てしまった御前崎教授は、やはり仕事のできるただのイケおじ教授にしか見えなかった。
「……ところで、彼はいまどこに?」
目を通し終わったのか、手にしていた書類を机の上にばさりと置いた御前崎教授が、ゆっくりと立ち上がる。
「……か、かれ、ですか……?」
すらりとした長い足のせいなのか、俺がまばたきを数回する間に御前崎教授は、俺のすぐ隣に立っていた。
その顔は、少しだけ不機嫌そうに見える、気がする。
俺は、何かしてしまっただろうか。
「本当に、わからないのかね……? はぁ……不埒なところに隠れている君の使い魔のことだよ」
御前崎教授の整った顔に、縦じまのような眉間のしわがくっきりと刻まれる。
そのしわを、眩暈でも起こしそうなのかと思うくらい指先でぐっと強く摘まんだまま、御前崎教授がため息と共に答えを教えてくれた。
もちろんその視線は、俺のスラックスに向けられている。
「ぅわっ、そうだった……!」
あまりにも穿き心地がよく自然すぎて、俺のパンツと化していたスライムのことをすっかり忘れていた。
こんな衝撃的なこと、気にしないでいられるわけがないと思っていたのに、なんということだろう。
「まさか、君は……本当に、忘れていたのかね……?」
「え、えっと……あの……そ、その通りのようです……」
いいわけすら思いつかず、ただただ恥ずかしくてたまらない。
あまりの恥ずかしさに、俺は本気でどこかの穴に埋まってしまいたいと思った。
顔から火が出ているのではないかと思うくらい熱くて、全身から嫌な汗が滝のように流れている。
「…………そうか、それなら仕方がないな。私が授業に出たら、この部屋の鍵をかけてから彼を出してあげるといい。ただし、くれぐれも見つからないように気をつけること。約束できるね?」
眉間のしわをぐりくりと揉みほぐした教授は、苦笑いといった顔になり、それから、本当に仕方がないな、という表情で笑う。
しかめっ面から苦笑に変わる表情の変化を見て、俺は思わず可愛いな、と思ってしまった。
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