使い魔スライムと俺

うしお

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96、初めてのドライブ

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「……確かに、隠れるように、と私が助言した。だが、何故、そこに入ろうとしているのかね?」

【最善の場所ではないが、ここが一番ましな場所なのだよ。それに、ここならば絶対に人目にはつかないだろうし、ましてや、使い魔をこのように隠すとは思うまい。そういう意味でも、やはりここが最良の場所だと言えるだろう】

スラックスの裾を必死に押さえつける俺の前で、スライムと人間の教授がにらみあっている。
どうしてこんなことになっているのか。
俺には、わからなかった。

大学までは、御前崎教授の運転する車で行くことになった。
さすがに、スライムを連れた状態でタクシーに乗る、という選択肢は、はじめから存在していないらしい。
俺としては、御前崎教授が自分で車を運転する、ということ自体に驚いていたのだが、ここには俺以外に、本人とスライムしかいないので誰も共感するどころか、気づいてさえもくれなかった。
基本的にタクシー移動ばかりだったから、ずっと運転できない人だと思っていたのに、まさか免許を持っていただなんて。
それも、結構うまい部類の人なのではないだろうか。
慣れているのか、迷うことなく運転している御前崎教授の横顔は、真剣そのもので、悔しいことにとても格好いい。
元々、モデルにもなれそうなくらい容姿が整ったイケおじなのだ。
それが、きりっと真剣な顔などしていたら、黙っていたってモテそうなほど、格好よく見えるに決まっている。
全くモテない俺とは、素材からして違うのだろう。
まったく理不尽な存在だ。
だから、バックをする時に後ろを振り返っているだけの仕草や、ハンドルを軽く握っているだけの大きくてごつごつとした手などに、どうしても目が行ってしまうのは仕方がないことだろう。
これだけ格好いいのだから、視線が吸い寄せられてしまってもしょうがないのだ。
きっと何人もの女の子がこの顔に騙され、惚れてきたに違いない。
ただ黙っているだけでも絵になってしまうこのイケおじな教授の顔に。
ひとりもいない、ということはないだろう。
間違いなくいるはずだ。
そう思うと、なんだか胸がもやもやした。
なんだろうか、このもやもやは。
自分の中に、自分でも理解できないもやもやがあることに気づいてしまったが、俺はそのまま気づかなかったことにした。
この気持ちは、理解したくない。
いまは、まだ。

御前崎教授は、スライムに対して見つからないように気を付けるのなら、車内では自由にしていてかまわない、と許可してくれた。
色味は派手なピンク色だが、体を薄くのばせばそれほど気になる色でもない。
それに、後部座席の窓ガラスには、フィルムが貼られているらしく、少し薄暗くなっている。
かなり目を凝らしたところで、中にスライムがいるのは見えないだろうし、きっとその存在に気づきもしないだろう。
許可を得たスライムの教授は、あちらこちらの窓に体をのばして貼りつき、流れていく外の景色を眺めて楽しんでいた。
まるで、初めて電車に乗った未就学児童のような反応だ。
見ていてとても微笑ましかった。
それは、御前崎教授にとっても同じらしい。
運転席でハンドルを握る教授を、ちらりと見てみたのだが、後部座席でぴょこぴょこと体をのばしているスライムを見ても、怒るようなことはなく、優しく微笑んでいた。
それを見て、俺もさらに笑顔になってしまう。
とても平和なドライブ風景だった。
その時までは。
問題が起きたのは、大学の駐車場に到着してからのことだった。

「じゃあ、教授、そろそろ外に出るから、隠れてくれるか?」

【ああ、そうだな。隠れるとしよう】

車から降りる前、俺はスライムの教授にそう声をかけて鞄を開いたのだが、教授はそこに入ろうとはしなかった。
俺の足元でぽよりとゆれたかと思うと、教授はそのままスラックスの裾から中に入ろうとしてきたのだ。

「きょっ、教授っ」

「悠一、どうしたっ!」

ふくらはぎに、薄くのびたスライムが貼りついていた。
すっかり覚えてしまったぬるりとした感触が、俺の体をぞくりと震わせる。
思わず、大きな声を出してしまった。

「い、いや、あの……御前崎教授じゃなくて、その、す、スライムの方で」

俺の声に反応したのは、スライムの方の教授ではなく、人間の方の教授だった。
スライムは、ゆっくり動きながら、俺のスラックスに入り込もうとしている。

「……なにを、して、いるのかね?」

【見ればわかるだろう? 隠れようとしているだけだ。貴殿も言っていただろう? しっかり隠しておきなさい、と】

そして、話は冒頭に戻るのだ。
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